71話 運命を越える剣
場面は東方進撃部隊。
ソラのカレトヴルッフへと斬りかかったオルタナは驚愕していた。居合からの渾身の一撃をソラが受け止めていたからだ。
「焔薙を見切っただと!?」
更にソラのカレトヴルッフからの反撃、下段からの逆袈裟斬りが空を斬る。
――速い!
後退しながら紙一重で躱すも、その一撃の速さにオルタナは目を見張った。
更に、カレトヴルッフは後退するオルタナのネイリングの顔面に突きを繰り出す。
それを、体躯を回転しながらいなし、再度ソラの懐に入ったオルタナが、僅かに屈んだ状態からの斬り上げるような居合斬りを放った。
対し、カレトヴルッフは突きの体制から素早く手首を返し、刃力剣を逆手に握り直し、至近距離からの居合を受け止めて防いだ。
再度距離を取る両者。刹那、ネイリングの居合による斬撃と、カレトヴルッフの袈裟斬りが激突し、それを告げる衝撃音と火花が激しく散った。舞い散る吹雪は弾け飛び、風圧が互いの騎装衣を揺らす。
続いて、オルタナから仕掛ける。先程プルームの思念操作式飛翔刃を薙ぎ払った無数の剣閃。オルタナが“葬炎”と呼んでいた連続居合がソラに襲いかかる。
流星の如き剣技、その剣閃にソラは――追い付いていた。
「なっ!」
オルタナと同じように無数の剣閃、連続斬撃で対抗し、刃と刃だけが交わった。前回戦った時は取るに足らない存在でしかなかったにも関わらず自分に食らい付いてくるソラにオルタナは驚きを隠せない。
それから幾度となく交わる剣と剣。そして白き無音の世界の中で、剣戟は炎を生じ、火の粉は舞いて花となる。
『はあっ、はあっ、はあっ!』
繋がったままの伝声器越しにソラの激しい息遣いが聞こえてくる。蒼衣騎士でありながら自分と互角に立ち回るソラに、オルタナは唇を噛み締めた。
「何故だ? 何故蒼衣騎士のお前がこうも私の剣速に追い付ける!?」
※ ※ ※
数日前。
ツァリス島、竹林の鍛錬場で向き合うソラとヨクハ。
「ソラ、お主がいつかオルタナと再び戦う事になる前に聞くが、居合とは何かお主は知っておるか?」
「知ってるよそりゃ、刀身が鞘の中で加速して、鞘走りって――」
「全然違うわ阿呆、お主は素人か?」
「え、違うの? あ、じゃあデコピンの要領でこう、堰き止められた力が一気に解放! みたいな」
「それも違う」
「えっと……じゃあ何なんだよ?」
ソラの問いに、ヨクハは軽く嘆息して答える。本来居合術とは素早く抜刀した状態に持っていく為の技術である、当然剣は抜いておいた方が良いに決まっているからだ。
「え、でもオルタナ=ティーバは抜刀した後でまた納刀して構えてたけど」
「塵化御巫流は、居合こそが最速の剣技であることを信条とし、居合のみで戦う流派。居合による斬撃こそが最速最強と自分に言い聞かせることであの剣速を得ている……ような気がする」
「ってただの団長の予想!? 何だったの今の無駄なやり取りは?」
「む、無駄じゃないわ阿呆、わしが言いたいのはじゃな、お主の剣速は以前の時点でも決してオルタナの居合に引けを取っておらん。だから己を疑うな、己に言い聞かせろ――」
※ ※ ※
「――この剣に越えられない運命なんてない! ……多分……きっと」
ソラのカレトヴルッフが地を蹴ると、一気にオルタナのネイリングとの間合いを潰した。そして上段からの一撃。
『くっ!』
オルタナはすぐさま反応し横へと回避するも、完全には回避しきれずネイリングの、右の肩部の一部が切断された。
しかしオルタナは欠損した肩部に視線を向けたあと、動揺すらせずにすぐに視線をソラのカレトヴルッフへと戻した。
『確かに以前よりは多少はマシになったようだが、それでもヨクハ=ホウリュウインには遠く及ばない。失せろ、お前では役者不足だ』
「俺はヨクハ団長の部下……いや、手下……はさすがにちょっと違うか? とにかくそういうやつだ、ヨクハ団長と戦いたかったら俺を倒してからにするんだなこの前髪邪魔女」
『なっ! 誰が前髪邪魔女だこの……』
すると常に冷静沈着で感情の起伏を殆ど見せなかったオルタナが突然取り乱したように言い返しかけ、途中で我に帰ったように咳払いをした。
『あ……いや』
そんなオルタナにソラは尋ねる。
「この……何だよ、気になるだろ?」
『そうだな……んと、この蒼衣騎士のくせに』
口ごもりながら、振り絞るようにして言うオルタナにソラは思わずたじろいだ。
「あ、あれ? 何かお前って、実は意外と悪口苦手なの?」
『に、苦手などではない、私は他人を蔑む事にも長けているのだ』
「なら蔑んでみて」
ソラのリクエストにオルタナは、今度は自信ありげにかつ冷淡に言い放つ。
『ここはお前のような雑魚が立てる戦場ではない、さっさと消えろ』
「……それ前にも全く同じ事聞いた気がするけど」
『うるさいぞ、もうっ!』
冷酷無比。それが、ソラが抱いていたオルタナに対する印象であった。しかしその印象からは及びつかないような反応に、ソラの頬が赤くなった。
『と、とにかく戯れはここまでだ』
するとオルタナは咳払いの後にそう告げると、オルタナとネイリングの額に剣の紋章が輝く。
『この竜殲術〈瞬刀〉は、発動中剣速を倍化させる。先程までの私にようやく食らい付いていたお前では万に一つも勝ち目はない』
「はあ、出た、いるよね何故か自分からわざわざ能力ばらしちゃう奴……って――」
――剣速倍化! 嘘だろ!?
おどけて返そうとながら、ソラは途中で唖然とした。
――いやいや、倍化とかハッタリだろ。本当だったらさっきよりも剣速が二倍速くなるってこと? 実は二割増しで速くなるとかそのくらいでしょ、いくらなんでも。
オルタナの発言にソラが動揺し、頭の中で考察しているその時。一瞬ソラの視界に何かが瞬いた。オルタナは居合の構えを取ったままであるが鯉口の音が響く。そしてそれは納刀を告げる音である。
直後、カレトヴルッフの左肩の一部、先程ソラがオルタナのネイリングに与えた損傷部と同じ部分が斬り飛ばされた。
ソラは愕然として、急遽ネイリングから大きく距離を取る。
――見えなかった、抜刀の瞬間がまるで。
その一撃でソラは悟る。さっきの発言はハッタリではない。そして自身が陥っている絶望的な状況に。
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