69話 怒れる凶獣
場面は南方進撃部隊。
ヨクハの一撃を皮切りに戦況を優勢に展開し、敵部隊を次第に押し込み始めた。その時本拠地のパルナからの伝声が入る。
『伝令員から全騎に伝える』
東方進撃部隊の戦況報告。東方拠点には第十一騎士師団〈灼黎の眼〉所属、オルタナ=ティーバが出現。プルーム=クロフォードのカットラスが甚大な損傷を受け沈黙、更にスクアーロ=オルドリーニの竜殲術と思わしき能力で本拠地に転送、捕縛されている可能性大。
相互被害状況にあっては〈寄集の隻翼〉が一騎、〈因果の鮮血〉が十一騎、〈連理の鱗〉が十九騎。現在オルタナ=ティーバとソラ=レイウィングが交戦中。
その報告を聞き、ヨクハは歯噛みする。
「プルームが捕えられたじゃと!? それにこの戦場にオルタナが?」
『なっ! 捕まったのか? プルームが!? ……スクアーロの野郎!』
プルームがスクアーロの手に落ちた事に対し、激しい怒りの声を上げるフリューゲル。
「落ち着けフリューゲル、プルームは必ず取り戻す。お主は本拠地制圧に全力を注げ」
『ああ、わかってる!』
続いてヨクハは、深く目を瞑り心の中で呟いた。
――死なないでね、ソラ。
すると更に本拠地のパルナからの伝声が入る。
『ヨクハ団長、オルタナのネイリングを除いてこの戦場に二騎ある宝剣の内の一騎がそちらに接近中。スクアーロの宝剣とは別の騎体よ』
高速で接近して来た一騎のソードはヨクハ達の部隊から視認出来る距離で立ち止まる。量産剣であるエスパダロペラと同じ外観の騎体であるが、それを操刃する騎士専用に造られたツヴァイハンダ―と言う名の宝剣であった。また、そのツヴァイハンダ―を操刃する騎士からヨクハに向けて伝映と伝声が行われた。
『お、お願いします、止まってください』
そこに映し出されたのは、藍色の髪と水色の瞳という何故かメルグレインの民の特徴を持った童顔の少年。
『ぼ、僕は〈連理の鱗〉副師団長、アイデクセ=フェルゼンシュタイン。こ、これ以上進むなら全力で抵抗します』
「お主が副師団長……じゃと?」
泳いだ目、おどおどとした声。そこからは明らかに覇気が感じられず、ヨクハは拍子抜けをした。
『ヨクハ団長油断しないで、目の前に居る騎士の総刃力量を計測したらとんでもない数値が出たわ。そいつの総刃力量は平均値のおよそ八倍よ』
「なっ!」
平均値の八倍。その途轍もない刃力量にヨクハは唖然とせざるをえなかった。しかし、ヨクハはすぐに平静を取り戻しムラクモに構えを取らせた。
「ふん、〈連理の鱗〉は弱者への擬態が得意な連中ばかりじゃな、だが相手にとって不足は無い。〈寄集の隻翼〉が団長、ホウリュウイン=ヨクハ参る!」
すると、今度はアイデクセから静かに伝声が返ってくる。
『ホウリュウイン=ヨクハ、そうかあなたがこないだ奇襲して来た騎士団の団長なんですね』
おどおどとしたような震えた声は起伏の無い静かな声へと変わり、アイデクセは目を伏せて続けた。
『という事はあなたがソラを唆したんですよね?』
「そうか、お主がソラの……」
アイデクセの言葉からヨクハは、アイデクセがソラの言っていた旧友である事に気付き、そして続ける。
「ソラはとある人物を救う為に自らの意思でこの騎士団に入った」
『嘘を吐くな! ソラは僕と約束したんだ。いつか同じ騎士団で一緒に戦おうって! ソラは僕を初めて見てくれた、初めて認めてくれた、初めて友達になってくれた』
顔を上げたアイデクセ、その表情は先程までとは別人のように目を見開いて血走らせ、憤怒と憎悪に塗れていた。
『あなたは僕から親友を奪い、僕を必要としてくれている人に牙を剥き、大切な居場所まで奪おうとしている……何でお前達は僕を脅かす? 何でお前達は僕を傷付けようとする? 何でだ? 何でだ? 何でだ? 僕はただここに居たいだけなのに、僕はただ平穏に暮らしたいだけなのに!』
するとアイデクセは懐から注射器のような物を取り出し、自らの頚部に突き刺して薬液を投与する。瞬間アイデクセと、ツヴァイハンダーの額に剣の紋章が輝き、ヨクハは背筋が凍るような戦慄を覚えた。
『これ以上僕を追い詰めるな、これ以上僕から何も奪うな、踏みにじるなああああ!』
更にアイデクセはツヴァイハンダーの腰部に接続され背部に収納された砲身を展開させ、砲身に眩い光を収束させていく。
「全騎、回――」
ヨクハが部隊に砲撃回避を促そうと叫びを上げた瞬間、ヨクハの視界は白光に包まれた。
「ぐうっ!」
激しい光の奔流は、ヨクハ達の部隊に襲い掛かり、後方の巨大な無数の氷柱を全て消し飛ばす。吹雪で不良だった視界は一瞬、晴天時かのように澄んだ。
やがて光の奔流は収まり、視界が再び吹雪で覆われた頃。至る所で爆煙が上がっており、大きく抉れた大地に炎が燃え盛り、ヨクハ達の部隊の十騎以上のパンツァーステッチャーが撃墜されていた。
更に――直前で何とか回避行動を取り、直撃こそ免れていたヨクハのムラクモであったが、左腕部が消し飛んでいた。
『平気ですかヨクハ団長?』
『おわっ、やられてんじゃねえか団長』
するとヨクハのムラクモにエイラリィのカーテナとフリューゲルのパンツァーステッチャーの二騎が駆け寄る。
「おお、無事じゃったかエイラリィ、フリューゲル」
『はい、私達は運良く射線からは外れていたので』
『つーか何だよ今のは? 一撃で部隊が半壊しやがった。刃力共鳴式聖霊術砲以上の威力じゃねえか!』
「奴が使ったのは恐らくただの殲滅式刃力砲。つまり今のとてつもない威力は竜殲術が関係しているということか」
ヨクハはそう言った後深く目を瞑り、一気に開眼させると、再び竜の瞳へとなった。
「エイラリィ、フリューゲル、奴は私が相手をする。お前達は部隊を引き連れて先に進め」
起伏を失った声、少しだけいつもと変わった口調で指示を出すヨクハ。
『こんな化けもんを一人で相手するつもりか? それにムラクモも片腕失ってるしよ』
ヨクハの指示に難色を示すフリューゲル。しかしヨクハはすぐさま返す。
「お前は、私が負ける所を想像出来るのか?」
その一言でフリューゲルは何も返せなくなり、続けざまに微笑した。
『ちっ悔しいけど出来ねえわ、んじゃあ後頼む』
フリューゲルはそう言うと、生き残った〈因果の鮮血〉の部隊を引き連れ、迂回するように先へと進む。
するとエイラリィは、カーテナの腰部に線で繋がった杖を、ムラクモの背部へと接続した。直後、ヨクハとムラクモが青白い光に包まれる。
その聖霊騎装は、他のソードを操刃する者へ刃力を補給する効果を持つカーテナの刃力核直結式聖霊騎装、接続式刃力補給杖である。
『私の〈癒掌〉では欠損した物を復元する事は出来ませんので、刃力を渡しておきます。時間が足りないので僅かですが』
「いや、助かる」
そして刃力補給をし、接続式刃力補給杖を接続解除させると、エイラリィもフリューゲルの後を追う。
『僕が黙って行かせるとでも思ってるの? どいつもこいつもふざけやがって! 死ね、死ね、死ね、死ねえええええっ!』
直後、アイデクセが咆哮と共に再び殲滅式刃力砲に刃力を収束させていくと、光の玉が肥大化していきながら明滅する。
しかし、ヨクハのムラクモは既にアイデクセのツヴァイハンダ―の間合いに入っていた。
「二度も撃たせはしない!」
ヨクハのムラクモが、ツヴァイハンダ―に上段からの斬撃、しかしアイデクセはそれを左上腕の盾でいなす。すると続けざまムラクモがツヴァイハンダ―の顔面に横蹴りを放ち、ツヴァイハンダ―は吹き飛びながら仰向けに倒れる。
次の瞬間、上空に向かって先程の砲撃が発射され、光の奔流が明滅しながら激しく放出された。それにより雲が払われ、周囲の吹雪が完全に止んでいた。
そして続けざまの追撃。ヨクハは地に倒れるアイデクセのツヴァイハンダーに向け、地を削りながらの払うような斬撃で胴を狙う。
それに反応したアイデクセは咄嗟に回避行動を取り、上空に浮遊。しかし、完全には避けきれず殲滅式刃力砲の砲身が切断された。
『やってくれたな、女あああ!』
「それはこちらの台詞だ。ムラクモの四肢を欠損させたのはお前が初めてだ」
69話まで読んでいただき本当にありがとうございます。
ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。
誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。
〈聖霊騎装解説〉
[殲滅式刃力砲]
腰部に接続され、背部へと収納された砲身にて、波動の特性を持つ光の聖霊の意思を単体で利用し、光の奔流を放つ砲撃専用の刃力核直結式聖霊騎装。その威力と攻撃範囲は、同じく光の聖霊の意思を利用した刃力弓とは比べるべくもない。
ただし、その分消費刃力は大きく、発射までに溜めがあるため隙が出来やすい。専ら切り札として使われる事が多い。
左右の腰部に本聖霊騎装をそれぞれ装備し、同時に起動する事により刃力共鳴式聖霊術砲である共鳴殲滅式刃力砲という更に絶大な一撃を放つ事が出来るようになる。
[接続式刃力補給杖]
刃力増幅の特性のある水の聖霊の意思を単体で利用した刃力核直結式聖霊騎装。支援騎士専用の聖霊騎装で、杖の形状をしている。杖の末端から腰部にコードが接続されており、先端は対象のソードの背部へと接続出来るようになっている。
ソードの動力から直結する形で、対象のソードへと自身の刃力を増幅させた状態で補給する事が出来る。ただし、補給されるのはあくまでソードの動力としての刃力であり、操刃者の刃力を回復させる事は出来ない。