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65話 雨降って地固まる

「あんたは何故、エリギウスから姿を消した?」


「僕は……逃げ出したんです」


 ウィンはかつて、当時国王であった現皇帝アークトゥルスから人工的に聖衣騎士を作り出す、所謂(いわゆる)竜魔騎兵計画の実行を一任された。あらゆる手を模索し、ウィンが出した唯一の答が人体に聖霊石を埋め込む、聖霊石人体適合術法であった。


 聖霊石人体適合術法を完成させる為には数多の犠牲が必要になる、ウィンはそれを行う事を拒否し、何もかもを捨ててエリギウス王国を離反したと話す。


 その技術を残すつもりは無かった。しかし当時まだ子供であったスクアーロは齢十二にして疑似不老薬を完成させる程の天才。スクアーロは密かにウィンの考案した聖霊石人体適合術法を完成させ、数多の実験を行った。そして聖霊石人体適合術法を子を宿す母体に施し、やがては竜魔騎兵計画を完遂させ、フリューゲル、デゼル、プルーム、エイラリィの四人が産まれた。


 フリューゲルは、何も言わずにウィンの話をただ黙って聞いていた。対し、目を伏せ、声を僅かに震わせ、それでも続けるウィン。


 スクアーロが当時から(いびつ)な本性を潜めている事は知っていた。もしその時点でスクアーロを止める事が出来ていればその後の悲劇は起きなかったかもしれない。しかしウィンにはそれも出来なかった。自分が育てた愛弟子を殺す事も出来ず、けじめを付ける事も出来ず、ウィンは戦う事から逃げ出したのだ、と語る。


「なら何であんたは今頃になって、戦いに参加してんだ!?」


「僕にも大切なものが出来たからです。そしてヨクハさんに教えられました、大切なものを守る為には戦う以外の選択肢などないと……今頃になって気付かされたんです」


「ラッザ先生は、あんたの事を慕っていた。ラッザ先生はあんたの大切なものじゃなかったってのか?」


「大切でした。しかしラッザはスクアーロの事も兄として慕っていた。そんな二人を引き離す事は僕には出来なかった」


「出来なかった出来なかったって、あんたは何もしようとしなかっただけじゃないのかよ!?」


「言い訳はしません。僕は全てから逃げ出した卑怯者。そしてもう遅いのだとしてもけじめは付けます……スクアーロは僕が殺します」


 伏せていた顔を上げ、強い決意を表すようなウィンの真っ直ぐな視線は、フリューゲル、プルーム、エイラリィ、デゼルの四人の視線と交わった。


「あなたは……いえ、あなた達は僕が許せないでしょう。憎んでもらって構いません、恨んでもらっても構いません、あなた達にはその権利があります」


 それを聞き、四人はそれぞれ俯き黙した。すると、最初に顔を上げ、口を開いたのはフリューゲルだった。


「俺はあんたの話を聞いて『気にしなくていいよ』なんて言える程人間出来ちゃいねえ。例え筋違いなんだとしても俺はきっとあんたを一生許せないと思う」


 フリューゲルは後頭部を掻きながら嘆息混じりに告げる。


「けど今さっき誓っちまったからな。俺はこいつらと騎士になる……ラッザ先生の言ってたみたいなこの空を守れる騎士に、だからこっちはあんたにまで憎しみ振り撒いてる余裕はねえんだ」


 すると、ウィンに返したフリューゲルの言葉を聞き、嬉しそうに満面の笑顔で言うプルーム。


「フリュー、何か凄く大人になったね、後でなでなでしてあげるからね」


「い、いるか馬鹿!」


 そんなプルームの笑顔を見て、フリューゲルは顔を真っ赤にして申し出を断るのだった。そして、デゼルとエイラリィがウィンに対し口を開く。


「ずっと苦しかったんですよね……あなたも」


「それはそれとして、ちゃんと協力してくださいね」


 四人の言葉を聞き、そしてそれぞれが一歩踏み出そうとしている姿を見て、ウィンは驚いたような表情を浮かべた後、少しだけ微笑んだ。


 ――見てますかラッザ。あなたが育てた子供達が、こんなに立派な騎士となった。あなたを育てた事が、僕のしてきた中で唯一の誇りであり、救いです。


 暗雲に塗れ前が見えなかった。冷たい雨に打たれ凍え、震えた。それでもそこには雨により固まった地があった。



「それで、これからどうするんだ団長? ウィン=クレインを巻き込んだ以上、このまま〈連理の鱗〉を打倒するつもりなのだろう?」


 すると、暫く黙ってやり取りを見ていたカナフがふと尋ね、そして続けた。


「とは言っても一個騎士師団の掃討作戦、しかも敵領空への進軍となれば今度は〈因果の鮮血〉の協力が不可欠。となればそれなりの大義名分が必要となる筈だが」


「ふむ、その件に関してはもう少しだけ待て。ウィン殿には一旦この島に留まってもらう。恐らく数日の間には何らかの連絡を入れる事になるじゃろう」



 こうして、フリューゲル奪還の為の奇襲作戦が終了し、ウィンと団員達は一旦解散し、それぞれがソード格納庫を出て行った。





 その後、格納庫で一人となったヨクハは大きく深呼吸をすると、力が抜けたように片膝を付いた。目の前が霞み、全身の脱力感に襲われたからだ。そしてスクアーロの言葉を思い浮かべる。



《最も考えられるのが、あなたの戦闘継続可能時間が極端に短い……とか?》



 するとヨクハは、片膝を付いたまま疲弊を誤魔化すように軽く笑んだ。


「やっぱり思った通り、やり辛い奴だったなあ」





 それから二日後。


 聖堂内にて団長席である椅子に座るヨクハの前には、とある任務を任されていたシーベットが戻っていた。そしてある報告書を手渡し、それを確認するヨクハ。


「これは!」


 ヨクハはシーベットの報告書を見て驚愕の表情を浮かべた。そこに記されていたのはスクアーロが目論む新たな竜魔騎兵計画の一旦であった。


シーベットは(はい)の空域内にあるフォルセス島とは別の島に単身潜入し、スクアーロに関する情報を収集する事に成功していたのだ。


そしてシーベットが入手したのは、スクアーロが極秘に進めていた新たな竜魔騎兵計画の資料であった。その資料の内容をかいつまんで読み上げるヨクハ。


 肉体の強化手術により聖霊石に対する耐性を付けた騎士に、粒子状にした聖霊石を含む特殊薬液を微量投与する事で、致命的な拒絶反応を抑え、ある程度成長した人間を後天的、かつ一時的に聖衣騎士として覚醒させる。そしていずれ〈連理の鱗〉の全騎士を竜魔騎兵に……


 ヨクハが読み上げたその内容を聞き、その場にいる全騎士団員が生唾を飲み込みんだ。


 特に、フリューゲル、プルーム、エイラリィ、デゼルの四人は並々ならぬ想いを抱く。


「この計画が完遂すれば、〈連理の鱗〉はわしらにとって……いや、この空にとってとてつもない脅威となる」


「ただシーベットが入手出来たのはそれだけで、計画が何処まで進行しているのかは分からない」


 ヨクハはおもむろに立ち上がると、そう報告するシーベットの肩に手を置いた。


「いや、十分じゃ。これで大義名分は整った!」


 ヨクハが発した決意の言葉に、全騎士団員が覚悟を決めたような表情を浮かべる中、何やらソラだけは一人浮かない顔を浮かべていた。


「腑抜けた面構えでどうしたソラ? お主、この期に及んでまさかまた、お約束通りぐずる気ではあるまいな?」


 ヨクハに指摘され、ソラはハッとするとすぐに取り繕う。


「あ、いや、違くてその……」


 動揺しながら言い淀むソラに、ヨクハは何かを察した。


「そういえばお主、先日の戦闘で一器のエスパダロペラと対峙しておったが何かあったな?」


「…………」


 その指摘に対しソラはしばし口を噤んだ後、観念したようにゆっくりと答える。


「実は……そのエスパダロペラを操刃してたのが、アイデクセって奴で騎士養成所の同期――友達だったんだ」


 かつての友人と戦う事になるかもしれない、それはあまりにも残酷な運命。その心情を憂い、その場には沈黙が漂ったが、ヨクハは顔色を変えることなく厳しい口調で口を開く。


「だが、かつての知人、仲間、友人と敵対する。お主がエリギウス帝国と戦うと決めた時、そうなる事を覚悟していたのではないのか? そしてそうまでしてでも救いたい者が居るのではないのか?」


「わかってる……もしアイデと戦わなくちゃならなくなったら……その時はその時でちゃんと考える」


「やれやれ、そんな事でいずれ来るその時(・・・)を乗り越えられるのかのう? ……まあよい」


 戸惑いを隠せずに答えるソラに対しヨクハは小さく嘆息すると、勇ましく玉座から立ち上がり、その場に居る全団員に告げる。


「これより〈因果の鮮血〉に援軍要請を行い、フォルセス島へと攻め込む。敵は第十二騎士師団〈連理の鱗〉。そして竜魔騎兵計画の主謀者スクアーロ=オルドリーニを討ち取る」

65話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。


誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。


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