66話 第十二騎士師団〈連理の鱗〉
場面はフォルセス島。〈連理の鱗〉本拠地城塞の聖堂。
そこにはスクアーロと、とある人物が対面していた。
「此度〈因果の鮮血〉と〈寄集の隻翼〉の進軍を受け、我が騎士師団の行った救援要請に応じていただき感謝します」
スクアーロが形式的な感謝の意を示したのは、腰まで伸ばした純白の髪が特徴の、前髪と横髪により表情が見えない女性。第十一騎士師団〈灼黎の眼〉特務遊撃騎士オルタナ=ティーバであった。
「しかし、派遣されて来たのが一介の騎士一名とは少々心もとないですが」
敵国側からこれ程大規模な侵攻を受けるのは初である事から、スクアーロは異例である救援要請を行っていたが、派遣されて来た騎士がたった一人である事に対し不満気に呟いた。
「本来、相互不介入条約により各騎士師団は己の守護する空域を越えての活動は制限されている。今回のように別の騎士師団の騎士である私が派遣されて来る事自体が異例だ」
「……帝国唯一の特務遊撃騎士。あなただけは空域を越えての自由な活動が許可されている。まあ特別扱いの騎士さんですからそれなりの力は有していると考えていいですよね」
「無論だ。私はこれでも聖衣騎士、それなりの働きは約束しよう。それに〈寄集の隻翼〉には借りを返さなければならない騎士もいるのでな」
表情は読めないが、オルタナは怒りを顕わにするように拳を握り締めていた。
「……それよりも」
すると、オルタナは突然話題を切り替え、スクアーロに明確な敵意が突き刺さる。
「貴様は竜魔騎兵を捕えるために、雷電加速式投射砲を改良した聖霊騎装で部下を犠牲にしたらしいな」
「ええ、結局失敗してしまいましたけどね、それが何か?」
きょとんとして、オルタナの追及を意に介さずに返すスクアーロに、オルタナは更に敵意の感情を顕わにした。
「貴様は……自分の部下の命を何だと思っている!?」
しかし、スクアーロは先程までよりも更にきょとんとした表情で首を傾げた。
「え? 特に何も思ってませんけど」
「……なんだと?」
「ああ、すみません訂正します。何も思ってないはさすがに失礼でしたね、まああえて言うなら私の竜殲術を使用するためのストック……ですかね」
それを聞き、オルタナは両の拳を握り締め、唇を噛み締めた後、自分の感情を抑え込むかのようにスクアーロに背を向けた。
「我が師団長命令だ。敵の撃退には協力してやる。だが私は貴様を騎士だとは認めない」
「おやおや、まさか私の部下を想って怒りを抱いてくれる。特務遊撃騎士様がこんなに優しいお方だったなんて意外でしたね」
自身への憤りを顕わにしながら持ち場へと向かうオルタナを見て、スクアーロは肩をすくめながらぼやくと、続けて騎士団員に向けて叫んだ。
「これより敵を迎え撃ち、のこのことやって来る竜魔騎兵を捕えます。全騎士、配置へと着け」
スクアーロの指示で〈連理の鱗〉の全騎士は、エスパダロペラに乗り込み、城塞の格納庫から飛び立ちそれぞれ配置へと着くのだった。
※
ヨクハ達〈寄集の隻翼〉はツァリス島からフォルセス島に向けて出陣し、援軍として駆け付けた〈因果の鮮血〉の部隊と合流する。
〈因果の鮮血〉側からはメルグレイン王国のパンツァーステッチャー八十騎が出陣していた。しかし、一個騎士師団の戦力がソード二百騎前後である事を考えれば十分な戦力であるとは到底言えないが、メルグレイン王国側の空域防衛を考えれば、今回の攻略戦に割ける最大戦力とも言える。
そして今、両騎士団は塵の空域にあるフォルセス島へと向けて翔ぶのだった。
『作戦の確認を行うわ』
ヨクハ達に本拠地の伝令員パルナから作戦確認の伝声が入る。
今回フォルセス島へは部隊を三分して三方から攻め込む。南方からはヨクハ、フリューゲル、エイラリィ。東方からはカナフ、プルーム、ソラ。西方からはウィン、デゼル、シーベット。
また、塵の空域にあるフォルセス島は年の大半が吹雪に覆われている豪雪の島であり空中戦を行う事は厳しい。つまり今回の戦いは地上戦がメインとなる。
そして〈寄集の隻翼〉が過去にエリギウスの領空に進攻したのは二度、一度目は第七騎士師団の師団長を討ち取った奇襲戦、二度目もフリューゲル奪還のための奇襲戦。つまり今回のように正面きっての攻略戦は初めてである。
防衛戦とは違い攻める側はあらゆる罠をかいくぐり、地の利を得られた状態で戦うことを強いられる。
そしてパルナは最後に全員に告げる。
『戦力総数でも相手が上回っている以上厳しい戦いになる事は必至よ……皆、必ず生きて帰って来て』
パルナからの作戦確認を終えると、視界は雪に覆われ始め、その先に一つの島らしきものが見て取れた。
樹氷と地面から無数に突き出た氷柱、雪に覆われた世界はやがて猛吹雪で視界を遮られ、すぐに見えなくなっていた。
探知器とパルナからの誘導を頼りに、ヨクハは部隊を三分。当初の予定通り、島の東方、西方、南方からの攻略を目指す。そしてヨクハは全騎士に指示を出す。
「作戦領域内に侵入。各騎、敵の本拠地城塞の制圧を目指せ」
それから、ヨクハのムラクモ、エイラリィのカーテナ、フリューゲルのパンツァーステッチャー、〈因果の鮮血〉のパンツァーステッチャー二十騎がフォルセス島の最南端、白銀の大地へと上陸した。
瞬間、無数の光矢がヨクハ達の騎体目がけて放たれる。
「各騎動きを止めるな、散開して躱せ!」
ヨクハの指示で、フリューゲルとエイラリィ、そして〈因果の鮮血〉の騎士達は、ソードで雪原を滑走しながら光矢を回避するも、無数に飛来する光矢は躱しきれず、数騎のパンツァーステッチャーが撃墜される。
また、敵のエスパダロペラは雪原に無数にそびえ立つ巨大な氷柱を防壁にして刃力弓による射撃を続けていた。
それを見たフリューゲルは、狙撃式刃力弓を敵騎に向け、反撃の姿勢を取る。
「氷なんぞが盾の代わりになるかよ!」
そしてフリューゲルは、氷柱を防壁にしている一騎のエスパダロペラへ向けてパンツァーステッチャーの引き金を引かせ、雷を纏った光矢を放った。
「なに!」
しかし、フリューゲルのパンツァーステッチャーが放った雷光の矢は氷柱に突き刺さるも、貫く事はなく消失した。それを見てヨクハは気付く。
「あの氷柱、恐らくロティスの樹液が塗ってある」
ロティスの樹液とは、ロティスの樹と呼ばれるイェスディラン群島原産の樹木から抽出される樹液で、ソードの盾にも塗装として塗られている。刃力を阻害する効果があり、刃力による攻撃をある程度防ぐ事が出来るというものである。
「思ったよりも厄介じゃな」
すると、エイラリィは一つの異変に気付く。
「……これは」
吹雪の中である為気付くのに遅れたが、いつの間にかエスパダロペラの色が……そして味方騎の色が……視界全てが白黒になり、色が失われていたのだ。
「色覚に異常が発生しています、ヨクハ団長とフリューゲルはどうですか?」
「わしもじゃ」
「ちっ、俺もだ」
すると、本拠地のパルナからの伝声が入る。
『現在、各拠点の周辺に散布式色覚封印霧が散布されているわ』
散布式色覚封印霧とは散布の特性を持つ水の聖霊の意思と、状態異常の特性を持つ闇の聖霊の意思を組み合わせた肩部聖霊騎装の一つであり、複数の騎体が同時に使用する事で効果を発揮する。
通常、このような集団戦においては自分の属性にとって有利な属性のソードから相手をするのが定石となる。そして相手のソードの属性を特定する方法は至極単純――色である。
ソードの基調となる色は、そのソードの属性を象徴する色となる。炎であれば赤、土であれば黄、雲であれば灰、風であれば緑、光であれば白、雷であれば紫、水であれば青。
ソードのカラーリングにおいて最も多くを占める色はその属性を象徴する色でなければ騎体性能を完全発揮出来なくなるため、自身の弱点を晒す事になっても、ソードはその属性を表すカラーリングとなっているのだ。
しかしこの聖霊騎装、散布式色覚封印霧は操刃者の色覚を封じる為、その弱点属性を突く事を防ぐ効果がある。
ロティスの樹液が塗られた氷柱を防壁に一方的に射撃を行い、敵からの属性特定も防ぐ。地の利は完全に〈連理の鱗〉にあった。
抗刃力結界を装備している〈因果の鮮血〉のパンツァーステッチャー達は、結界を張りつつ反撃の射撃を行うも、一騎、また一騎と撃墜されていくのだった。
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