61話 守らなければならないもの
「なんじゃ?」
「なんじゃ? じゃないよ団長、何でその少数精鋭とやらに俺の名前が入ってるんだよ」
と、ソラは食って掛かったが、今回の奇襲は奪還作戦。フリューゲルを奪還したらすぐに塵の空域を離脱する必要がある。つまり今回の任務に使用するのは飛翔力に長ける空系統の属性のソードでなければならない。そして、ソラとカレトヴルッフはどちらも光属性であり空系統である為、今回の任務にうってつけであるのだ。
「あと俺そもそもフリューゲルって奴に大して思入れもないし、こないだ酷い事も言われたし」
「ええいうるさい、今回は空系統の守護聖霊を持つ騎士だけで行うんじゃ、お主は光属性で空系統なんじゃから団の為に一肌脱がんか」
いつまで経っても煮え切らず、ぶつくさと文句を漏らし続けるソラに、ヨクハは一喝した。しかし尚も、ソラは納得いかないようで苦言を呈する。
「そうは言ってもたった四人で敵騎士師団の本拠地に乗り込むとか無謀すぎないか? 囲まれたらさすがにひとたまりも無いだろ」
「ふむ、そうならないように何とか……なったらいいのう」
「なにその希望的発言!」
ソラとヨクハが、そんなやり取りをしている時だった。
「空系統の騎士だけって……じゃあ僕とエイラリィはこの作戦に参加出来ないって事じゃないか!」
突然、デゼルが憤るように声を上げ、驚きの表情となるソラ。幼い時から兄弟同然に育ち、共に切磋琢磨して来た親友が陥るかもしれない窮地に、自分が赴けない事を突き付けられ、デゼルはもどかしさで胸が張り裂けそうだった。
「で、デゼル?」
しかし、ヨクハは表情を変えず、冷静に、それでいて諭すようにデゼルへと伝える。
「お主とベリサルダは土属性、エイラリィとカーテナは水属性。どちらも地系統で飛翔力に欠ける、ましてや敵への攻撃能力を持たないお主では今回の奇襲で足手まといになるだけじゃ」
「…………」
ヨクハの歯に衣着せぬ言葉、そして現実を突き付けられ、デゼルは悔しさを滲ませるように俯いて両手の拳を握りしめた。しかし己を落ち着かせるように深呼吸をすると顔を上げ、ソラの方を見た。
「ごめん、ソラ」
「え?」
そして頭を下げながら続ける。
「ソラが言う通りフリューは君には関係の無い人間だ。でも団長の言う通り今回の作戦では僕は役に立てない、君を危険な目に遭わせてしまうことも解ってる。でも……フリューは僕達の家族なんだ」
すると、エイラリィも同じようにソラに頭を下げる。
「私からもお願いしますソラさん。生きて連れ戻してもらえるのなら半殺しでも構いませんので」
懇願するデゼルとエイラリィに、ソラは激しくたじろいだ。
そして、二人に続き今度はプルームもソラの前に立ち、頭を下げる。
「ごめんねソラ君、フリューがソラ君に迷惑をかけて、でも今回の作戦はソラ君の力が必要なんだよ」
三人の必死さに、ソラは内心で先程までの自分の言動を思い出し気まずくなっていた。大切な者の為に必死になる気持ち、それを一番良く知ってるのは自分であったからだ。
「わ、わかったって、俺が役に立つのか分かんないけどとりあえずやってみるから、頭上げてって……これじゃ俺が悪者みたいだろ」
そしてぶつぶつと言いながら渋々承諾するソラだったが、フリューゲルの為に一肌脱ごうと決めてくれた事に、三人は感謝と喜びの想いで表情を綻ばせた。
するとソラは、ヨクハに四人目のメンバーについて確信しつつも尋ねる。
「それであと一人は……シーベット先輩かな? シーベット先輩とスクラマサクスは風属性だし」
「いや、シーベットには他にやってもらいたい事があってな、今回の作戦には参加せん」
「そういう事だ、シーベットの分までちゃんと働けよ、おソラ」
しかし、ソラはそれを即座に否定され首を傾げる。
「それじゃあ、あと一人は誰になるんだ? 空系統の属性の騎士って他にはもういない筈じゃ」
ソラの指摘に、ヨクハは腕を組んで唇に指を当てて考えるような仕草をした。
「……一人、心当たりがあるんじゃが」
※
それから一週間後。
ヨクハは一人、藐の空域にあるイルデベルク島に居た。それはこの一週間で三度目の訪問。
そしてヨクハは民家の中でとある人物と対面していた。
「次のわしらの相手は搦め手や小細工を弄する非常にやっかいな敵でな、今一度頼むウィン殿、力を貸してはくれぬか?」
その人物とはウィン=クレインであり、ヨクハの言っていた心当たりの人物でもあった。しかし、過去二度の訪問ではヨクハの申し出は断られており、だがそれでもヨクハは諦めず、再度ウィンに助力を願い出るのだった。
「以前も断った筈ですよ」
迷惑そうな表情で、ヨクハにそう伝えるウィン。
「何故……そこまでして僕に頼ろうとするんです?」
しかし、以前の二回の申し出は殆ど門前払いであったが、今回初めてウィンは理由を尋ねた。
対しヨクハは答える。とある騎士師団に〈寄集の隻翼〉の団員候補が、一人で挑もうとしており、しかしそれはその者の私情による戦い。今回は〈因果の鮮血〉の力を借りることは出来ず、故に少しでも強力な戦力が必要だと言う事を。
それを聞き、ウィンは渋い顔で首を横に振った。
「残念ですがやはり力を貸す事は出来ません、僕はもう戦う事を止めたんです。それにその方の私情による戦いならば僕だって無関係の筈ではないですか?」
「これからわしらが戦おうとしている騎士師団が、スクアーロ=オルドリーニ率いる〈連理の鱗〉だとしてもか?」
ヨクハの言葉に、ウィンの表情が明らかに強張った。スクアーロ=オルドリーニは、エリギウス帝国きっての聖霊学士で、かつてウィンの部下でもあり弟子でもあった男であるからだ。
「……確かに、スクアーロを育てたのは僕です」
「そしてそのスクアーロが竜魔騎兵計画を実行し、このオルスティア統一戦役の引き金となった」
口を噤み、俯くウィンにヨクハは追い討ちをかけるように尋ねる……部屋の隅から、ウィンとヨクハのやり取りを心配そうに眺めていたアーラへと視線を向けながら。
「その後始末もせず、仮初の平穏の中で暮らすお主は本当に己に、そしてその子に恥じずに生きておるのか?」
対しウィンは語る。確かに自分の過去の過ちを悔い、それをしようとしたこともあった。しかし戦いからは何も生まれない、それに気付いたからこそ当時のエリギウス王国を離反したのだと。
するとウィンの言葉を聞き、突然ヨクハの表情が曇る。
「……戦いは何も生まない。かつてそう叫び己の大切なものも大切な場所も全て失った哀れな人間を知っておる」
俯きながら、哀しみ、怒り、慚愧、あらゆる感情が入り混じったような表情を一瞬浮かべ、しかしヨクハはすぐに顔を上げ、凛として続けた。
「否定しなければ肯定しているのと同じ、抵抗しなければ受け入れているのと同じ、そして戦わなければ敗北しているのと同じ。いずれは何もかも奪われ蹂躙され尽くす」
その言葉に、ウィンは何も言い返す事が出来なかった。そんなウィンにヨクハは尚も続けた。
「以前お主がソラに救われた時の事を忘れたのか? スクアーロは今もお主を求めておるのだろう? 少なくとも〈連理の鱗〉を放っておいてはその子も、この島の民もいずれは危険に晒される」
「…………」
「例え戦いが何も生まないのだとしても、大切なものを守りたければ戦う以外の選択肢などない」
両の目を瞑り、考え込むような仕草の後、ウィンはアーラをちらりと一瞥した後で目を伏せながら口を開く。
「アーラやこの島の人達の事をちらつかせるなんて酷い人ですね、あなたは」
「非難はいくらでも受ける。それでも……わしにも守らなければならないものがあるんじゃ」
淀みの無い真っ直ぐな声で返すヨクハ。するとウィンが視線をヨクハと真っ直ぐに合わせて答えた。
「わかりました。ただし僕はあなたの騎士団に入団するつもりはありません、協力するのは第十二騎士師団〈連理の鱗〉を、そしてスクアーロ=オルドリーニを倒すまでです。それでよければ」
遂にヨクハの助力の願い出を承諾するウィン。対し、ウィンに向けて神妙な面持ちでヨクハは頭を下げた。
「十分じゃ、恩に着るウィン殿」
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