64話 そしてまたもう一歩
撤退が完了し、フリューゲルを含めた奪還作戦のメンバーはツァリス島へと帰陣し、ソードの格納庫へと集まっていた。
カレトヴルッフから降り、恐る恐るといった様子で辺りを見回すソラ。シオンに、炎装式刃力砲の使い所を間違えるなと言われていたにも関わらず、独断で連発して刃力が尽きかけるという、ある意味醜態を晒してしまったからだ。
すると背後に気配を感じ、振り返るとそこにはシオンが腕を組んで立っていた。
「げっ……シオンさん」
しかしその表情からは怒りの感情は見えてこず、むしろ穏やかにさえ感じられた。シオンはぶっきらぼうに後頭部を搔きながら言う。
「炎装式刃力砲を装備してやった意味、まあわかってるじゃねえか」
「え?」
シオンの意外な発言に、ソラがたじろぎながら聞き返した。
「お前の持ち味はその斬撃だ。カレトヴルッフに装備してやった炎装式刃力砲も追尾式炸裂弾も、ついでに言うと刃力弓も、全てはそれを活かす為にある」
それは、砲撃を回避した一騎のエスパダロペラを、追撃の袈裟斬りで撃墜させた事に対するソラへの称讃であった。
シオンに説教でもされると思いきや、予想外の展開にソラが呆けていると、次の瞬間、格納庫の中にフリューゲルの叫びがこだます。
「ふざけんな!」
「えっ何で!? ……ってあれ?」
ソラは、自分とシオンのやり取りにフリューゲルが割って入って怒り出したのだと思い一人戸惑うが、フリューゲルはソラの方ではなく、ヨクハやプルームに向けて続けた。
「何で余計な事をしやがった」
「……フリュー、皆フリューの事を心配してたんだよ?」
「誰が心配してくれなんて頼んだよ?」
冷たく言い放つフリューゲルに、プルームは目を伏せ、瞳を潤ませた。しかしフリューゲルは尚も続ける。
「俺は刺し違えてでもスクアーロの野郎を射殺さなけりゃならなかったんだ! 邪魔してんじゃねえよ!」
そして自分が強制的に撤退させられた事に対する憤りを顕わにすると、デゼルはゆっくりとフリューゲルに向かって歩いて行き、フリューゲルの前で立ち止まった。そして――
「ぐっ!」
デゼルは突如フリューゲルの顔面を殴り付けた。
普段穏やかなデゼルの予期せぬ行動にその場にいる誰もが唖然とした。
「てめえ、何しやがんだ!」
対し、デゼルの胸ぐらを掴んで怒鳴りつけるフリューゲル。しかし、デゼルはそれに動じる事もなく返す。
「いい加減にしろよフリュー!」
「あ?」
「何で雲属性のプルームが風属性のカットラスを操刃してまで戦ってたと思ってる? 何で団長が名前すら決まっていなかった騎士団を始動させたと思ってる? いつかこうなるだろう君を救いたかったからに決まってるだろ!」
デゼルの叫びに、フリューゲルは言葉を失い、デゼルの胸ぐらを掴む手を緩めた。そんなフリューゲルにデゼルは更に想いを吐露する。
「それに僕とエイラリィが今回の君の奪還作戦に参加出来なくてどれ程悔しかったか、どれ程もどかしかったか、どれ程歯痒かったか解るか? でも僕達は僕達にやれる事をやるしかない、だから耐えた、耐えるしかなかった!」
「…………」
「でも君は勝手に先走って、やれる事を放棄して、やりたい事をやった。僕だってプルームだってエイラリィだって……スクアーロの事が――あの日の自分が憎くない筈が無いだろ!」
今度はデゼルがフリューゲルの胸ぐらを掴み、そして両の眼から涙を流しながら再度叫んだ。
フリューゲルはそれを聞き、走馬灯のようにラッザ達と過ごしたかつての日々を思い出す。
四人でラッザの教えを受けた事。座学の授業中に寝てしまいラッザに叱咤された事。自分に剣の才能が無いことに気付き、それでもラッザのような騎士になりたくて白刃騎士を目指した事。孤児であったが、ラッザという育ての親とも言える存在、デゼル、プルーム、エイラリィという兄弟同然の存在、そんな存在がいつしか自分の中で何より大切になっていった事。そして――
ある日ラッザに自分達が竜魔騎兵という存在であると真実を明かされ、自分達を処分しようとするラッザと死闘を繰り広げた事。実はラッザが自分達をエリギウス王国から亡命させようとし、その死闘を通じて聖衣騎士へと覚醒させようとしていた事。それを見透かされ追って来たスクアーロの能力でラッザを死なせてしまった事。
それから……ヨクハに付いてツァリス島へと渡り、島の孤児院に入り、エリギウス王国を打倒する為に騎士団の結成を目指して訓練を繰り返した事。
自身の剣でラッザを死なせてしまったことによるショックから剣を握れなくなったデゼル。それでも支援騎士として味方を守る盾となる道を選んだ事。
ツァリス島での訓練の中で聖衣騎士へと覚醒したエイラリィ。発現したのは他者を癒すという能力であり、何故あの時にその能力が覚醒しなかったのかと自分の無力さに更に打ちひしがられた事。
ラッザを失ったことを誰よりも悲しみながらも、それを表に出さずいつも気丈に振る舞うプルーム。自分達のような存在を生み出させたくないという信条で、誰よりも訓練に励んでいた事。
これまでの道のりを辿り終えたフリューゲルの頭の中に、世界樹の枝の上でラッザと交わした言葉が最後に流れた。
《そしてエリギウスを、あの先にある世界を……この空を守る騎士にお前達はなるんだ》
《この空を守る騎士に?》
《そうだ、お前達ならきっとなれる、だから自分を信じろ》
フリューゲルは俯き、涙を一粒静かに溢した。
するとヨクハがフリューゲルの横にそっと立つ。
「何か言いたい事はあるかフリューゲル?」
そして少しだけ厳しく、しかし優しくそう問い掛けた。
「……ごめんな、デゼル、プルーム、エイラリィ」
直後、俯いたままゆっくりとフリューゲルが口を開いた。
「俺はどうしようもないクソガキだった。大切な人を失って、デゼルの言ったように元凶のスクアーロが、あの日の自分がずっと憎かった。そしてあの人との約束もいつの間にか忘れちまってたんだ」
フリューゲルは姿勢を正し、何かを決意したように顔を上げ、ヨクハの方を向いて頭を下げた。
「ヨクハ姉頼む、今更勝手な事を言ってるのは解ってる。でもようやくあの人との約束を思い出したんだ。俺はこいつらと一緒に騎士になりたい、復讐なんかじゃなくこの空を守る為に。だから俺をこの騎士団に……〈寄集の隻翼〉に入団させてくれ」
ヨクハはそんなフリューゲルに対して黙って背を向けた。それを見て拒絶を悟ったようにフリューゲルは再び俯いた。
「一つ言っておくぞフリューゲル」
「…………」
「ヨクハ姉ではなく、これからは団長と呼べ」
それは、フリューゲルを〈寄集の隻翼〉の一員として認める主旨の発言だった。その言葉にプルーム、エイラリィ、そしてデゼルが表情を明るくさせ、フリューゲルに声をかける。
「フリューが居てくれれば心強いよ」
「今までサボっていた分、あなたにはたくさん働いてもらいますから」
「……おかえりフリュー」
すると小さく胸の前で拳を握り、一番嬉しそうにしていたのが他の誰でもないソラであった。
「よし、新入りが来た! これで俺にも後輩が出来たし、シーベット先輩にこき使われずに済むな」
「な、何だてめえ、何で俺がてめえの後輩にならないといけねえんだよ、俺は十年も前からこの島に居たんだぞ」
どう見ても新顔であるソラに、突然後輩扱いされた事に対し、フリューゲルはすかさず難色を示すが、それでも譲歩しないソラ。
「いやほら、でも〈寄集の隻翼〉に入団したのは俺の方が先なんだからそこは仕方ないっていうか」
「そ、それとこれとは――」
「あと言っとくけど、俺はさっきの奪還作戦でお前の為に命懸けで戦ったんだからな、その辺の感謝は忘れないでもらいたいんですけど」
「くっ!」
ソラに恩を売られ、自分の行動への反省からフリューゲルは口ごもり何も言い返せなかった。するとそんなやり取りにヨクハが割って入る。
「まあソラは刃力切れして、わしにここまで運ばれたんじゃがな」
「……んだよ、そうだったのか?」
ヨクハの暴露を聞き、後ろめたさが少し解消されたようで、安堵したようにフリューゲルが呟いた。
「ちょっと団長、それは言わない約束じゃ」
「そのような約束をした覚えは無い」
するとそんなソラとヨクハのやり取りを聞き、今度はエイラリイが割って入る。
「ソラさん、私達ソラさんに頭まで下げたのに何ですかその体たらくは?」
「こらエイラ、ソラ君は一生懸命戦ってくれたんだよ、そんな言い方したら駄目だよ」
「そうだよ、元はと言えば全部フリューが悪いんだから、ソラは気にしなくていいよ」
直後、エイラリィのぼやきに対しプルームとデゼルがフォローに回った。
「あれ……俺慰められてる? 一応、少しは活躍したんだけど」
そしてソラは、いつの間にか同情のような念を自分に向けられている事に気付き、一人項垂れるのだった。
「あの、僕から一ついいですか?」
すると、格納庫の隅で一人押し黙っていたウィンが前に出る。
「……あんたは?」
フリューゲルにとって、初めて見る顔であるウィンに対し尋ねる。
「僕は先程の奪還作戦に参加していた内の一人です」
「あんたがあの白い騎体を操刃していた騎士か、遅れちまったが礼を言わせてもらう。あんたも〈寄集の隻翼〉の騎士なんだろ?」
フリューゲルの問いに、ウィンは静かに首を横に振った。
「僕は第十二騎士師団〈連理の鱗〉を倒すまでの間、この騎士団に助力することになった者です。名は……ウィン=クレインと言います」
「ウィン=クレインだと?」
その名を聞き、フリューゲルの表情が一気に強張る。
「あんたが、あのスクアーロの野郎を育て、竜魔騎兵計画の礎を作った張本人だってのか?」
「はい、その通りです」
するとフリューゲルは右の拳を強く握りしめた後、ゆっくりと解いて言う。
「あんたには、聞きたい事が山ほどある」
「……はい」
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