85話 出頭命令
それから更に数日後の早朝の事だった。
ソラが起床した後、ヨクハから聖堂へと集結するよう指示があったためそこへと向かうと、聖堂には全団員が集結していた。
そしてフリューゲルだけが団長席に座るヨクハの正面に立っていて、ソラは何やらただならぬ雰囲気を感じ取る。
「え、何この重苦しい雰囲気」
左右に並ぶ他の団員達の横に立ち、ソラは呟き気味に尋ねる。
「……えっと」
言い淀むプルームにソラは、どうせフリューゲルがまた何かをやらかしたのではないかと、フリューゲルに聞こえるような声で続ける。
すると、ソラの声に気付いたフリューゲルは振り向いて返す。
「またとは何だてめえ、これはこないだの事でだよ!」
「ん? どゆこと?」
こないだの事というのがピンと来ず、首を傾げるソラに対しヨクハが答えた。フリューゲルが以前メルグレイン群島で〈因果の鮮血〉からパンツァーステッチャーを盗んだ件であると。
「あーそういえばそうだったな」
「本日、その件でメルグレイン王国の国王、アルテーリエ=ベルク=メルグレインからの名で出頭命令が来よってな」
「え、マジ?」
「ちっ、何で今さら」
ソラが僅かに表情を強張らせると、当のフリューゲルは後頭部を掻きながら舌打ちをした。
「何じゃお主、あの件は勝手に許されたとでも思っておったのか?」
「いや、だってよ、メルグレイン王国所属の〈因果の鮮血〉の連中と共闘して俺の事がバレたのが一ヶ月くらい前だろ? 今まで音沙汰無かったし、あの戦いの後もパンツァーステッチャー返せなんて言われなかったしよ」
大きな溜息を吐くフリューゲルに、ジト目のソラが肩に手をそっと置いた。
「フリューゲル、短い付き合いだったけど元気でな」
「今生の別れみたいに言ってんじゃねえ!」
すると、動揺した様子でフリューゲルの前に出るデゼルとプルーム。
「何とかならないのかな団長?」
「フリューがせっかく帰ってきてくれたのに、こんなのって」
「デゼル、プルーム」
自身の行動が引き起こした今の事態。必死に食い下がろうとするデゼルとプルームを見て、フリューゲルは申し訳なさそうに目を伏せた。
するとヨクハは続ける。非はこちらにあり、こればかりはどうにもならない。それに出頭命令が出たとは言え有罪になるかどうかはまた別の話であり、どういう判決を下すのかはメルグレイン王国の裁量で決める事であると。
それを聞き、俯いて黙りこくるフリューゲル、プルーム、デゼル。そしてヨクハもまた深く俯き、両掌をプルプルと震わせていた。しかしすぐに顔を上げるとソラの方に視線を向ける。
「あ、そうじゃソラ。とりあえずお主も付いて行ってやれ」
「えっ、何で俺まで?」
「盗人野郎のフリューゲルも一人で行くのは心細いじゃろ」
「厳しいのか優しいのかどっち!」
するとソラは、自身がまだやらなくてはならない事の途中であるのを思い出す。
「え、でも俺感情制御訓練の途中なんだけど」
「ああ、あれか? あれはもういい」
しかし、ヨクハはあっさりとそう答えるのだった。
「えーと、もういいってどういうあれ?」
「だからもうやる必要は無いと言っておるんじゃ」
突き放すようにも取れるその発言に、感情制御訓練に対しいつもあまり乗り気でなかった筈のソラが思わずヨクハに詰め寄る。
「まさか俺が失敗ばかりだからもう見限ったって事? じゃあ竜域はどうなるんだよ?」
珍しく必死な様子で食い下がってくるソラに、ヨクハが怒鳴る。
「あーうるさい! つべこべ言わずさっさと行ってこい阿呆共!」
しかし、ヨクハの迫力に当てられ、ソラとフリューゲルは慌てて格納庫へと走って行った。
「ねえ、今」
「うん」
そんな二人の背中を見ながら、デゼルとプルームの二人は顔を見合わながら何かを察するのだった。
その後、格納庫にてソラはカレトヴルッフに搭乗し、フリューゲルはパンツァーステッチャーに搭乗する。
すると、格納庫へと入ってくる人物が一人。それはエイラリィであった。
「エイラリィじゃねえか、お前もどこかに行くのか?」
カーテナに搭乗しようとするエイラリィを見て、フリューゲルが尋ねる。
「はい、私もメルグレイン群島へ」
「えっ、もしかしてエイラリィちゃんもフリューゲルに付いて行ってやるの? 随分と手厚いなあ」
するとエイラリィは、目的地はソラ達と同じであるが、自分には自分の用があるのだと答える。
「用?」
「はい。ところであなた達はメルグレイン群島のどこへ向かうかちゃんとわかってるんですよね?」
エイラリィのその問いに、ソラとフリューゲルは沈黙する。すると、エイラリィはこめかみを押さえ小さく嘆息した。
「メルグレイン王国の王都、リンベルン島です」
※
それから、ソラとフリューゲルとエイラリィがツァリス島を出発してから一時間が経過し、三人は既にメルグレイン王国の領空内を飛んでいた。
そんな折、カレトヴルッフの晶版にフリューゲルの顔が映し出され、伝声器越しにソラに話しかけるのだった。
『あのよ……』
「ん?」
すると伝声に応えるソラに対して、フリューゲルは少しだけ言い淀むと同時に後頭部を掻いた。
『悪かったな』
「えっ!?」
フリューゲルの突然の謝罪に、ソラはさも意外だと言わんばかりの反応を見せる。
『んだよ、その反応』
「いやだって、フリューゲルって俺の同期のナハラって奴とキャラ被ってるかと思ってて」
『誰だそりゃ? そいつはどんな奴なんだ?』
「口が悪くて、逆恨みが激しくて、嫌味ったらしくて、傲慢で、ことあるごとに俺に絡んでくるとにかく嫌な奴だったんだけどさ」
『どんだけ最悪な野郎なんだよ! お前俺の事そんな目で見てたのか!?』
フリューゲルはショックを受けたように叫んだ後、咳払いをしてから再度続ける。
『お前の事、プルームから聞いたよ』
「俺の事?」
首を傾げるソラに、フリューゲルは少しだけ照れ臭そうに言った。ソラがこの騎士団に入った理由、ソラの過去の事を知り……ちゃらんぽらんで浅い人間だと思っていたソラが、真っ直ぐで強い人間であると知った、と。
フリューゲルの不意の言葉に、ソラもまた照れ臭そうに頬を赤らめる。
「何この人、いやだ凄いツンデレなんだけど」
『誰がツンデレだ!』
照れ臭そうにツッコんだ後、フリューゲルは再度咳払いし、そしてまた続ける。
ソラはエルの為に必死で強くなろうとしているのに、今回の事でヨクハ団長との修行を中断させてしまったことを、素直に悪いと思っていると。
するとそれを聞き、ソラは少しだけ真剣な表情を浮かべ、その後で朗らかに笑んだ。
「そんなに気にしなくていいって。まっ、俺がフリューゲルの立場だったらさ、多分誰かが一緒に居てくれた方が心強いと思うしな」
『……ソラ』
「お咎め軽いといいな。口頭注意とか罰金とか、最悪百叩きとかだったらまあ」
『ハッ、百叩きは正直勘弁してもらいてえけどな』
その後、二人が軽く笑い合っていると、今度はソラのカレトヴルッフの晶板に、エイラリィの顔が映し出された。
『お二人のわだかまりも消えたことですし、前々からエルさんの事でソラさんに聞いておきたかった事があるんですがいいですか?』
「いや別にわだかまりとかあった訳でもないんだけど……まあいいか。それで何? エイラリィちゃん」
『あなたは以前、エルさんを救いたい、エルさんを救う為に騎士になったと、そう言いました』
「ああ、そうだけど」
『では、救うとはどういうことなのでしょうか? あなたにとって、そしてエルさんにとって』
エイラリィの、突然の核心を突くような質問に、ソラはしばし黙りこくった。するとエイラリィは、いつものように淡々とした様子で続けた。
もしエルがエリギウス帝国に縛り付けられているのだとしたら、そこから解放する事が救うという事なのだとして、だがもし、エルが自分の意思でエリギウス帝国に居るのだとしたら、ソラはどうするつもりなのかと。
そう更に核心を突くエイラリィに対し、ソラは力が抜けたように表情を和らげさせた。
「そうだなあ」
そして、少しだけ切なく微笑んで答える。
「俺さ、最初はエルの笑顔をもう一度見たいって思ってたんだよ。いや、思ってたと思ってた。でも違ったんだ」
『どういうことですか?』
「俺はエルの笑顔を見たいんじゃない……エルには笑顔でいてほしいって思ってるって気付いたんだ」
似て非なる心情、それはあまりにも切なく、あまりにも悲しく、それでもソラは淀みの無い言葉で続けた。
エルはずっと自由に世界を見て回りたいって言ってた。だがあの時自分のせいでエリギウス帝国に縛り付けられることになった。だから探し出してエリギウス帝国から解放してやりたいと思っていた。
それでももし、今エルが自分の意思でエリギウス帝国に居たいって思っていて、それでエルが心から笑っていられるんだとしたら、自分はそれでいいと思っているのだと。
『……ソラさん、あなたは』
「例え俺が二度とエルの笑顔を見られなくても、あいつが俺の知らない何処かで笑っていられるんなら……それで。だから確かめたいんだ、もう一度エルに会って、あいつが今、あの時みたいに心から笑えてるのかって」
切ない笑顔はいつの間にか屈託の無い笑顔へと変わっていた。それはソラの偽りの無い本心をただ表していた。
「うーん、何か色々と矛盾しているような気がするようなしないような」
直後、ソラは照れ臭さを隠すようにはにかんだ。しかし、そんなソラを見て、エイラリィは優しく微笑んで言う。
『いえ、矛盾なんてしてませんよ。あなたらしい不器用ながら真っ直ぐな答だと思います』
「エイラリィちゃん」
『それに――』
すると、エイラリイは何かを言いかけると、ソラに対する伝映と伝声を切断した後、そっと呟いた。
「少しだけ、エルさんを羨ましく思います」
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