75話 戦いを終えて
すると、ティルヴィングを操刃する騎士から伝声が送られ、ヨクハは相互伝声を許可した。
『悪いけど、この子にはまだ死んでもらっては困るわね』
――まずい、ここで第二騎士師団に介入されたらひとたまりもない。
これまでの戦闘で刃力を消耗し、騎体に損傷を受けているヨクハ。そして〈寄集の隻翼〉の他の騎士達もまた消耗し、騎体にもかなりの損傷を受けている。この状態での、それも上位の騎士師団の増援となれば甚大な被害を受ける事は必至だ。
しかしティルヴィングは浮遊したまま戦闘態勢を取らず、引き続きヨクハに伝声を行った。
『スクアーロが率いるあの〈連理の鱗〉を倒すなんて、結構やるのねあなた達』
騎士師団長として個の戦闘力は決して高くなく、騎士師団としての序列は最下位に位置しているものの、その集団戦の実力と能力の厄介さから、実質的な実力は上位騎士師団に匹敵すると評する者もいる〈連理の鱗〉を倒したヨクハ達を称賛するエリィ。そしてその伝声を聞いていたアイデクセの表情が凍り付く。
「〈連理の鱗〉が倒された? え? あなた何を言って?」
『スクアーロは討死し、本拠地は既に制圧された。あなた達の負けよ』
「スクアーロ師団長が……討死?」
凍り付いた表情が青ざめ、呼吸が速くなるアイデクセ。
「嘘だ嘘だ嘘だ、スクアーロ師団長が……死んだなんて、そんなの嘘だあああああ!」
『そういう事だから、この戦いは〈連理の鱗〉の敗けね。フォルセス島……いや、塵の空域は好きにするといいわ』
「……貴様達〈凍餓の角〉は、この戦いの援軍で来たのではないのか?」
『今この島に居るのは師団長の私だけよ。特務遊撃騎士のオルタナ=ティーバは別として、私達は自身の守護する空域外での活動は基本許されていない……陛下の定めた相互不介入条約は絶対だから』
そう言い終えると、ティルヴィングの額に剣の紋章が光り輝き、続いて先程アイデクセのツヴァイハンダ―が吸い込まれた、黒い空間の裂け目がティルヴィングの隣に出現した。
ティルヴィングはその裂け目に入ると、開いた空間は少しずつ閉じていく。
その時、アイデクセからヨクハへと伝声が入る。
『僕を必要としてくれた人を奪った、僕がようやく見つけた居場所を奪った。許さない、お前は……お前達だけは!』
「…………」
『必ず殺してやる、必ず滅ぼしてやる。忘れるな、僕がお前達を破壊し尽くしてやる! 必ずだ! 必ず!』
激しい憎悪をまき散らすようにアイデクセが叫ぶと、空間の裂け目は完全に閉じ、エリィのティルヴィングとアイデクセのツヴァイハンダ―はその場から姿を消した。
ヨクハはそれを確認すると、大きく息を吐き、ムラクモの左腰の鞘に羽刀型刃力剣を納刀させた。そして全騎士団員に向けて伝声をする。
「〈寄集の隻翼〉及び〈因果の鮮血〉の全騎士に告ぐ――勝ち鬨じゃ!」
ヨクハのその声を聞き、塵の空域、吹雪の中の戦場に、騎士達の勝利を告げる咆哮が響き渡った。
※
それから、〈連理の鱗〉の残党は撤退し、塵の空域を離脱した。その後、制圧した本拠地城塞の中に幽閉されていたプルームとデゼルを発見する。プルームとデゼルの二人は城塞地下の巨大な牢の中に、ソードごと捕えられており、駆け付けた〈寄集の隻翼〉の騎士達により救出されたのだった。
「エイラ!」
「姉さん、大丈夫?」
プルームはエイラリィの姿を見るや否や、泣きじゃくりながら抱き付いた。
「うわああああんごめんねエイラ、皆……私なんてすぐにやられちゃったのに、エイラも皆も凄く頑張ってくれたんだよね?」
「泣かないの姉さん、姉さんだって十分頑張って戦った事は皆知ってるから」
エイラリィはプルームの頭を撫でながら優しく微笑みかけた。そしてそんなプルームにフリューゲルとカナフが声を掛ける。
「んな事一々気にすんじゃねえ。プルームは属性不一致の騎体で戦い抜いてたんだしよ」
「ああ、クロフォード姉がいなかったら、東方進撃部隊の最初の戦況はかなり不利だった筈だからな」
「フリュー、カナフさん……もう皆優しすぎるよ、うわあああん」
フリューゲルとカナフの励ますような言葉を受け、プルームは更に号泣しながらフリューゲルとカナフの二人に飛びつくのだった。一方で、プルームに抱きつかれフリューゲルは一人、思わず頬を赤くしていた。
すると、牢からいそいそと出てくるデゼルは、後頭部を掻きながら少し気まずそうな表情を浮かべた。
「いやあ、面目無い」
しかしすぐに、柔らかに微笑んで言う。
「でも皆が勝つって信じてたから、不安は無かったよ」
「へっ、当然だ」
デゼルに対しフリューゲルは拳を突き出し、デゼルはそれに応じるように拳を合わせた。
それぞれが称え合い、勝利を喜びあっている中、ソラは一人遠い目で一点を見つめ、何かを考え込んでいるようであった。
「ソラ、どうかしたのか?」
そんなソラに声をかけるヨクハ。するとソラがふと口を開く。
「なあ団長、俺の事一発殴ってくれないか?」
「わかった」
「おごっふ!」
ソラの懇願に、ヨクハは間髪入れずソラを殴り付けた。
「いったあ……少しは躊躇してくれよな!」
対し、頬を抑えながらぶつぶつと文句を垂れるソラに、ヨクハが返す。
「いやお主が殴れと言ったんじゃろうが」
「そうだけども……普通いきなりあんな事言われたら戸惑いながら『ど、どうしたの?』とか聞くでしょ、何をノータイムで殴って来てんの!?」
「め、面倒臭い奴じゃなお主は、じゃあ何で殴らせたんじゃ?」
ヨクハは、ソラに抗議され仕方なく問う。すると、深刻そうな表情で口を開き、言い訳がましく答えるソラ。
「いやその……ほんの少しだよ? ほんの一瞬だけなんだけど俺……オルタナ=ティーバの事無意識に『可愛い所あるな』とか思ってしまって」
「お、お主……中々いい趣味しとるのう」
直後、ヨクハのひきつった表情での返答に、ソラは両手で頭を抱え込んだ。
「くっ! いったい俺はどうしちまったんだ!? あんな憎き宿敵に対して俺はいったい何を考えて!?」
ソラの悲痛な叫びが、城塞の地下にこだましていた。
「あれ、そういえばウィンさんは?」
そんなソラを他所に、デゼルはこの場にウィンが居ないことに気付く。
するとヨクハが告げる。ウィンは既にこの島を出てイルデベルク島へ帰った。元々〈連理の鱗〉を倒すまで力になってもらうという約束だったからだと。
「えっウィンさんもう帰っちゃったの? 素っ気ないなあ。めちゃくちゃ活躍したって聞いたし、色々お世話になったからお礼言いたかったんだけどな」
挨拶もなく早々に帰ってしまったウィンに対し、ソラが残念そうにぼやく。
「ウィン殿には帰るべき場所があるんじゃ、仕方あるまい」
そして言いながら、ヨクハもまた少しだけ残念そうに小さく溜め息を吐いた。
※
藐の空域。イルデベルク島。
戦いを終え、帰ってきたウィンはすぐにアーラを預けていた島民の民家を訪れた。
扉を開くと、テーブルの椅子に行儀よく座っているアーラの姿があり、アーラは扉の開く音に振り返った。
「ただいまアーラ」
そこにウィンの姿を確認すると、アーラは椅子から飛び降りてウィンの元へ走り寄り、足下にしがみついた。
「院長先生!」
「寂しい思いをさせてごめんさないアーラ、でもやらなきゃならない事が終わりました。これからはずっと一緒ですよ」
ウィンは優しい笑顔でアーラの頭を撫でながら言った。
するとこの民家の家主である中年のふくよかな女性が、ウィンとアーラの元に歩み寄る。
「あら、おかえりウィンさん。お仕事はもう終わったの?」
「おかげさまで、僕が島外で仕事をしてる間、アーラを見ていてくれてありがとうございます」
「いいのいいの、こっちはアーラちゃんがいてとっても楽しかったわよ。これからはいつでも島外で仕事をしてきていいからねウィンさん」
「いやあ、これはまいりましたね」
後頭部を掻きながら、やり過ごすウィンをアーラはニコニコと眺めていた。
それから、女性の民家を出て、帰路へつく二人。
「ふんふふんふーん」
ウィンと手を繋ぎ、鼻歌混じりに歩くご機嫌なアーラ。するとウィンはぎょっとしたようにアーラを二度見する。
アーラはスカートから、鱗に覆われた尻尾をはみ出させ、鼻歌に合わせて左右に振っていたのだ。
「あ、アーラ! し、尻尾がはみ出てますよ! 早くしまってください!!」
焦ったようにアーラに耳打ちをするウィン。
「わっ」
すると尻尾はアーラのスカートの中に入っていき消失する。
「気を付けて下さいアーラ、あなたが“竜醒の民”である事がバレると、色々とまた厄介事に巻き込まれてしまいますよ」
「ごめんなさい院長先生、アーラ嬉しくなるとつい尻尾が出ちゃうの」
ウィンは恐る恐る辺りを見回すが、人の影はなく、ほっと胸を撫で下ろすのだった。
そして……
オルスティア統一戦役が開始されてから十年。この日エリギウス帝国は初めて、空域の一つを制圧される事を許した。そしてこの戦いが後に、更なる大きな戦火を巻き起こし、ソラ達を深き運命の果てへと誘う事となるのだった。
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