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57話 竜の瞳を持つ少女

 デゼルは自身がラッザに致命傷を与えてしまった事実を受け止め、両膝を付き茫然となった。


「おやおや酷いですね。自分の育ての親とも言える存在に剣を突き立てるとは」


 スクアーロは肩をすくめながら言うと、フリューゲルの方に視線を向けた。


「それにしても驚きましたよ、フリューゲル君は覚醒してるじゃないですか聖衣騎士に。つまり僕の実験は成功していたという事……これは正に僥倖(ぎょうこう)ですね」


 破顔するスクアーロに、フリューゲルはまるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。


「他の三人はどうなんでしょうかね? 今の動きを見る限りデゼル君も少なくとも銀衣騎士には覚醒してそうですし、四人とも処分の予定でしたが変更して連れ帰ることにしましょう」


「だ、誰がお前なんかに」


 スクアーロの禍々しい威圧感に両足を震わせながら弓を構えるフリューゲル、そしてプルームとエイラリィもまた。


「おやおや勇ましいですね。とりあえず陛下には処分したと報告して、君達は僕の隠し玉として大切に育ててあげますから」

 

 そう言いながらスクアーロは配下であろう四人の騎士に視線を送った。


「捕えなさい、暴れるようなら両足の腱を切って大人しくさせても構いません」


 スクアーロの命令に、四人の騎士は腰の鞘から剣を抜き、ゆっくりとフリューゲル達に滲み寄る。


「に……げ……ろ」


 声を振り絞るようなラッザの声は、もうフリューゲル達には届かなかった。すると――



「何だか騒がしいから様子を見に来てみれば、エリギウスの騎士同士で仲間割れでもしてるのかな?」


 突然、フリューゲル達の後方から何者かが現れた。


 ローブを纏い、深く被ったフードで顔を隠したその人物は、二週間前にフリューゲル達がこの渓谷で出会った少女であった。


「せ、世界樹の女神、まだここに居たのか?」


「居ちゃ悪いの? って言っても今日の夜にでもこの大陸を発とうとしてたんだけどね」


 颯爽と現れ、フリューゲル達と顔見知りであるかのようなやり取りを見せるその少女に対し、スクアーロは怪訝そうに尋ねる。


「何者ですかあなたは?」


 すると、スクアーロを一瞥(いちべつ)した後で辺りを見回し、この状況を理解したのか、少女は大きく溜息を吐いた後で纏っているローブを脱ぎ捨て、腰の鞘から剣を抜き放った。


 腰まで伸びた艶やかな黒髪と、黒い瞳。独特な形状を見せる着物と呼ばれる民族衣装。羽刀(わとう)と呼ばれる細身であり、やや反りを見せる片刃の剣。それらを見て、スクアーロはとある事に気付いた。


「これはこれは珍しい、あなたはナパージの民ですね。滅びかけの民族がこんな所に何か用ですか?」


 スクアーロの問いに、眼光を鋭くさせて返す少女。


「事情は良く知らないけど子供相手に五人掛かり、エリギウスの騎士はどこまでも性根が腐ってるのね……相変わらず虫唾が走る」


「随分な言いぐさですね、それに僕だって子供じゃないですか」


「君みたいな濁りきった眼の子供がどこにいるっていうの? 擬態をするならもう少し上手くやったらどう?」


 自身が子供で無い事を看破され、スクアーロは表情を僅かに険しくさせた。


「……何がしたいのかは知りませんが、余計な事に首を突っ込むと死ぬ事になりますよ」


 そしてスクアーロがそう忠告すると、少女は僅かに口の端を上げた。


「そう、それは困るね。あ、そうそう、そういえば竜魔騎兵って……確かさっきそう聞こえた気がしたんだけど、その子達の事なのかな?」


 少女の追及に、僅かに険しくさせた表情に笑顔が貼り付くスクアーロ。


「愚かですねあなた、もう生きては帰れませんよ」 


 首を軽く振って合図を出した直後、スクアーロが連れてきた四人の騎士の内の一人が少女に向かって飛び出し、双剣を振り上げて斬り掛かった。


 しかし次の瞬間、少女は向かって来た騎士とすれ違い様に剣を奔らせ斬り抜けると、騎士は胸部から激しく鮮血を舞わせ、その場に倒れ込んで動かなくなった。


 予想だにしない光景、そして少女の尋常ならざる身のこなしに、スクアーロを始めとして、残る三人の騎士も警戒を最大限にした。


 そしてその光景を見ていたフリューゲル達もまた、ただただ唖然とすることしか出来なかった。 


「少々腕に覚えがあるようですが、ここまでです」


 すると、今度は三人の騎士が一斉に飛び出し、少女に斬り掛かる。


「はあ、覚醒騎士三人相手はさすがに骨が折れるなあ……けど!」


 少女はそうぼやくと、静かに瞑った眼を見開いた。


 そして、向かって来る騎士に向け一振り。


「がああああっ!」


 その一閃はまさしく閃光の如く、刹那に奔り、三人の騎士を一撃のもとにスクアーロが居た場所まで斬り飛ばした。


 降りしきる血しぶき、ぴくりとも動かなくなった三人の騎士。それを見た後で初めてスクアーロは目の前の少女のある“変化”に気付く。


 少女の瞳の瞳孔は先程までとは違い縦に割れ、まるで獣……(いな)


 少女から迸る威圧感とその瞳を見て、スクアーロが少女の背後にイメージしたものは、自身が実際に会った事も無い……“竜”の姿であった。


「まさか……あなたは“ラドウィードの騎士”だとでもいうのですか?」


「そんな事はどうでもいい、この子供達に肩入れする義理は無いが、向かって来るのなら斬り捨てるまでだ」


 竜を想起させる程に凄まじい威圧感、しかしそれとは裏腹に少女の声は起伏を失い、感情はまるで氷のように凍てついたかのようであった。


「一騎討ち……など私の領分ではありませんが、期せずして完成していた竜魔騎兵を失いたくはありませんから仕方ないですね」


 スクアーロはそう言うと、左右の腰の鞘から剣を抜き、双剣を構えた。そして地を蹴り、一気に少女との間合いを詰める。その速度は先程少女に斬られた四人の騎士を遥かに凌駕していた。


 しかしそれに合わせ、少女は高速の横薙ぎを放つ。対し、それを跳躍して躱すスクアーロは、続いて空中で横に回転しながらの連撃を繰り出した。


 双剣からの舞踏の如き連撃、そのトリッキーな動きこそが孤島タリエラに伝わっていたスプレッツァトゥーラ流の真骨頂であるが、少女は怯まずにそれを全て捌き、いなすと――


「ハァッ!」


 少女の上段からの一撃が風を裂き、音を越え、スクアーロに襲い掛かった。


 スクアーロは咄嗟に双剣を交叉し防御の姿勢を取るが、その勢いを流しきれず、片膝を地へとめり込ませた。


「ぐぅっ!」


 更に、少女は受け太刀で動きの止まったスクアーロの鳩尾(みぞおち)に横蹴りを繰り出し、後方へと吹き飛ばした。


「がはっ」


 それにより木へと激突するスクアーロは痛みに悶えた直後、すぐに少女へと意識を戻すと、少女は既に間合いを殺し、剣を振りかぶって追撃の体制に入っていた。対し、防御の姿勢すら見せないスクアーロ。先程まで蛙を睨んでいた蛇は、竜に睨まれ戦意を失ったのだろうか。


「これが〈ラドウィードの騎士〉、まさかこれ程とは……」


 しかしその斬撃を躱す事は叶わない絶望的なタイミングの中で、スクアーロは口の端を上げる。


 するとスクアーロの額に剣の紋章が輝いた瞬間、少女の目の前からスクアーロが消え、代わりにスクアーロの部下と思わしき五人目の騎士が現れた。


「があああっ!」


 スクアーロが居た場所に現れた騎士は、スクアーロの身代わりとなって少女の斬撃を浴びて倒れた。


 少女は辺りを見渡すが、スクアーロの姿はどこにも無く、しかし何処からともなく声だけが響いて来る。


「念の為、一人潜ませておいて正解でしたね」


 ――竜殲術(りゅうせんじゅつ)……自身と対象を入れ替える能力か。


「あなたは、その子達をどうするおつもりですか?」


「言った筈だ、この子達に肩入れする義理は無いと、だがお前の元に返すつもりもない」


「やれやれ残念ですが仕方ありませんね、今はその子達の事は一旦諦めるとします。ですが私の造った竜魔騎兵、いつか必ず取り戻してみせます、必ずね」


 その言葉を最後にスクアーロの気配が消え、それを感じ取った少女は血振りの所作をし羽刀(わとう)をゆっくりと腰の鞘に納刀する。そして竜の如き瞳は既に元の瞳へと戻っていた。


 終了した戦闘。すると横たわり、今にも息絶えそうなラッザに、フリューゲル、プルーム、エイラリィが駆け寄った。その後ろで、茫然とした表情で立ち尽くすデゼル。


「ラッザ先生」


 デゼルを除く三人が傍らで体を揺すって声を掛ける。


「みんな……無事……だったの……か?」


「うん、世界樹の女神がスクアーロの奴を追い払ってくれたんだ」


「世界樹の……女神?」


 ラッザはフリューゲルの言葉を聞き、霞む目で少女の姿に視線を向けた。


57話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。


誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。


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