59話 一射絶命
フリューゲルが再びヨクハの前から姿を消してから数週間後。
塵の空域の中空にフリューゲルは居た。愛刀であるパンツァーステッチャーの額と、それを操刃するフリューゲルの額には剣の紋章が輝いている。
竜殲術〈天眼〉、その能力は遠見と透視を併せ持ち、視界の不良、障害物の有無に関わらず遥か彼方までをも見通す事が出来る。カナフの読み通り、フリューゲルはこの能力を駆使し、敵の視認可能範囲外から対象を補足し、超長距離狙撃を行っていたのだ。
一年の九割が吹雪に見舞われる塵の空域、しかしこの日は月に一度ある晴天の日。その為、フォルセス島では第十二騎士師団〈連理の鱗〉による大規模演習が実施されていた。
フリューゲルの視界には、フォルセス島の本拠地周辺で〈連理の鱗〉が所持するソードであるエスパダロペラが空中で隊列を組み、射撃、剣撃を行う姿が映し出されていた。
ソード同士が交差し、隊列が変わり、様々な隊形を見せる〈連理の鱗〉の騎士達。そしてそんな騎士達を先頭で指揮する青いエスパダロペラがあり、中に赤髪の幼い少年のような騎士の姿をフリューゲルはその目に捕える。〈連理の鱗〉の騎士師団長、スクアーロ=オルドリーニである。
フリューゲルはスクアーロの姿を確認すると、空中でパンツァーステッチャーを浮遊させたまま、腰部に取り付けられ、背部に収納されている狙撃式刃力砲を左右両方展開させた。そしてスクアーロの青いエスパダロペラに向かって砲身を向ける。
それこそがフリューゲルの切り札だった。左右の腰部に同種の刃力核直結式聖霊騎装を装備させ、同時に起動させる事で双方の聖霊石を共鳴させ、刃力核直結式聖霊騎装よりも更に強力な一撃を放つ。
それは刃力核共鳴式聖霊術砲と呼ばれ、平均的な刃力量を持つ騎士でも一撃放つ事すら出来ない程の刃力を消耗する、正に選ばれた騎士にしか使用する事の出来ない攻撃方法である。
パンツァーステッチャーが展開する左右の砲身の中心に光が球状に収束されていき、稲妻が走り始める。そして光の球体が最大限に膨張し、発射準備が完了した。同時にフリューゲルは、ラッザの死後ヨクハと共にツァリス島へ渡った後の事を思い返していた。
ツァリス島で出会ったシオンが孤児院を造った事。孤児院でヨクハとシオンに育てられながら騎士として戦えるようになるために修行を繰り返した事。ラッザが死ぬ原因になってしまったショックでデゼルが剣を持つ事が出来なくなっていた事。ようやく聖衣騎士に覚醒する事が出来たエイラリィの竜殲術の能力が本人の本意ではない他者を癒す力であった事。
やがてシーベットやパルナなどの新しいメンバーが加わっていった事。本拠地にメンバーである騎士のソードが揃い始め、騎士団としての始動が間近となった事。それでもいつまで経っても騎士団の始動を決意しないヨクハに痺れを切らしてツァリス島を飛び出した事。
フリューゲルはスクアーロへと照準を定めながら、この十年間の道のりが全てこの瞬間の為であった事を確信した。
狙撃可能な限界距離。それは探知器の範囲の内側に僅かに入る。恐らくは今、敵本拠地の伝令員から自分の出現を伝えられているだろう事をフリューゲルは分かっていた。
しかしそれでも尚、フリューゲルはこの狙撃を成功させる確信めいた自信があった。
そしてフリューゲルは騎体を空中に制御しながら、砲身の角度を微細に調整する。超長距離では照準固定が出来ず、手動による狙撃を行う必要があるからだ。僅かなずれすら許されないその調節を終え、フリューゲルはパンツァーステッチャーに引き金を引かせる。
「避けれるもんなら避けてみな!」
狙撃式共鳴刃力砲による一撃は正に稲妻そのものであった。集束された光の球体から雷鳴と共に、極大の稲妻の矢が放たれ、風を切り裂き、音を切り裂き――回避行動すら取らせず、スクアーロの操刃する青いエスパダロペラの腹部を貫いた。
「討ち取った、あのスクアーロの野郎を」
その目に焼き付いた、騎体と共に稲妻がスクアーロ自身を貫く光景。フリューゲルは自身の悲願達成を疑わなかった。
――しかし、稲妻に貫かれた筈のスクアーロのエスパダロペラは何故か爆散せず、別の場所に居たエスパダロペラが空中で爆散し、その場に爆煙が舞う。
その時、フォルセス島の方角から伝声と伝映の信号が発信され、フリューゲルはそれに応じる。すると、晶板に映し出されたのは他の誰でもない、まさに今討ち取った筈のスクアーロの顔であった。
『やあ、君はフリューゲル君ですよね?』
フリューゲルは〈天眼〉の力で、自身の一撃が確かにスクアーロの騎体と、スクアーロ自身を貫いたのを確認していた。入れ替えの竜殲術を使う間も無かったのは間違いない。しかし目の前で伝映を行っているのは紛れも無いスクアーロであり、その在り得ない光景にフリューゲルはただただ唖然としていた。
「さっき確かに、射殺した筈だ! 何で生きてやがる?」
『はは、まあいいじゃないですかそんな事は……それよりフリューゲル君、あなた雷電加速式投射砲という聖霊騎装はご存じですか?』
「あぁ?」
『雷の聖霊の意思を利用し、実体弾を電磁の力による超加速で射出するという代物なんですが、先日あなたの為にそれを改良した聖霊騎装を開発しましてね』
そう言うと、本拠地である城の中央から巨大な砲身が出現し、フリューゲルへと向けられた。
――巨大な雷電加速式投射砲? 何のつもりか知らねえがこの距離から俺を狙える筈がねえ。
フリューゲルは自身に向けられた砲身を見て、スクアーロが自分と同じ超長距離狙撃を試みているのだとタカをくくっていた。しかしそれでも警戒を緩めず、撤退はすぐさま背を向けるのではなく、狙撃を回避してから行うと判断をしたのだった。
『悪手ですねそれは』
「なっ!」
すると、フリューゲルに向けられた砲身から超高速で放たれる何か、当然フリューゲルに直接当たる事は無く、フリューゲルの脇をすり抜ける。
巨大な砲身から射出された物、それは弾丸ではなく……一騎のソードであり、紫色のエスパダロペラであった。紫色のエスパダロペラはフリューゲルの脇をすり抜けた後で反転して、推進器からの刃力放出を全開にして騎体を減速させ、空中に急制止する。
しかし、紫色のエスパダロペラは全身に電流が走っていて各部位から煙と炎を噴出させ、更にはゆらゆらと空中に浮遊し今にも落下しそうになっている。これだけの距離を一瞬で移動する程の急加速。これではソードも、中の騎士も無事では済まない事は明白であった。
直後、紫色のエスパダロペラは、額に剣の紋章を輝かせる青いエスパダロペラへと姿を変え、一瞬でフリューゲルのパンツァーステッチャーとの距離を詰める。
「しまっ――」
更にエスパダロペラの盾に取り付けられた蛇腹状の鞭が伸長しパンツァーステッチャーに巻き付くと、騎体の関節が凍り付き身動きを封じられてしまった。それは敏捷の特性を持つ風と、凍結の特性を持つ水の聖霊の意思により、相手の動きを素早く封じる盾付属型聖霊騎装、氷縛式射出鞭による効果である。
『君は私に対する狙撃が失敗した時点でさっさと撤退を選ぶべきでしたね、やっぱり頭の悪い猿は御し易くて助かります』
「んだとてめえ!」
『ちなみにこの聖霊騎装の名はユピテル、雷電加速式投射砲の砲弾の代わりにソードを射出させ超高速で移動させるという代物なんですよ』
身動きが取れなくなった相手に鞭を打つように得意げに説明を続けるスクアーロ。
『まあフリューゲル君の為に急ごしらえで作成した欠陥品で、これだけの超加速を受けては中の騎士は致命傷を免れません。ですが即死してなければ僕の竜殲術〈連心〉を使う事が出来ますから十分という訳です』
入れ替えの能力を使う為に部下の命を犠牲にしたスクアーロに、そしてそんなスクアーロにまんまと出し抜かれた自分に、フリューゲルは、胸中が悔しさで満たされ、操刃室の壁に拳を打ち付けた。
「てめえは、どこまで腐ってやがる!?」
『腐ってるのはあなたの脳みそではないでしょうか? この大規模演習は狙撃の絶好の機会、普通に考えれば誘いの為の罠であると容易に予測できそうなものですが、まさか素直にのこのことやって来るなんて』
「ペラペラペラペラとうるせえんだよ、見た目は子供中身は糞野郎の変態聖霊学士が!」
身動きの取れない状態で尚憤りながらスクアーロに噛み付くフリューゲル。
すると、フォルセス島の方角から赤いエスパダロペラに率いられ、五十器近くのエスパダロペラが飛翔し、やがてスクアーロのエスパダロペラに捕えられるフリューゲルのパンツァーステッチャーを取り囲んだ。
59話まで読んでいただき本当にありがとうございます。
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〈パンツァーステッチャー(フリューゲル器) 諸元〉
[分 類] 量産剣
[開発地] メルグレイン群島
[所 属] なし
[搭乗者] フリューゲル=シュトルヒ(狙撃騎士)
[属 性] 雷
[全 高] 9.4m
[重 量] 10.9t
[武 装] 刃力剣 狙撃式刃力弓
追尾式炸裂弾 砕結界式穿開盾
狙撃式刃力砲×2
耐実体結界
[膂 力] D+
[耐 久] C
[飛 翔 力] C
[運 動 性] C+
[射 程] S
[修 復 力] E+
[総 火 力] A
[騎体解説]
メルグレイン王国が統治するメルグレイン群島にて開発され、現在も第一線で活躍する主力量産剣。兜飾りはユニコーンのような一角を額に着けたもの。雷属性の特性上射程が非常に長い。ただし空系統の属性でありながらも、飛翔力はあまり高くなく、遠距離からの狙撃戦で主に運用される騎体である。
フリューゲル用にカスタムされた本騎は、左右の腰に刃力核直結式聖霊騎装である狙撃式刃力弓を計二門装備しており、同時に起動する事で、刃力核共鳴式聖霊術砲である狙撃共鳴式刃力砲という攻撃方法を取る事が出来る。その為、通常のパンツァーステッチャーに比べ、射程と火力が非常に高くなっている。
〈聖霊騎装解説〉
[狙撃式刃力砲]
波動の特性を持つ光と、貫通の特性を持つ雷の聖霊の意思を組み合わせた刃力核直結式聖霊騎装。腰部に接続され背部に収納された砲身にて攻撃する。攻撃範囲は狙撃式刃力弓と大差無いが、射程と貫通力は遥かに上を行く。
稲妻を纏った巨大な光矢にて敵を穿つ。光属性単体の刃力核直結式聖霊騎装である殲滅式刃力砲に比べると攻撃範囲と近〜中距離での威力は劣るものの、射程及び遠距離での威力は他の聖霊騎装とは一線を隔する。主に狙撃騎士が愛用する刃力核直結する聖霊騎装である。
また、本聖霊騎装を左右の腰部に装備し、同時に起動する事で刃力共鳴式聖霊術砲である刃力共鳴狙撃式刃力砲という攻撃方法が出来る。これを使用すれば、狙撃式刃力砲よりも更に射程が長く、貫通力の高い極大の稲妻そのものを放つ事が出来る。