74話 決着
カレトヴルッフは片膝を付き、左腕部に斬撃痕が出現する。そして切断された左腕部が地へと落ちた。奇しくもそれは、初めてソラがオルタナと戦った時と同じ結末であった。
オルタナのネイリングは、血振りの所作をし納刀しようとする。しかし、オルタナはある事に気付き唖然とした。
「これは!」
ネイリングが左手に持っていた鞘が切断され、残されているのは鯉口付近の部位だけだったのだ。居合を極意とする塵化御巫流にとって鞘を失う事は四肢の一つを失う事に等しい。
とはいえ実際に四肢の一部と、攻撃に用いるための鞘。失ったものの大きさは比べるべくもなく、勝敗は誰の目にも明らかだった。
しかしオルタナはまるで自分が敗北者であるかのように俯くと、力無く操刃柄から手を離した。
その時、オルタナに対し本拠地伝令員からスクアーロの討死と、〈因果の鮮血〉による本拠地制圧の報告が入る。
すると鎧胸部を不意に開放し、その姿を現すオルタナ。そしてそれを見て、ソラもまた鎧胸部を開放した。
五年越しに生身で相対する両者の視線が交わる。そしてオルタナがソラに直接伝える。
「この戦、お前達の勝ちだ」
“勝ち”その響きが今のソラにはあまりにも遠すぎてソラは一人歯噛みした。そんなソラを見てオルタナが言う。
「私とここまで斬り合えたのは師とヨクハ=ホウリュウイン以外ではお前が初めてだ」
「……結構いるな」
「さっきから一々うるさいなっ!」
ソラの呟きにオルタナはムッとしたような反応を見せるが、再び咳払いで誤魔化すと冷静な物言いで続ける。
「まあいい……それよりお前、名を名乗れ。一応覚えておいてやる」
オルタナはふと、ソラに名を尋ねた。
「あ、いや別に大丈夫」
しかしソラはジト目ですぐさま素っ気なく返すのだった。
「え、大丈夫? ……じゃ、じゃあいい、別に私はお前などに興味はない、もう私は行くからな」
直後、オルタナはあからさまにショックを受けたような声を漏らすと、明らかに怒ったような態度で操刃室の座席に座る。
「……ソラ=レイウィングだ」
すると不意にオルタナに名を告げるソラ。
「……そうかソラ。今回は貴様の戦いぶりに敬意を表し生かしておいてやる。だが再び私に向かってくるのならば、次は命を断つ」
オルタナはソラにそう言い残すと、ネイリングの鎧胸部を閉鎖し、灰色の空へと飛び立っていった。
残されたソラは力が抜けたように、カレトヴルッフの操刃室の座席に深く座り込み、大きく息を吐いた。
――このまま行かせてよかったのか? でも、このまま続けてたらどうなってたか……まあでもオルタナ=ティーバ相手にここまで戦えたんだ、俺にしては上出来だよな?
「はは……は」
ソラは無理矢理振り絞るような笑みを消し、握り締めた拳を操刃室の壁に叩き付けた。
「……勝てなかった」
※
場面はアイデクセとヨクハの一騎討ちへと移る。
アイデクセのツヴァイハンダ―の一撃による衝撃は、辺りに爆煙を巻き起こし、先程空への砲撃で雲を消し飛ばし吹雪を止ませたにも関わらず、再び視界を削いだ。
やがて爆煙が止み、視界が戻る。
「なっ!」
アイデクセは驚愕した。〈断罪〉による聖霊騎装の威力の増大。そして刀身がとてつもなく巨大化した刃力剣による渾身の一撃。敵は当然消し飛んでいる筈であった。
しかし、そこには羽刀型刃力剣という矮小な刃力剣、それも右腕一本で受け止め立っているムラクモの姿があったのだ。そしてヨクハのその瞳は既に竜の瞳ではなく、通常のものへと戻っている。
「ぬるいな」
『ふざけ――』
ヨクハは冷たく言い放つと、羽刀型刃力剣の刀身を消失させ、瞬時にムラクモにツヴァイハンダ―との間合いを詰めさせた。すると禍々しささえ放つ巨大な刃が地へとめり込み、更にヨクハはムラクモの羽刀型刃力剣の刀身を再形成させ、すれ違い様にツヴァイハンダ―の右腕部を斬り飛ばした。
「……幻影剣」
『があっ!』
刃力剣を握る右腕部を斬り落とされた事で、ツヴァイハンダ―の刃力剣の巨大な刀身は消失した。
「攻撃範囲や見た目は派手じゃが、その実、剣の形すら成していない巨大なだけの張りぼてじゃな」
『うるさいうるさいうるさい!』
叫びと共にアイデクセは、左腕部の盾の内側に収納された刃力弓を射出させ、空中で受け取って握ると、ヨクハのムラクモに向けて引き金を引く。
すると、刃力弓から通常の光矢を遥かに凌駕する、刃力核直結式聖霊騎装を思わせるような強大な光の奔流を発射。同時に刃力弓はその威力に耐え切れず爆散する。
だが、ヨクハのムラクモはその光の奔流を上空に跳躍して軽々回避すると、そのまま急降下と共に羽刀型刃力剣を振り下ろす。そしてその剣閃はアイデクセのツヴァイハンダ―の左腕部を斬り落とした。
『があっ!』
両腕部を失ったツヴァイハンダ―はバランスを崩しそのまま地に尻餅を着かせる。更に、無力と化したツヴァイハンダ―の前にムラクモが立つ。
「桁外れの刃力量、恐るべき竜殲術、潜在能力は目を見張るものがある。だが溢れ出る力を振り回し、その力に振り回される貴様ではわしは永劫倒せん。貴様如きには“竜域”に入るまでもない」
刃力核直結式聖霊騎装の砲身を切断され、両腕部も斬り落とされ、全ての武器を失ったアイデクセの目の前に在るのは“死”その一文字だけだった。
――とはいえ、もしこの子の刃力量の多さに見合ったソードが与えられたら、そしてもしこの子がこの力をコントロール出来るようになったなら……
ヨクハはアイデクセの潜在能力から、未来への脅威を感じ取った。そして決着を付けようとムラクモが羽刀型刃力剣を大上段に構える。
『ああああああっ、嫌だ嫌だ嫌だ! 僕はこんな所で死にたくない、僕は!』
嗚咽しながら激しく動揺し、死に抗おうとするアイデクセ。ツヴァイハンダーは尻餅を着いた状態のままムラクモから遠ざかろうと後ずさった。
――ごめんねソラ、この子はここで必ず倒しておかなければならない予感がする。
ヨクハのムラクモがアイデクセのツヴァイハンダー目がけ羽刀型刃力剣を振り下ろした。
「なっ!」
しかしヨクハは驚愕する。目の前の空間に黒い裂け目のようなものが出現すると、アイデクセのツヴァイハンダ―はその空間の裂け目に吸い込まれるようにして目の前から姿を消し、羽刀型刃力剣による一撃は大地へと刻まれたのだ。
直後、ヨクハはすぐに上空へと視線を向ける。そこにはアイデクセのツヴァイハンダ―を抱える一騎のソードが浮遊していた。
青色を基調としたカラーリングに、黒い紋様、流美な曲線を描く鎧装甲、剣の刀身を模した推進翼である推進刃が六本、下向きに生える羊のような角の兜飾りを両側頭に着けたソード。
そのソードの騎体名はティルヴィング。七つの神剣の内の一振りであり、かつてのイェスディラン王国が所持していたそれは、金色の騎装衣を靡かせ、竜の角を抽象的に描いたような紋章を刻んでいた。
また、紋章からその騎体が第二騎士師団〈凍餓の角〉所属である事、その騎体が神剣ティルヴィングである事に気付いたヨクハは、それを操刃する騎士が誰なのかを確信する。
「……“三殊の神騎”エリィ=フレイヴァルツか」
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