73話 焔を穿つ刃
場面はソラとオルタナの一騎討ち。
竜殲術〈瞬刀〉を発動させたオルタナの居合は、もはや神速と表現するに相応しかった。
抜刀から納刀に入るまでの所作すらもソラの目には捉える事すら叶わず、間合いを詰めてくるオルタナから逃げ回るように、ソラはカレトヴルッフを後退させ続けた。そしてオルタナのネイリングから放たれる閃光が次々と巨大な氷柱を切断していく。
更には徐々にオルタナのネイリングがソラのカレトヴルッフとの距離を詰め始め、遂にソラはオルタナの間合いの中。
「ぐああっ!」
次の瞬間、ソラのカレトヴルッフは凄まじい衝撃で左側方へと吹き飛び地へと倒れ込むと大地が揺れた。そして理解は後からやって来た。
オルタナに気圧されソラは咄嗟にカレトヴルッフの頭部を守るように刃力剣を右側方、所謂八相へと構えた瞬間に、たまたまそこにオルタナの一撃が放たれたのだ。
防御出来たのはただの幸運。しかし、そのあまりの威力に衝撃を受け流しきれず吹き飛ばされていた。
威力とは質量と速度の乗。速度が倍化している今のオルタナの斬撃の威力は、即ち先程までの倍。凄まじい速度と凄まじい威力の剣技。ソラはもはや認めざるを得なかった。
――勝てない、剣だけじゃこいつには絶対に。
あの日から毎日振り続けてきた剣。例え自分が蒼衣騎士でも斬撃だけなら聖衣騎士に食い下がる事が出来ると信じていた。
ソラは自分の剣をオルタナが凌駕している現実に、悔しさを滲ませながら、それでもすぐにカレトヴルッフを立ち上がらせた。
そしてネイリングから距離を取ると、左腰部に接続され背部へと収納された砲身を展開し、オルタナのネイリングの足部へと向ける。
続いて炎装式刃力砲による一撃を間髪入れず発射。炎を纏った光の奔流がネイリングに放出される。だが、オルタナはネイリングに回避行動を取らせ、横へと躱すと、大地が爆裂し、その場に激しい爆炎が巻き起こった。
意識の隙間を狙った訳でもないその砲撃が当たる筈が無いのは解っていた。しかし、ソラはオルタナのネイリングに追撃。右手の刃力剣を鞘に納めると、左前腕部の盾の内側から刃力弓を取り出し、オルタナのネイリングに連射。それにより光矢が連続で放たれる。
ソラは白兵戦を諦め、射撃戦に切り替えたのだ。だがソラにとって射術は苦手とする分野であり、それはただの悪あがき、付け焼刃にすらなっていないのは明白である。
オルタナは失望したように嘆息すると、光矢を最小限の動きだけで躱し続ける。
――くそっ! 勝てない。剣でも、弓でも、全てを出し尽くしてもオルタナには届かない。
目の前にある確かな確かな隔たり。そしてそれを埋める術が無い現実にソラは歯噛みする事しか出来ない。しかし、オルタナのネイリングはそんなソラにとどめを刺そうと言わんばかりに居合構えを取ったまま間合いを一気に詰めて来た。
――本当に全部出したのか?
眼前に迫る確かな絶望。刹那にも満たない時、伸長された世界の中でソラは自分に問いかけた。
――いや出したよ、剣も弓も全部試した。あいつにはどっちも通じなかった。
自問自答しながら、ソラの頭の中にいくつかの記憶が駆け巡った。
《このたわけが! 何をちまちまやっておる? お主が下手くそな射撃を一発二発撃ったところで当たるとでも思っておるのか?》
エリーヴ島での戦いにて〈不壊の殻〉の騎士が操刃するタルワールに、中距離から刃力弓を撃ったものの当たらず、ヨクハに怒鳴られた時の事。
《お前の持ち味はその斬撃だ。カレトヴルッフに装備してやった炎装式刃力砲も追尾式炸裂弾も、ついでに言うと刃力弓も、全てはそれを活かす為にある》
フリューゲルの奪還作戦にて、エスパダロペラを砲撃と、砲撃からの斬撃で撃墜する事に成功した自分に、投げかけてくれたシオンの言葉。
《す、すげえ》
ウィンが三騎のエスパダロペラを瞬く間に撃墜させた時、それを白刃騎士の距離、つまり敵との至近距離で、敵の意識の隙間を利用しそれを行っていた事。
――剣と……弓……
ソラは無意識のまま、右手に持つ刃力弓を左手に持ち替えさせると、右手で刃力剣を抜いた。
そして向かって来るオルタナに向けて左手の刃力弓から光矢を放つ。だが、オルタナは当然の如くそれを身のこなしで躱した。
次の瞬間、ソラは右手に持った刃力剣による袈裟斬りを繰り出す。するとオルタナはネイリングの左手に持った鞘から、刃を僅かに露出させた羽刀型刃力剣でそれを遮る。
それはオルタナが〈瞬刀〉を発動させてから初めての受け太刀であった。オルタナは受けに回された事に憤るように舌打ちをする。
そこへソラの追撃、至近距離から左手に持った刃力弓で、オルタナのネイリングの側頭部に向けて光矢を放つ。
ネイリングは咄嗟に後退して回避。そこへ更なる追撃。ソラは間合いを詰めながらカレトヴルッフを横に一回転させつつの右薙ぎ、羽刀型刃力剣で受け止めるネイリング。
続けてソラは間髪入れず再び至近距離から頭部へと光矢、盾でそれを防ぐネイリングに、下方から斬り上げる逆風。
対し、すかさず右側へとネイリングが回り込むと、それに合わせソラのカレトヴルッフは左に回転しつつ刃力弓の銃口をネイリングの頭部に密着させ二連射、首を振って躱すネイリングに、更に袈裟斬り。
射術の拙いソラでも至近距離であれば的を外さない。ソラはオルタナが居合いを放てない超至近距離を保ちながら光矢を放ち、オルタナの回避行動の間隙……意識の隙間を突いて斬撃を放つ。弓と剣による複合攻撃でオルタナに食らい付いていた。
一歩下がれば首が飛び、一手誤れば命が散る。その極限の状況下でソラは前へ前へと出続け、連撃を絶やさず攻め続けた。
「ハアッハアッハアッハアッ!」
――止まるな、退がるな、攻め続けろ、オルタナに反撃の隙を与えるな、活路は前にしか無いんだ!
ソラが窮地で編み出した、剣と弓による怒涛の波状攻撃。しかし、それでもオルタナは攻撃を捌き続け、一撃が通らない。
瞬きすら許されず、息すら吐けない。その局面でソラの臓器は凍り、肺が焼ける。
しかしオルタナの駆るネイリングによる身のこなしの果てに、遂にソラの斬撃が空を斬らされる。
――しまっ!
その致命的な隙を見逃すオルタナではなく、オルタナのネイリングによる神速の居合、焔薙が炸裂した。
だが、ソラは斬撃を外した瞬間、確実に来るだろう一撃に備えて結界を張っていたのだった。ソラがカレトヴルッフに装備していたのは抗刃力結界ではなく耐実体結界。つまりは刃力剣を防ぐ事が出来る。とはいえその一撃は凄まじく、結界はたったの一撃で硝子のように粉砕され、カレトヴルッフは後方に吹き飛んだ。
「ハアッハアッ……ハアッハアッ」
カレトヴルッフは未だ致命的な損傷を受けてはいない。それでもソラの状態を体現するようにカレトヴルッフが膝を付く。磨り減った精神力と集中力は既に臨界を突破し、操刃を行う両手が操刃柄から離れそうになる。
『終わりだな』
間合いを大きく開けた状態でオルタナはネイリングの腰を落とし、とどめを刺さんと居合の構えを取る。
「まだだ!」
対しソラはカレトヴルッフを立ち上がらせると、肩部を開放し、追尾式炸裂弾を一斉発射させた。
『くだらん』
苦し紛れの追尾式炸裂弾発射。そう捉えたオルタナは失笑と共に連続居合 葬炎を放ち、飛来するそれらの全ての弾頭部分を切断した。
「ハアアアアッ!」
しかし、ソラのカレトヴルッフは既にオルタナのネイリングの間合いの中に居た。追尾式炸裂弾発射と同時に操刃鍔を全開で踏み込み、蒼い騎装衣を靡かせながら突撃。
オルタナが追尾式炸裂弾を斬って落とすその間隙を狙い、渾身の突きを放つ。
ソラはこの戦いの中で一つだけ気付いた事があった。オルタナの圧倒的な剣速。目にも映らない神速と形容するに相応しい抜刀速度。しかしそれに比べれば納刀の速度は僅かに遅い。
そこに活路を見出だし、居合による斬撃からの納刀に合わせて、最短最速の突きを繰り出したのだ。
そして互いに交わる閃光と閃光、交わる剣と剣、交差する騎体と騎体。カレトヴルッフとネイリングは背を向けあったまま、剣を振り切った残心の姿勢で立っていた。
――その勝敗は決していた。
73話まで読んでいただき本当にありがとうございます。
ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。
誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。
〈聖霊騎装解説〉
[炎装式刃力砲]
腰部に接続され、背部へと収納された砲身にて、波動の特性を持つ光の聖霊の意思と、燃焼の特性を持つ炎の聖霊の意思を利用し、炎熱を纏わせた光の奔流を放つ砲撃専用の刃力核直結式聖霊騎装。
その炎による熱はあらゆる装甲を融解させ、直撃した物を灰と化す。威力と攻撃範囲は、光の聖霊の意思を単体利用した殲滅式刃力砲に比べ勝るが、その分射程は短く、砲撃といっても中距離での使用が推奨される。
左右の腰部に本聖霊騎装をそれぞれ装備し、同時に起動する事により刃力共鳴式聖霊術砲である共鳴炎装式刃力砲という更に絶大な一撃を放つ事が出来るようになる。
[羽刀型刃力剣]
諷意鳳龍院流の始祖、鳳龍院 素戔嗚の名を冠する聖霊騎装。鞘の形状により羽刀(こちらの世界で言う日本刀)の形状をした刃を形成させる刃力剣で、切断力は通常の刃力剣を上回るが、その分脆く防御には不向き。扱いの難しい玄人向けの聖霊騎装である。