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78話 黒き怨念

 戦火の後の白銀の大地。そこには黒き怨念が渦巻き、白き世界を染め始めていた。


 イェスディラン群島、(はい)の空域にあるフォルセス島では、数人の騎士がとある光景を眺めながら後ずさりをする。


 その騎士達は赤い騎士団制服を纏い、左胸には血滴を抽象的に描いた紋章が刻まれている。レファノス・メルグレイン王国連合騎士団〈因果の鮮血〉の騎士である。


 数日前、〈因果の鮮血〉と〈寄集(よせあつめ)隻翼(せきよく)〉による攻略戦により第十二騎士師団〈連理の鱗〉と激闘が繰り広げられたフォルセス島を、戦死者による怨念が聖霊の意思を介し、(おん)()と呼ばれる猛毒となって島を蝕み出したのだ。


「これは(おん)()、やはり発生してしまったか」


 〈連理の鱗〉を倒してから、制圧した(はい)の空域の防衛を実行する〈因果の鮮血〉の騎士の一人が、雪原から所々立ち上る黒い(もや)を眺めながら溜息を吐いた。


「……死者の数としては怨気が発生する程ではなかった筈なんですが」


 腑に落ちないと言った様子でもう一人の若い騎士が呟くと、年配の騎士が説く。普通の人間とは違い騎士が戦死した場合、その高い刃力が聖霊の意思を介しやすく、死者が少数であっても怨念が怨気となって発生しやすくなるのだと。


 ましてや〈連理の鱗〉の騎士達は、騎士師団長であるスクアーロ=オルドリーニに道具のように使われていた。普通の騎士よりも更に怨念を抱きやすい環境にあったのだ。


「それよりも、少量とはいえ放っておけば(おん)()はいずれ大地を侵食していき、島そのものを覆い尽くしてしまう」


「はい、では急いで〈醒玄竜(せいげんりゅう)教団〉へ連絡を取り封怨(ふうおん)術師を派遣してもらわなくては」


 若い騎士がそう提言すると、年配の騎士は首を横に振った。


「いや、その必要はない」


「え、どういう事です?」


 提言をすぐさま否定され、若い騎士は怪訝そうに首を傾げた。



※       

      


 場面はツァリス島、〈寄集(よせあつめ)隻翼(せきよく)〉本拠地、日が沈みきった夜の竹林訓練場。


 地には剣が突き刺さり、茫然とした様子で大の字になるソラ。


「嘘……だろ?」


 夜空には巨大な満月が煌々と輝いており、その月を背にして立つヨクハ。その手には抜き身の羽刀(わとう)が握られており、髪は夜風で揺れる。そして両の眼の瞳孔は縦に割れ、竜の如き双眸が月下に妖しく輝いていた。


「手も足も……出なかった」


 ソラは空を眺めながら惚けたように呟いた。その声にも表情にも悔しさは微塵も感じ取れなかった。それ程に両者の距離には開きがあったのだ。


 これまでも模擬戦闘では度々圧倒されてきた。しかし、模擬戦闘を繰り返す度に両者の距離は少しずつ縮まり、最近では、ソラは比較的食らい付くことも出来ていた。だがこの日はソラが言う通り、正に手も足も出ない状態で、ヨクハに圧倒されたのだった。


 ソラがゆっくりと身体を起こすと、ヨクハは両の眼を瞑り、羽刀(わとう)を腰の鞘へと納刀した。そして鯉口の音が響き渡ると同時に開眼すると、その眼は既に通常のそれへと戻っていた。


「何だよ今の? それにさっきまでの眼……まるで――」


「先程までのわしの状態、名を“竜域(りゅういき)”という」


「りゅういき?」


 初めて耳にするその言葉に、ソラは訝しげに首を傾げた。


「お主は知らんかったかもしれんが、実はわしが強者と戦う時、そして都牟羽(つむは)を使用する時、常に竜域の状態になっておったんじゃ」


 すると、ヨクハのその言葉を聞き、ソラは焦ったように前のめりになる。


「えぇっ、もしかして都牟羽(つむは)って――」


「そう、竜域の状態でしか使えん剣技じゃ。理由は後で説明するがな」


 それを聞き、ソラはがっくりと項垂れるように肩を落した。


「あー駄目だ。俺、都牟羽(つむは)使えないじゃん」


 己の淡い希望が潰えたことに対し悲痛に呟くソラを見て、今度はヨクハが首を傾げた。


「何を言っておるんじゃ?」


「いや、だって俺ただの人間だからその竜域とかいう状態になれないし、ってことは結局最初から都牟羽(つむは)は使えないってことだろ? っつーか団長は俺と同じ蒼衣騎士なのに滅茶苦茶強いから俺の憧れっていうか目標っていうか希望っていうかそういうのだったのに、結局団長も特別な人間だったってこと? 実は竜の血を引いてるとか竜の生まれ変わりとかそういう感じ? あーもう嫌、どいつもこいつも! 俺が昔読んでた読物の主人公も落ちこぼれが努力で頑張る話だと思ってたのに最後の最後で実はすんごい人の息子だった上に神様の生まれ変わりだったとか判明して何それって感じだし――」


「どんだけ喋るんじゃ!」


 早口で愚痴をこぼしまくるソラに、ヨクハはうんざりした様子で思わずツッコんだ。


「いや……だってさ」


「だってじゃあるか、情けない声を出すな阿呆」


 するとヨクハは大きく溜息を吐いた後で続ける。


「竜域はお主が思っている程特別な力ではない、それに特別な人間にしか使えない力という訳でもない」


「え、そうなの?」


 ソラの瞳に僅かに希望が戻った。するとヨクハが説く。かつてこの世界が地上界ラドウィードに在った頃、今でいう銀衣騎士や聖衣騎士が現れる以前、騎士がまだ竜と生身で戦っていた時代。蒼衣騎士……つまりただの人間が竜と渡り合う為に得た力、それが竜域であるのだと。


「ただの人間が? でもさっき団長は竜みたいな眼になってたけどあれは?」


 竜域とは高揚と恐怖、憤怒と悲哀、僅かなずれすらも許されない一点の隙間のみに存在する無の極致に至る極限の集中状態。似たような状態ではゾーンやフロー、明鏡止水などと言ったものもあるが、それらすらも凌駕した集中状態であるとヨクハは言う。


 そして人は元々興奮すれば散瞳し、沈着すれば縮瞳する。しかし一切の感情を排除した完全なる無の状態に達した時にだけ細瞳と呼ばれる獣のような縦割れの瞳へと成る。故に竜域に達している人間の瞳は細瞳の状態となり、その瞳はやがて竜へと例えられるようになったのだと。

78話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。


誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。

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