70話 絆という名の支配
すると、アイデクセのツヴァイハンダ―は左の腰の鞘から静かに刃力剣を抜く。ヨクハはその剣の先を見上げた。
その刀身は剣と呼称するにはあまりにも巨大であり、木のように枝分かれし刺々しくもあるそれは、禍々しく、異質すぎる“何か”であった。
それはアイデクセの持つ竜殲術〈断罪〉による効果である。通常、聖霊騎装の威力自体は操刃者の総刃力量に関わらず一定であるが、〈断罪〉発動中は術者の残存刃力量に応じて聖霊騎装の威力が増大する。
そしてアイデクセの総刃力量は平均値の八倍。その尋常ならざる刃力量が、これまでの攻撃に凄まじい威力を与えていたのだ。
「お前、ただの聖衣騎士ではないな?」
『ふふ、そうだよ。僕は竜魔騎兵……スクアーロ師団長に生まれ変わらせてもらったんだ』
「竜魔騎兵……やはり新しい竜魔騎兵計画は既に実行されていたのか」
『凄いと思わない? 親からも見捨てられて端金で敵国に売り渡されて、刃力が多いだけで何の役にも立たない、何の力も無い、何の存在価値も無かった僕が、今では副師団長にまでなって敵をたくさん殺してる』
アイデクセのツヴァイハンダ―は上段に構えたその刃力剣を全力で振り下ろした。瞬間、地響きと共に白い大地が弾け飛んだ。
『あはははははは、楽しいよね、やめられないよね――命を壊すって!』
※
場面は西方進撃部隊。
ウィン達はどこに現れるか分からないスクアーロの幻影に気圧され、攻めあぐねるような様子であった。
敵部隊の射撃を抗刃力結界とデゼルの〈守盾〉で防ぎながらも防戦一方の状態に、シーベットが痺れを切らしたように飛び出した。
『シーベットさん!』
『シーベット!』
ウィンとデゼルの制止の声を無視し、シーベットは敵の部隊の中に突撃した。
敵からの光矢の雨をすり抜けながら、シーベットは大きく跳躍すると、急降下と共に一騎のエスパダロペラに狙いを定め、すれ違い様に斬撃を放つ。しかし、その一撃はエスパダロペラの盾に防がれた。
「むうっ!」
するとシーベットは、属性相性が悪い事によるダメージ半減と判断したのか、別のエスパダロペラへと標的を定め、一気に距離を詰めて斬り抜ける。だが、次のエスパダロペラも胸部に浅く斬撃痕が入るだけで、致命傷にはならなかった。
『どうしました? 随分と踏み込みが浅いですけど私の幻影に怯えているんでしょうか?』
「あーイライラする! 盾男、シーベットを守れ、一気に駆け抜ける」
『ええっ、無茶しないでよシーベット、シバさんも止めてよ』
『無理だな、シーベットは言い出したら聞かないのだ』
しかしデゼルの制止は届かず、シバも匙を投げており、再び痺れを切らしたようにシーベットは単騎で複数のエスパダロペラに襲い掛かる。
後方からはウィンや〈因果の鮮血〉の騎士達が援護射撃を行うが、ロティスの樹液の塗られた氷柱に遮られ、思ったように攻撃が通らない。
「シーベットはあいつに一発食らわせないと気が済まない、ここにいる全員に食らわせればその中の一人はあいつということだ」
シーベットはそう言いながら、代わる代わるエスパダロペラに攻撃を仕掛けていく。しかし、騎体に斬撃が刻まれるものの撃墜までには至らず敵の数が減る事は無かった。
『味方が暴走してるようですが、大変ですねウィン先生』
「そう思うなら僕の前に出て来てくれるとありがたいんですが」
『ふふ、そうはいきません』
スクアーロはウィンを軽くあしらうと伝声と伝映を切断した。
その後も、シーベットには嵐のように光矢が撃ち込まれるものの、何とかデゼルの〈守盾〉により出現した光の盾がそれを遮り、ダメージ自体は回避していた。
しかし――
「まずい、シーベット!」
遂にデゼルの刃力が尽き、光の盾が出現しなくなると、スクラマサクスが集中砲火を浴びる。対してシーベットは抗刃力結界を発動させる事により間一髪で光矢を防ぐも、今度は数騎のエスパダロペラが双剣を抜き、一斉に斬り掛かった。
あらゆる方向から襲い掛かる無数の斬撃を、シーベットのスクラマサクスは逆手に持った刃力剣一本でいなしながら、撤退を開始する。胸部、両腕部、推進刃、あらゆる箇所に斬撃を浴びながらも、包囲網を脱出し、スクラマサクスはウィンのフロレントとデゼルのベリサルダの背後で片膝を付く。
『無茶しすぎだよシーベット』
「むうううっ」
デゼルに窘められシーベットは不満げに頬を膨らました。
次の瞬間、どこからか一騎のソードが吹雪に流されながらも上空に浮遊していた。そして――
背部に収納された砲身を展開し、デゼルのベリサルダへと向ける。更にその砲身に光が収束し、光の奔流が発射された。
「ウィンさん、シーベット、後ろへ下がって」
それを見たデゼルは、竜殲術を発動する刃力が尽きている事から前に出て、両手の盾を前に構えたまま抗刃力結界を何とか発動。白い光の球体に包まれ、光の奔流を結界が防ぐ。
しかし、土属性のベリサルダでは水属性のストリッシャが放つ刃力核直結式聖霊騎装を防ぎきる程の防御力は無く、結界は粉砕され、光の奔流がデゼルのベリサルダに直撃。
「くっ!」
それによりベリサルダの両手の盾が凍り付き、それを起点として全身が完全に凍り付いた。
それは、模倣の特性を持つ闇の聖霊の意思で光の波動の特性を模倣させ、凍結の特性を持つ水の聖霊の意思を組み合わせ、触れたものを凍り付かせる波動を放つ、凍結式刃力砲による一撃であった。
すると、スクアーロのストリッシャの額に剣の紋章が輝いた直後、それが消失。続いて、凍り付いたベリサルダがその場から消失し、そこへスクアーロのストリッシャが出現した。
『これで二人目』
しかし、スクアーロのストリッシャとデゼルのベリサルダが入れ替わる直前、既にウィンのフロレントが両手に持つ刃力弓の銃口が“そこ”へと向けられていた。
「行動不能――敵だと認識している者と入れ替わる為の条件はやはりそれですか」
そしてウィンはスクアーロのストリッシャがデゼルのベリサルダと入れ替わった刹那、ストリッシャの頭部、胸部、腹部に向けて四発ずつ、計十二発の光矢を叩きこんだ。
『ぐうっ!』
ソードの急所である頭部、胸部、腹部を貫かれ、騎体の爆散は免れない。しかし、スクアーロは動揺することもなくほくそ笑んだ。
『ふふ、無駄ですよ』
次の瞬間、スクアーロとストリッシャの額に剣の紋章が輝くと、後方に待機するエスパダロペラの一騎が爆散。目の前のストリッシャの損傷は無くなっていた。
「……他者、いや味方にダメージを移す能力」
ウィンはそう呟きながら、何かを伺うようにストリッシャの盾に静かに視線を向けた。
そしてすぐさま目の前のストリッシャに連続射撃を行うも、ストリッシャは左右に方向変換を繰り返しながら後退してそれを回避、ウィンのフロレントと距離を取って、再び無数のエスパダロペラの中に紛れた。
70話まで読んでいただき本当にありがとうございます。
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〈ツヴァイハンダー 諸元〉
[分 類] 宝剣
[開発地] イェスディラン群島
[所 属] 第十二騎士師団〈連理の鱗〉
[搭乗者] アイデクセ=フェルゼンシュタイン(射術騎士)
[属 性] 炎
[全 高] 10.2m
[重 量] 11.8t
[武 装] 刃力剣×2 刃力弓
散布式色覚封印霧 耐刃力結界
殲滅式刃力砲 砕結界式穿開盾
[膂 力] A
[耐 久] C
[飛 翔 力] C+
[運 動 性] B
[射 程] A+(S)
[修 復 力] C+
[総 火 力] B+(S)
()内はアイデクセ竜殲術発動時
[騎体解説]
エリギウス帝国時代になってから、イェスディラン群島にてスクアーロが開発したアイデクセ専用の比較的新しい宝剣であるが、宝剣を量産剣に紛れさせるというスクアーロの戦術の為に見た目は完全に量産剣のエスパダロペラと同じにされている。また、本来ならアイデクセと相性の悪い闇と水の聖霊の意思を利用した散布式色覚封印霧を装備している。
他の攻撃用の武装は光の聖霊単体の意思を利用した刃力弓、殲滅式刃力砲とオーソドックスなものであるが、ひとたびアイデクセの竜殲術〈断罪〉が発動すれば神剣に勝るとも劣らない程の恐るべき破壊力を発揮する。
ただしこの騎体と、騎体に装備されている聖霊騎装ではアイデクセの竜殲術の威力に耐える事が出来ず、その威力によって自壊する為本領を発揮出来ないという弱点がある。
〈聖霊騎装解説〉
[凍結式刃力砲]
腰部に接続され、背部へと収納された砲身にて、波動の特性を持つ光を模倣させた闇の聖霊の意思と、凍結の特性を持つ水の聖霊の意思を利用し、凍気を纏わせた光の奔流を放つ砲撃専用の刃力核直結式聖霊騎装。
その威力と射程及び攻撃範囲は、光の聖霊の意思を単体利用した殲滅式刃力砲に比べ劣るものの、掠らせただけでもその凍気により対象を凍結させる事が出来る。
左右の腰部に本聖霊騎装をそれぞれ装備し、同時に起動する事により刃力共鳴式聖霊術砲である共鳴凍結式刃力砲という更に絶大な一撃を放つ事が出来るようになる。