81話 パルナの告白
数時間後。
早速パルナ達は〈因果の鮮血〉から依頼された怨気封印任務を果たす為、フォルセス島に向かうこととなった。
ソード格納庫にはソラ、プルームがそれぞれカレトヴルッフ、カットラスへと搭乗していた。そしてソラのカレトヴルッフは大きな鳥籠のようなものを両手で抱えており、その中にはパルナが乗り込んでいた。
それはインクナブラと呼ばれる護送用の搬送器であり、中には座椅子と、近くのソードとの伝声のみ可能な簡易的な伝声器が備えられている。
そして格納庫の天井が開かれ、パルナを含む三人はフォルセス島を目指し翔ぶのだった。
※
それから何事もなくニ時間程の時が過ぎ、変わることのない青い空を飛び続けていたソラ。操刃室の空間の中は一人であるにもかかわらず、しかし、どこか沈黙と気まずい雰囲気が流れているような気がして、とにかく落ち着かなかった。
するとソラはたまらず、カレトヴルッフが抱えるインクナブラの中に居るパルナに、伝声器越しに声をかけた。
「あのさ、パルナちゃん」
『……なに?』
すぐさま応答するパルナ。
「今日団長が言ってた事なんだけどさ、俺に何か思う事があるってあれ……」
ソラはヨクハの言っていた事、そして自身を避けたがっていたようなパルナの態度、それがずっと引っかかっていた。しかしいくら思い返してみても心当たりがなく、同時にこの場の雰囲気に耐えられなくなり、ソラは思い切ってパルナに直接尋ねるのだった。
するとしばしの沈黙の後、パルナが伝声器越しに応答した。
『ソラ、あんたは私の事どう思ってるの?』
その突然の問いに、ソラはしばし考え込んだ仕草の後返す。
「えーとどうって、そりゃパルナちゃんは可愛いし、スタイルも抜群で、いつも伝声器越しに聞く声も透き通ってて綺麗だなあって」
さらりと自分を褒め殺すようなソラの発言に、パルナは激しく動揺した。
『な、なななななに言ってんのよ!? 私が聞いてるのはそういう意味じゃないわよ!』
「ああ、違うの?」
すると、伝声器越しの大きな溜息の後、パルナが続ける。
『あんたは私が封怨術師だって知ってどう思ったのかって聞いてるの!』
「え? どうって、うーん……自分の騎士団に封怨術師がいるのは単純に心強いなって思ったけど」
『こ、心強いってそれだけ? もっと他に思う事あったでしょ?』
「パルナちゃんって結構欲しがりだな。うーんとじゃあ、ただの伝令員じゃなくて実は封怨術まで使えるとか意外でかっこいいなって思ったよ」
『誰が欲しがりよ! もうっ、そうじゃなくて、あんたは私の事が憎くなかったの?』
パルナの意を決したようなその問いに、ソラは本気で意味が解らないと言った様子で首を傾げた。
パルナは、ソラの過去を聞いた時から、とある理由によりソラに対してずっと後ろめたい気持ちで一杯だったのだ。そしてその想いを不意に吐露する。
「だって私は、あんたとあんたの大事な人に怨気を封印した奴と同じ封怨術師なんだよ?』
震え気味の声で、悲哀に塗れながら叫ぶパルナに対し、ソラはすぐさま返した。
「え、いやいやいや、そりゃさすがに乱暴すぎるって。俺とエルに怨気を封印したのはルナールなんだよ? パルナちゃんは何も関係ないだろ?」
『けど……だけど』
すると、パルナは少しだけ口ごもりながら続けた。
『私は八年前、そのルナールと同じように、封怨の神子に怨気を封印してるんだよ?』
ソラはそれを聞き押し黙る。ある程度予想はしていた。八年前まで醒玄竜教団の封怨術師であったというパルナ。当然その任務として、封怨の神子に怨気を封印した経験がある。そして自分とエルのような例外を除き、怨気を封印された封怨の神子は当然……
場面はインクナブラの内部、パルナは俯きながらソラへと伝声器越しに語りかける。
「その封怨の神子はリュカって言ってね、お互い五歳の時に醒玄竜教団に引き取られて一緒に育った親友だった」
『え?』
パルナは語りながら、そのリュカという少年の顔を思い浮かべ、かつての記憶を蘇らせていた。
※ ※ ※
十三年前。
戦災孤児であるパルナとリュカは、ディナイン群島とレファノス群島で、それぞれ醒玄竜教団員に拾われ、エリギウス大陸のとある島に存在する教団の拠点にて出会った。
「俺はリュカ、お前は?」
「私はお前なんて名前じゃないんだけど」
「だからその名前を聞いてんだろ?」
「……パルナよ」
「そっかお前パルナって言うのか、よろしくなパルナ」
「いきなり呼び捨て? なれなれしい奴ね」
現在から数年前に“浄化の宝珠”という怨気封印用の人工物が造られるようになってからは、封怨の神子は必要無くなった。
現在の封怨術師は、封怨術を使って怨気を浄化の宝珠に封印するようになったからだ。
しかしまだ浄化の宝珠が存在しない当時、醒玄竜教団に引き取られた子供は封怨術師になる者と封怨の神子になる者に分けられていた。
また、封怨術の適正がある者は封怨術師に、そうでない者は封怨の神子として育てられる。
そして十二年前、パルナとリュカが醒玄竜教団に拾われてから一年後。パルナは前者に、リュカは後者に分けられたのだ。
「パルナはふうおんじゅつしっていうのになるんだな、すげえじゃんか」
「そういうリュカはどうなの?」
「うーん、駄目だった。てきせいっていうのが無いんだって、だから俺は“ふうおんのみこ”ってのになるんだってさ」
「……そんな」
「んな顔すんなよ、これからは俺達は相棒、コンビってやつなんだからさ」
七年前、パルナとリュカが出会ってから六年後。
パルナとリュカは教団で育てられていた。普通の子供のように勉学に励み、普通の子供のように生活した。拾われた時期も歳も同じパルナとリュカは、他愛も無い会話をたくさん交わした、そしていつの間にか親友と呼べる間柄になっていた。
「ふーん、リュカはレファノスで拾われたんだね」
「まあな、統一戦争で両親死んじまってさ」
「そっか……同じなんだね私達」
「真似すんなよな」
「な、何が真似よ、不謹慎な奴ね」
そんなある日の事だった。リュカはふとパルナに尋ねる。
「パルナには夢とかあるか?」
「夢? どうしたの急に?」
「俺さ、いつかどこかの国の騎士団に入りたいんだよな」
「あんたが……騎士団に?」
しかし生まれつき刃力が低いリュカは騎士にはなれない、だが騎士団には伝令員という役職もあり、刃力が低くても剣の才能が無くても、声を届ける事で仲間を助ける重要なポジションなのだとリュカは嬉しそうに語った。
「伝令員か……そっか、きっとなれるよリュカなら」
「おう、んでパルナの夢は?」
「私はそうね……お、お嫁さんとか」
「お、およ! ぱ、パルナがお嫁さんて、ぶははははは」
「ちょっと、何笑ってんのよ! ぶっとばすわよ!」
そして八年前。パルナとリュカが出会ってから五年。二人が十歳になる頃、遂に教団から怨気封印の任務が二人に言い渡されたのだった。
数人の教団員に連れられて、パルナとリュカは怨気が漂う小さな島に居た。禍々しく立ち上る黒い靄を前にして、パルナは封怨術を使用し怨気をリュカへと封印するよう命じられていた。
「私、出来ないよリュカ」
「何言ってんだよパルナ、封怨術を使えない封怨術師なんて処分されるだけだぞ」
「わかってる、いつかこんな日が来るって解ってた、それでも私は!」
パルナが土壇場で封怨術を使う事を拒絶したその時、二人を引き連れて来た一人の教団員から剣を突き付けられ、パルナは恐怖で凍り付く。そんなパルナにリュカは必死に叫んだ。
「俺の事はいいから、早く封怨術を使えよパルナ! 本当に殺されちまうぞ」
「でも……でも!」
「どうせ俺はここで生き残っても、また別の封怨術師に封怨されるだけだ、だったら俺はお前に封怨される方がずっといい」
「……何でそんなこと」
「お前だけでも生きていて欲しいんだ。だから頼むよ、俺に封怨してくれ、親友の最期の頼みくらい聞くもんだぜ」
「リュカ……うわああああああ」
パルナは生まれて初めて封怨術を使い、島に蔓延る怨気を浄化した。大地を蝕む黒い靄が晴れ、そこには青々しい木々が生い茂り、澄み渡った空が広がっていた。
同時にパルナはこの日、初めての……そして唯一の親友を失った。
※ ※ ※
パルナの語る悲痛な過去に、ソラはただ黙って聞き入る事しか出来なかった。
「リュカを殺したのは私。私はルナールと同じように自分の身可愛さに封怨術を使った。だから私はリュカからもソラからも恨まれて当然の人間なのよ」
『パルナちゃん、俺は――』
ソラが、自責の想いを吐露するパルナに言葉をかけようとしたその時、二人の会話を知らないプルームからの伝声がソラへと入る。
『ソラ君、もうすぐフォルセス島に到着するよ』
『あ、うん』
こうしてソラとパルナとの会話は途中で終了し、ソラ達はフォルセス島の本拠地城塞の格納庫内に着陸した。
81話まで読んでいただき本当にありがとうございます。
ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。
誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。