77話 この空を守るという事
しかし、どこか他人事のような真剣味の無いレオの返答に、ウェルズは憤りを顕わにした。
「アークトゥルス陛下に最終決定権を一任されているあんたが、このような状況下で何故そこまで相互不介入条約に拘るんだ!?」
「ちょ、ちょっと落ち着こうよウェルズ。俺だってこう見えて色々と考えた上でその方が良いって思っただけだって」
「……それじゃあレオ殿、何故あんたがそこまで相互不介入条約に拘り、何の対策も打とうとしないのか答えてもらおうか」
直後、円卓に拳を打ち付けながら強い不信感を示すウェルズを、ヴァーサが睨み付ける。
「その辺にしておけ、レオ殿は序列一位の騎士師団長でありレオ殿の決定は陛下の決定でもある。これ以上秩序を乱すなウェルズ=グラッドストーン」
「い、いいってヴァーサ。そもそも俺が言葉足らずだったのが原因でもあるんだし」
レオは突き出した両掌を振りながら取り繕い、そして続けた。
「その、俺はただ各騎士師団は各騎士師団を尊重し、各領空は各領空がそれぞれ独立して、そうやって存在する事で各々の権利と自由を守っていけると考えているんだ」
「しかしそれでは何の為にこのオルスティアを統一するというんだ? それにその考えが、騎士としての資質の無い師団長達による独裁を許して来たんじゃないのか!?」
「独立も自立も、全てが統一され管理された中で成されるからこそ尊重される。けど今のまま各国がバラバラのままでは必ずまた争いが繰り返される、だから陛下は……俺はオルスティア統一を目指すんだ」
「だからと言って……」
すると、円卓に突っ伏しながらボソリと呟くクラム。
「だりぃし話なげー」
直後、シェールがおもむろに挙手をした。
「あのさあ、僕もそこの髭もじゃおじさんに賛成だなあ」
そしてウェルズの意見に賛同するような発言をし、その場に居た者達が意外そうな表情でシェールに視線を送る。
「尊重とか独立とかまどろっこしい事言ってないでさ、皆で手を取り合って、皆で足並みを揃えて、仲良く敵を皆殺しにすればいいんじゃないかな?」
およそ穏やかでない発言を、明るい声のトーンで言い放つシェール。
「そっか、シェールはそっちの意見なんだね」
対しレオは腕を組み深く目を閉じて考え込む。
「よし、じゃあここで決を採ろう」
直後、掌を叩いて提案するレオ。
現在締結されている相互不介入条約、これを破棄或いは緩和して各騎士師団同士の連携強化を支持する者に挙手を促した。
そんなレオの提議に、挙手をしたのはシェール、ヴァーサ、ウェルズ、クラムの四名であった。
つまり、賛成四の反対五により条約破棄または緩和案は否決されたのだった。
「あれれ、意外だなあ」
思わぬ結果にシェールは肩をすくめる。
「ほっ、じゃあこれで相互不介入条約破棄は否決という事で決定だね」
対照的にレオはほっと胸を撫で下ろすように息を吐いた。
「うーん、いつもレオに右へならえのエリィはともかくとして、その他のモブキャラ共が反対なのはどうして?」
結果に納得いかないのか、シェールは眉を潜めながら問いかける。
「俺は単純にレオ殿の意見に賛同した。それだけの事だ」
シェールの問いに冷静に答えるタカ。
「ハッ、無様に討ち取られた腑抜け共と違って俺には連携なんざ必要ねえ、それに自分が治める領空なら何をしても許される今の体制に満足だからよ、他の奴らに干渉されるなんざまっぴらごめんだ」
傲慢な物言いで語るナハラ。
「…………」
そして何も言葉を発しないアイビス。
三者三様の意見? を聞き、シェールは諦めたように大きく溜め息を吐いた。
「まっそういう事なら仕方ないか、でももう話は終わりだよね? 僕帰ってもいい?」
不満げに口を尖らせて席を立つシェールに、エリィが諭すように言う。
「そうね、でも今回の会合は〈寄集の隻翼〉という騎士団に対する警戒と、各領空防衛に対する意識を高めることを促す目的というのが大きい。だからシェール、あなたも気を引き締めて欲しい」
「はいはい、気を付けまーす」
そんなエリィに、シェールはめんどくさそうに返事をするのだった。そしてレオが続けて発言する。
「相互不介入条約の継続、それが可能なのは陛下も俺も、君達を信じているからなんだ。君達なら自分達の力で、襲い掛かる強敵も、迫り来る脅威も必ず乗り越えられると……そう信じている」
真っ直ぐな瞳、真っ直ぐな声でレオは言い、その言葉を最後に会合は終結した。
こうして各騎士師団長はこの一室から姿を消し、一室にはレオとエリィだけが残っていた。
「俺のやり方は酷いと思うかいエリィ?」
円卓の椅子に一人座り、神妙な面持ちで問いかけるレオに、隣に立つエリィが肩にそっと手を置き、首を静かに振った。
「迷わないで、私が傍にいるから……だからあなたは自分の信じるままに進めばいい」
淡く、儚い空間の中で、おぼろげに流れる時間だけが、潰える事もなくそこにあった。
※
フォルセス島攻略戦から二日後。
ツァリス島、〈寄集の隻翼〉本拠地の南端で一人佇み、空を見渡すフリューゲルの姿があった。
その格好は、下衣は黒い袴で、草履という履き物をモチーフにしたブーツ、上衣には袖広の白い着物と襟巻、更にその上には袖の付いた青い羽織に袖を通さず、騎装衣のように羽織っていた。上衣の左胸には小さな片翼がいくつも集結し、双翼を形作っている紋章が刻まれている。
〈寄集の隻翼〉の騎士団制服、フリューゲル用の物が完成し、この日から制服を身に纏ったのだった。
「こんな所に居たのフリュー?」
「わあ、似合ってるよフリュー」
「馬子にも衣装というやつですね」
そんなフリューゲルに後から声をかける三人。デゼル、プルーム、エイラリィであった。
「お前ら何でここに?」
三人がわざわざ自分を探しに来た事を不思議そうに尋ねるフリューゲル。
「カナフさんから聞いたんだよ、フリュー用の制服出来たから渡したぞって、だから似合ってるかどうかちゃんと確かめに来たんだ」
「んだよ、暇な奴らだな」
「ところでさっき空を見つめて黄昏てたけどどうかしたの?」
デゼルの問いに、フリューゲルは頭を掻きながら、少しだけ惚けながら言う。
「考えてたんだ」
「何を?」
「俺達はこれからきっと前に進める筈だ、そしてお前らと一緒にラッザ先生との誓いを果たすんだってそう思った」
「うん」
「でも少しだけ考えちまった、んで答がまだ出てねえんだ」
フリューゲルは再びデゼル達に背を向け、眼前にどこまでも広がる空を見渡しながら続ける。
「ラッザ先生は言った、俺達にこの空を守る騎士になれって、俺達ならきっとなれるって……でも、この空を守るってどういうことなんだろうってな」
「……それは」
言いながら言葉を詰まらせるデゼル。
するとフリューゲルは続けた。ただ敵を殺すことがこの空を守る事に繋がるのか? ただ、エリギウス帝国を潰すことがこの空を守るという事なのか? そうやって考えていたらよくわからなくなってしまったのだと。
ふとフリューゲルの隣に立ち、同じように空を見渡すプルーム。
「難しいよね……私にもきっと答は出せないと思う」
「プルーム」
「だから私は大切な人達を守る為に戦う。この場所が、この騎士団の皆が……私にとっての空だから」
プルームは迷いの無い瞳で、迷いの無い心で言った。
「結局、信じて進むしかないんだよね。自分を、自分の歩む道を、そしてそれがラッザ先生の言ってた空へと繋がってるんだって」
「私は自分に出来る事が限られてますから、出来る事を必死にやるだけです」
そしてデゼルとエイラリィもまた空を見渡す。
そんな三人を見ながらフリューゲルは顔を少しだけ綻ばせた。
「すげえなお前ら」
「え?」
「答……もう出てんじゃねえか」
フリューゲルはそう呟いた後、大きく背伸びした。
「俺もさっさと見つけねえとな」
そして微笑みながら言うと再び空の方を振り返る。
――んじゃあ行ってくるわ、ラッザ先生。
※
竹林の訓練場。
そこには向き合って何かを話すソラとヨクハの姿があった。ソラはヨクハの言葉を聞き、驚いたように聞き返す。
「えーと、いま何と?」
「だからお主に都牟羽を伝授してやると言っておるんじゃ」
毎日ソラと剣の模擬戦だけを行い、毎日ソラを完膚なきまでに叩きのめすだけだったヨクハが遂に、都牟羽と名付けられた剣技を伝授すると言い出し、ソラは突然のヨクハの申し出に驚きを隠せずにいた。
「お主は同じ相手に二度も敗けおった負け犬じゃからな、さすがにこのままではいかんと思った訳じゃ」
「うぐっ! 傷に塩どころか激辛ソース塗ってきたよこの人」
ヨクハの発言を受け、攻撃を受けたかのように後に仰け反るソラ。しかしすぐに元の体制に戻ると、嬉しそうに目を輝かせた。
「いやあでも遂に俺もあの技を修得出来るんだなあ、これで次はあの前髪邪魔女を泣かすことが出来るな、うん」
「……喜んでいられるのも今の内だけじゃと思うぞ」
するとそんなソラを見て意味深に呟くヨクハであった。
「え、何か言った団長?」
「……いやまあいい、とにかく始めるとするか」
「よろしくお願いします、師匠」
「誰が師匠じゃ! わしは師匠なんて柄ではない、それにお主のような弟子などいらん」
「えーそんなあ」
ヨクハに冷たくあしらわれ、不満げに口を尖らせるソラ。
何はともあれ、こうして諷意鳳龍院流秘伝“都牟羽”伝授の修行が開始されたのであった。
第二章完
第三章に続く
ここまで物語にお付き合い頂き本当にありがとうございます。これにて第ニ章完となり第三章に続きます。
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