82話 醒玄竜教団
それから、ソラ達がそれぞれソードとインクナブラから降りると、そこには〈因果の鮮血〉の騎士が数人立っていた。
「この度は遠路はるばるお越しいただきご苦労様です」
その中の中年の騎士がソラ達に向けて剣礼をする。
「それじゃあ早速だけど封怨をするから怨気が発生している場所に案内してくれる?」
パルナが〈因果の鮮血〉の騎士に告げると、騎士は少しだけ気まずそうに後頭部を掻き始めた。
「そ、それが……」
「どうかしたの?」
すると、格納庫の奥から一人の人物が近付いて来る。
「やっぱり野良の封怨術師が居たわね。醒玄竜教団を通さずに封怨を行おうなんて、良い度胸してるわ」
冷たい口調でそう苦言を呈するのは、黒い修道服のような教団服を身に纏い、髪を一つの三つ編みにまとめた、切れ長の眼が特徴の女性。髪の色は銀色で耳の先端は尖っているが、肌の色は褐色である。イェスディラン群島とディナイン群島の民の特徴を併せ持つ混血種の女性であった。
「醒玄竜教団!」
目の前の女性が醒玄竜教団の教団員である事に気付いたソラ、プルームは、パルナを自分達の後ろに隠すように前に出た。
「へえ、あんた達は〈因果の鮮血〉側の騎士団でしょ? 醒玄竜教団を敵に回すという事がどういう事か解っているの?」
「くっ!」
その言葉に、ソラ達は怯まざるをえなかった。何故なら、醒玄竜教団は四大群島とエリギウス大陸に拠点を持ちながら、どの国にも属さずに独立する組織であり、完全なる中立の立場である。そして唯一封怨術を扱える者を有する事から、どの国からも保護される立場であり、更には独自の騎士団をも有している為、敵に回せば戦力の均衡が大きく崩れる可能性があるからだ。
特にエリギウス帝国に戦力で劣る〈因果の鮮血〉と〈寄集の隻翼〉にとって、醒玄竜教団との敵対は致命傷になりうる。
すると教団員の女性は、切れ長の目を鋭くさせて、ソラ達を睨み付けた。しかし直後、教団員の女性はソラの右頬を注視すると驚愕の表情を浮かべる。
「あなたのその右頬の痣……間違いない、怨気の黒翼! 何で片方にだけそれが」
「俺は元封怨の神子だ。て言っても醒玄竜教団出身じゃない。教団から離反したある封怨術師に拾われて怨気を封印された。その時俺の為に身を投げ打ってくれた親友と怨気を分かち合ったんだ」
「怨気を分かち合う……しかも体内に怨気を封印されて生きている。そんな事があり得るなんて」
教団員の女性は、通常あり得る筈のないその現象に、信じられないと言った様子で目を丸くした後、再び目付きを鋭くさせた。
「まあいいわ、それよりも……フォルセス島で大規模な戦闘があったという情報があったから、近い内に怨気が発生するだろうと踏んでいたけど、教団に依頼が入って来ないから不審に思って様子を見に来てみれば案の定だったわね」
厳しい口調でソラ達に詰め寄る教団員の女性。すると突然、パルナがソラとプルームを掻き分けて前に出た。
「もしかして、あなた……リアお姉ちゃん?」
そして、目の前の教団員の女性と顔見知りであるかのような言葉を投げかける。対し、リアと呼ばれた女性はパルナの顔と、その言葉に目を丸くした。
「あんたは……まさかパルナなの?」
そんな二人のやり取りにぽかんとしながらプルームが呟く。
「ほえ、二人はもしかして知り合い?」
直後リアは、パルナの元に歩み寄り、パルナを抱き寄せた。
「今まで連絡も寄越さないで、ずっと心配してたんだよ」
「ごめんね、リアお姉ちゃん」
「でも元気そうでよかった」
自身を優しく抱きしめるリアの温もりの中で、パルナは安堵するようにそっと目を閉じた。
パルナとリアが顔見知りであった事で、先程までの緊迫した雰囲気はほぐれていた。
「〈寄集の隻翼〉か、確かに小さな騎士団に身を寄せていた方が教団に居所を突き止められず済む、その点はいいとしても――」
言いながら腕を組み、厳しい表情で続けるリア。あれだけの大規模戦闘の後では怨気は少なからず発生するのは当然の事。だとすれば今回みたいに教団の誰かが調査に来るのは必然であり少し迂闊すぎると。
すると、プルームが片手を挙げながらおそるおそるリアに尋ねる。
「あのー、今回の事ってやっぱり教団に報せたりします……よね?」
それを聞き、リアは深く嘆息し答える。
「あんた達だけだったら当然そうしてるけど、私は今も昔もパルナの味方だからね、今回は目を瞑っておくわ」
それを聞き、ソラとプルームはほっと胸を撫で下ろし、安心したように大きく息を吐いた。
「ありがとう、リアお姉ちゃん」
「それじゃあ早速封怨を行うけど、この島には二カ所怨気が発生している場所が在ったわ。だからパルナ、手伝ってくれる?」
「勿論よ、リアお姉ちゃん」
※
こうして島の封怨をリアとパルナで分担することになり、ソラ達は島の南側へと向かうのだった。
「リアお姉ちゃんは教団員の教育係を担当してる人でね、私とリュカが教団に入団した時からずっと面倒を見てくれてた人なの」
『そうだったんだ』
「家族を失った私やリュカにとって、本当のお姉ちゃんみたいな人で、私達の唯一の家族だった」
パルナがリアとの思い出を語っていると、すぐに目的地へと到着し、ソラのカレトヴルッフとプルームのカットラスが着陸する。
そしてカレトヴルッフがパルナの搭乗するインクナブラを地上へと降ろすと、パルナは外へと出て吹雪が舞う中、白い大地を踏みしめた。
雪原から所々立ち上る黒い靄の蠢きを確認すると、パルナは自身の足元へ半透明の球体のような物を置く。それは浄化の宝珠、封怨の神子に代わり封怨が可能となった人工の憑代である。直後、パルナが両手を胸の前で組むと、パルナの額に盾を抽象的に描いたような紋章が輝いた。
「封怨術師パルナ=ティトリーの名の元ここに命ずる、暗き怨念、黒き神の血、誘え、集え、無垢なる器にその身を封ぜよ、封怨!」
パルナが口上を述べ、封怨術を発動させると、目の前で蠢く怨気が更に蠢き、パルナと浄化の宝珠を中心として巨大な渦を巻きながら集結し始め、その渦はやがて集束しながら浄化の宝珠へと封印された。
それを見て、ソラはかつて自分とエルに怨気が封印された時の光景を思い出し、少しだけ感慨深げな表情をするのだった。
「終わったわよ」
怨気が封印され、漆黒に染まる浄化の宝珠を手に、パルナは戻って来る。
こうして、フォルセス島南部の怨気封印は無事終了し、ソラ達は再びフォルセス島の本拠地格納庫へと戻るのだった。
※
格納庫で暫く待機していると、既に封怨を終えたであろうリアが、浄化の宝珠を片手に戻って来た。ヒポグリフと呼ばれる幻獣に跨ったまま、自身の服に積もった雪を払うと、ヒポグリフから降りて一息吐く。
「ふう、あんた達はソードがあっていいわね、吹雪の中の封怨は骨が折れる。パルナが居てくれて助かったわ」
そう言った後リアは、ふと柔らかな笑みを浮かべた。
「ねえパルナ、場所を変えて少しだけゆっくり話せない?」
「うん、そうしたいんだけど……」
しかし、パルナはソラとプルームを伺うようにちらっと視線を向ける。それを見て笑顔を浮かべるソラとプルーム。
「いいんじゃない。積もる話もあるだろうし、本拠地には今日中に帰れば問題無いだろうしさ」
「あ、でもパルナに何かあったらいけないから私達も同行していいなら」
二人の承諾に表情を明るくさせるパルナ。
「よし決まりね、じゃあ隣のキアノ島へ向かいましょうよ。塵の空域はもうメルグレイン王国の統治下だから、あんた達が訪れても問題無いわよね?」
こうしてパルナとリア、ソラとプルーム達四人は塵の空域内に存在するキアノ島へと渡る事となった。
また、リアは醒玄竜教団員である自分とソラ達が一緒に居るところを見られるのはまずいということから、教団服から一般的な服へと着替え、パルナと一緒にインクナブラへと搭乗し、キアノ島へと渡った。
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