76話 騎士師団長会合
そこはとある一室。扉も窓も無く、純白の壁に囲まれる広大な空間の中に、巨大な円卓が一つ。そしてその円卓に沿って十二の椅子が並べられていた。
空席は四つ。そこには、エリギウス帝国の騎士であることを表す黒い騎士団制服を身に纏った八人の騎士が座している。
その内の一人、他の十一の椅子より一回り大きい椅子に座るのは、金色の髪と金色の瞳を持ち、怜悧さと精悍さを併せ持つ非常に端整な顔立ちの青年で、制服の左胸には竜の牙を抽象的に描いた紋章が刻まれていた。
その騎士は、エリギウス帝国直属第一騎士師団〈閃皇の牙〉師団長にして“三殊の神騎”が一人、騎士王レオ=アークライトである。
「今回皆に集まってもらったのは……えーっと、なんでだっけエリィ?」
その怜悧な顔からは想像も出来ないような惚けた態度でエリィという名の騎士に尋ねるレオ。
「はあ……この半年たらずで三人の騎士師団長が討ち取られたからでしょ」
そんなレオに対し、頭を抱えながら答えるのは、足元まで伸びた銀色の髪、先端の尖った耳、透き通るような白い肌と、彫刻のように美しく儚げな表情の女性。左胸には竜の角を抽象的に描いた紋章が刻まれていた。
その騎士は第二騎士師団〈凍餓の角〉師団長にして“三殊の神騎”が一人、凛騎士エリィ=フレイヴァルツ。
「此度の塵の空域防衛戦では異例の援軍要請に対し、我が騎士師団からオルタナを向かわせたがそれでも敗戦を喫した。もはや奴らの戦力は看過出来ん所まで来ている」
腰に斬馬羽刀と呼ばれる長尺の羽刀を差し、黒い瞳と後で一つに結わえた黒い髪が特徴で、左胸に竜の眼を抽象的に描いた紋章が刻まれる老齢の男性は、第十一騎士師団〈灼黎の眼〉師団長タカ=テンゲイジ。
「ハッ、そりゃそのオルタナとかいう騎士が糞雑魚だっただけじゃねえのか? 〈連理の鱗〉はドンケツの騎士師団だしよ、雑魚同士がつるんで負けてりゃ世話ねえわな」
タカに対し嘲笑を込めたように返すのは、金色の髪に褐色の肌、鋭い目付きの少年で、左胸には竜の皮膚などに付いた刺を抽象的に描いた紋章を刻んでいる。名はナハラ=ジブリール、第七騎士師団〈穿拷の刺〉師団長であり、かつて帝立騎士養成所の食堂でソラとアイデクセに絡んでいた、二人の同期である。
すると、ナハラの発言に対し、タカは怒りを漏らすように斬馬羽刀の鯉口を切って殺気を放つ。
「言葉に気を付けろよ小僧、俺の部下を侮辱するつもりか?」
「あ? 言葉に気を付けるのはてめえだブービー野郎、俺より格下の数字でいきってんじゃねえ!」
「ふんっ、討ち取られたアクラブ=ジブリールの代わりで急遽第七騎士師団長に抜擢されただけの鼻タレが随分と天狗になっているようだな」
タカの言葉を受け、左腰に差した剣の柄を握るナハラ。
「それは俺の実力だ……兄貴は関係ねえんだよ、殺すぞ!」
舌戦の中で、タカの殺気とナハラの殺気が衝突し、その場に居る者に空間が歪むような錯覚を起こさせた。正に一触即発の雰囲気が漂う。
「はあ、めんどくさっ」
終始円卓に突っ伏して寝ていた、癖毛の赤髪と金色の瞳が特徴の童顔の青年は、少しだけ上体を起こすとそう呟き、眠たそうな眼で大きく溜め息を吐いた。その左胸には竜が持つ宝玉のような珠を抽象的に描いた紋章が刻まれている。名はクラム=ソールズベリー。第六騎士師団〈祇宝の珠〉師団長である。
瞬間、円卓から二人の騎士が飛び出し、一人はタカの右肩に手を置いて抜刀を制止し、一人はナハラの首元に剣の刃を突き立て抜刀を制止していた。
「ったく大人気ねえぞタカ」
「……ウェルズ」
タカを制止したのは藍色の短髪と金色の瞳、猛々しい口髭が特徴の筋骨隆々な初老の男性。竜が持つ二本の髭を抽象的に描いた紋章を刻む。その男の名はウェルズ=グラッドストーン、第五騎士師団〈操雷の髭〉師団長にして騎士養成所戦闘指南教官であり、かつてのソラの恩師でもある。
「鬱陶しい、これ以上話をややこしくするな」
「ちっ」
ナハラを制止したのは腰まで伸びた銀髪と先端の尖った耳、中性的な顔立ちの美しい青年。左胸に竜の鬣を抽象的に描いた紋章を刻む。名はヴァーサ=フィッツジェラルド、第四騎士師団〈風導の鬣〉師団長である。
「あーもう、顔を合わせるとすぐにこれだよ、だから俺は嫌なんだよこの人達集めるの」
目の前のやり取りを眺めながら、ぼやくレオ。
「そうは言っても今回ばかりは仕方ないでしょ」
そんなレオを窘めるエリィ。そしてウェルズとヴァーサに制止され、刃を納めるタカとナハラ。
その後、場はなんとか収まり会合は再び始まった。するとナハラはふと疑問を抱き、発言する。
「空席の九と十二は別として、八と十、三までも不在ってのはどういうことだ?」
「八の彼女は今、俺が特別な任務をお願いしていてね、今回は参加できないんだ。でも、十が居ないっていうのはどういう事だい? ずっとそこに座ってるけど」
レオが指をさすとそこには一人の女性らしき騎士が座っていた。ショートボブにした黒紫色の髪、陰陽の仮面を被り、左胸に竜の翼を抽象的に描いた紋章を刻むその騎士は、第十騎士師団〈久遠の翼〉アイビス=エクレシア。
「うおっ! 何だこいつは? いつからいやがった?」
「…………」
アイビスの存在に気付いたナハラは驚いたように尋ねたが、アイビスは終始無言で膝に乗せたぬいぐるみを撫で続けていた。
――目の前に居るのに気配を感じない。何なんだこの女は?
「まあいい、だが三がここに居ないのは確かだ、一体何してやがんだ?」
ナハラの問いに、エリィは嘆息して答える。
「事前に時間は伝えたし、ちゃんと門は開けてある。でもあの子はいつも時間通りに来た試しが無いから」
すると直後、一室の空間に黒い裂け目が出来、中から一人の人物がゆっくりと現れた。
その人物は金色の髪と褐色の肌を持つ穏やかそうな表情の十台後半程の男で、左胸には竜の爪を抽象的に描いた紋章を刻んでいた。
「やあ久しぶりレオ、エリィ、あとその他の弱者共」
その騎士は、無邪気な笑顔を浮かべながら、ごく自然に、そして特に悪意も無く言い放った。その騎士は、エリギウス帝国直属第三騎士師団〈裂砂の爪〉師団長にして“三殊の神騎”が一人、狂騎士シェール=ガルティである。
シェールの発言に対し場が明らかにピリつき。空気が淀む。しかし、怒りを直接的に顕わにした騎士が一人……それはナハラであった。
「おいおい、三殊の神騎だが何だか知らねえけど遅れて来て謝罪の一つもねえのかよ? しかも弱者だと? それは俺に対しても言ってやがんのか?」
憤るナハラを見て、シェールはきょとんとした表情で首を傾げた。
「えーっと、誰? 君」
「第七騎士師団〈穿拷の刺〉ナハラ=ジブリールだ。忘れられなくしてやろうか?」
ナハラが先程のように左腰の剣の柄を握ろうとしたその時、その場に居た全員の表情が凍り付いた。
そしてナハラは気付く。既に自分が背後を取られ、首元に刃を突き立てられている事に。冷たい汗が頬を伝い、ナハラは生唾を飲み込んだ。
「んと名前なんだったっけ? まあどうでもいいか。君さあ、こんっな糞弱いのに自分を大きく見せようってとっても必死なんだね。あはあ、早く空を飛びたい空を飛びたいって必死に蠢く蛆虫みたいでとっても微笑ましいなあ」
相変わらず無邪気な笑顔を浮かべながら、凄まじい殺気……否、狂気に当てられて、ナハラはいやがおうにも圧倒的な力の差を悟らされ、冷や汗を垂らしながら、体を凍り付かせる事しか出来なかった。
「いい加減にしてシェール」
すると、低いトーンでシェールを窘めるエリィ。そんなエリィの声にシェールは、はっとしたような表情を浮かべ、剣を引いて納めた。
「あ、ご、ごめんね君、何で僕っていつもこう誰かと揉めちゃうんだろう? 僕もしかしてまた酷い事言ったりしてた?」
シェールのその発言に、エリィは頭を抱えて返した。
「やっぱり自覚してないのね」
直後、ナハラはその場にへたり込み、恐怖に支配されたように過度に呼吸を繰り返していた。
――くそ、くそっ、糞がっ!
一方、そんなナハラを見ながらウェルズが大きく溜息を吐き、呟く。
「……若いな」
こうして、現在欠員となっている第九騎士師団と第十二騎士師団、特別任務に赴いているという第八騎士師団の師団長を除く、帝国の全騎士師団長が集結したのだった。
「はあ、これでようやく本題に入れるね……で、何だっけ本題?」
再び恍けるレオに、エリィも再び頭を抱えて返す。
「この半年で三人の騎士師団長が討ち取られたことについてよ、しかもオルスティア統一戦役が始まって以来、初めてエリギウス帝国の空域の一つが制圧された、さすがにこれでは会合を開かざるを得ない」
するとそのやり取りに割って入るタカ。
「〈因果の鮮血〉のこの半年の快進撃、それにはとある騎士団の台頭が関係しているとのことだ」
「とある騎士団?」
「その騎士団は半年程前から活動を開始した新設の騎士団らしく、名は〈寄集の隻翼〉と言うらしい」
その名を聞き、この場の殆どの者が首を傾げるなど初耳であるかのような反応を示す。或いは何の反応も示さなかった。
タカは続ける。碧の空域攻略戦にて第九騎士師団〈不壊の殻〉が壊滅させられた際も、そして今回のフォルセス島防衛戦の際も、その〈寄集の隻翼〉の存在が確認されている。奇襲にて当時の第七騎士師団長アクラブ=ジブリールを討ち取ったのも〈寄集の隻翼〉の仕業である可能性が高いと。
「新設の騎士団がそれ程多数の戦力を有しているというのか?」
怪訝そうに尋ねるウェルズにタカが答えた。
「人数自体は十名にも満たない少数だが、その騎士団は聖衣騎士を四人も有しているとの事だ」
「なにっ! 聖衣騎士が四人だと!?」
「それだけではない、オルタナの情報によるとその騎士団の団長は“ラドウィードの騎士”である可能性が高い」
それを聞き、これまで緩んでいたレオの表情が僅かに強張る。しかし、すかさず割って入るナハラ。
「ハッ、ラドウィードの騎士だ? そんなカビ臭え骨董品に何が出来るってんだ?」
「……お前もぶれない奴だなナハラ」
不遜な態度のナハラを見てウェルズは大きく嘆息すると、続ける。
「とにかく、敵の力が脅威となっているのは確かだ。とするならば相互不介入条約の破棄、或いは緩和を行い、騎士師団間の連携強化が必要不可欠だ」
するとレオは、ウェルズの強い提言を受け、指を口元に触れさせながら何やら考え込むような仕草をした後、口を開いた。
「うーん、でもとりあえず俺はこのままでいいと思うけど」
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