56話 最後の授業
「うわああっ!」
フリューゲルの叫びに、デゼルは力を振り絞るようにして剣を振り被り、叫びと共にラッザへと剣閃を奔らせた。
ラッザの首元に振り下ろされるデゼルの剣。
「駄目ですデゼル!」
すると、突然エイラリィがそれを制止するように叫びを上げ、デゼルはラッザの首元で咄嗟に斬撃を止める。
「エイラリィ……どうして?」
「エイラ?」
「な、何で止めんだよエイラリィ!」
エイラリィの不可解な行動に、デゼルとプルームとフリューゲルは呆然としていた。するとエイラリィは構えていた弓銃を下ろし、ゆっくりとラッザへと近付く。
「私達を殺そうだなんて、嘘ですよねラッザ先生」
そしてエイラリィは確信めいたように尋ねた。
エイラリィの言葉に、三人は困惑し言葉を失う。しかし、ラッザは何も言わず、ただ口を噤んでいた。
「違和感は最初からありました。どうしてわざわざあんな話をしたのだろうと、私達を殺すのなら何も言わずに行動に移せばいいだけなのに」
エイラリィは気付いていた。自身も戦闘をしながら、フリューゲル、デゼル、プルームと戦うラッザを見ていて、ラッザの戦い方はまるでいつもと同じ、エイラリィの目には自分達を指導しているかのように映っていたのだった。
するとラッザはゆっくりと立ち上がり双剣を鞘に納めると。
「うぐっ!」
腹部に刺さった矢を一息に抜いた。
「エイラリィの言っている事、本当なんですねラッザ先生?」
プルームが尋ねると、ラッザはゆっくりと両の目を瞑った。
「お前達が聖衣騎士に覚醒出来なかったのは俺の責任でもある」
そして静かに語り始める。
戦う前に告げた通り、四人は竜魔騎兵と呼ばれる存在で、聖衣騎士となる素質を持たされて生まれた子供達である。今回のように命懸けの戦いに身を投入させていればもっと早くに聖衣騎士に覚醒する可能性は十分にあった。しかしそうしなかったのは、ラッザが四人を聖衣騎士に覚醒させたく無かったからなのだ。
「ど、どうしてですかラッザ先生?」
「お前達が聖衣騎士に覚醒すれば必ず兄上の、スクアーロに道具として利用されることになるのは目に見えていたからだ」
ラッザの言葉に、四人はスクアーロの何にも例えがたい、自分達を物のように見るかのような視線を思い浮かべていた。
「そういう意味では、聖衣騎士として覚醒していたにも関わらず隠そうとしていたフリューゲルの判断は正しかったとも言えるな」
「ば、ばれてたのかよ!?」
「当然だろ、俺の目はそこまで節穴じゃない」
そのやり取りで、プルーム、エイラリィ、デゼル達は、フリューゲルが今回の戦闘以前、既に聖衣騎士に覚醒していた事を知り思わず不満を漏らす。
「えーフリュー聖衣騎士だったの? 何で黙ってたの?」
「私達に隠し事とは感心しませんね」
「じゃあフリュー、僕との剣の訓練じゃ手を抜いてたってこと?」
「抜くかよ! あれでも全力だったんだよ!」
三人に矢継ぎ早に追及され、たじろぐフリューゲル。すると、ラッザは深刻そうな様子で四人に告げる。
「だが、俺が最初にお前達に語った話は事実だ。お前達には処分命令が下っている」
「そんな……じゃあどうすれば」
「心配するな、これからお前達をイアーファ島へと亡命させる。既に手筈は整っている」
イアーファ島とは、藐と皓の空域の狭間にあるどこの国にも属していない隠れ島の事で、祖国を追われた末辿り着いた者達等、多種多様な民族が暮らしている島であり、四人の事も快く受け入れてくれるであろうとラッザは言った。
「俺達、もうこの国には戻って来れないって事か?」
「そうだ、この国にいる限りお前達に未来は無い」
「じゃ、じゃあラッザ先生も一緒に来てくれるの?」
そう不安げに尋ねるプルームの頭にラッザは優しく手を置き、ゆっくり首を横に振った。
「それは出来ない」
「ど、どうしてですか?」
「俺は竜魔騎兵計画を知りながら見て見ぬふりをする事しか出来なかったいわば共犯者だ。その俺が他国に亡命する事など出来る筈が無い」
「そ、それを言ったら俺達なんてその竜魔騎兵ってやつなんだろ?」
咄嗟にフリューゲルが返すと、ラッザは四人を庇うように優しく伝えた。
フリューゲル達四人はスクアーロの実験の末生み出されただけの被害者で、四人には何も罪は無い。たとえ素性が割れたとしても同情を浴びる事はあっても非難を浴びる事は無いだろうと。
「そしてお前達はもう聖衣騎士だ、どこの国へ渡っても自分達だけで生きていく力がある」
しかし、ラッザのその言葉にエイラリィだけがただ一人俯いていた。
「……私だけは、未だ聖衣騎士に覚醒する事が出来ていません」
エイラリィの言う通り、今回の戦闘で覚醒したのはデゼルとプルームだけである。また、フリューゲルは既に聖衣騎士に覚醒していた事から、四人の中で唯一蒼衣騎士のままであるエイラリィは劣等感と焦燥感に苛まれていたのだ。
すると、沈んだ声で呟くエイラリィに、ラッザは優しく手を置き、無造作に撫でた。
「お前なら大丈夫だ」
そしてそうはっきりと言い切るラッザを、エイラリィは見上げる。
「お前は俺と同じ境遇だった。優秀な兄弟に劣等感を抱き、いつも追い付けない何かを追い続ける」
「…………」
「だが、お前は誰よりも優れた洞察力と冷静な判断力を持っている。そして窮地の中でも他人を思いやる力がある。それは何にも代えがたい才能だ。それを持っている者は必ず強くなれる、俺が保証する」
「……ラッザ先生」
するとラッザは四人を一人一人しっかりと見てから、深く目を瞑った後で言った。
「これからお前達をあらゆる壁が阻み、お前達は何度も挫けそうになるだろう。だが、この先どんな絶望の淵に立たされても足掻け、どんな困難に立ち塞がられても抗え、どんなに醜くてももがけ、そして立ち向かえ、お前達ならそれが出来る」
そしてラッザは、四人を包み込むような優しい笑みを浮かべながら続ける。
「……俺が、そう育てたからな」
そんなラッザの言葉を聞き、四人はそれぞれ目に涙を浮かべた。
これまでの思い出が走馬灯のように流れていく。ラッザと共に特別養成所で過ごした日々、知識を学び、剣を振り、弓を放ち、時に叱咤され、時に躓き、時に笑い合った。
四人にとっての何気ない日常、当たり前であった筈の白黒の日々に、ゆっくりと鮮明に色が付いていく。
「これが、俺がお前達に出来る最後の授業だ。さあ、これ以上長話も出来ない。イアーファ島へはこの渓谷に乗ってきたペガサスで渡る。そこまでの道のりは俺が一緒に同行する」
そう言うとラッザは近くの木に繋いでいたペガサスの方に向かって歩き出し、四人はそれに付いて行く。
「そんな事だろうと思いましたよ」
その時、突然背後から声が聞こえ、ラッザと四人は振り返った。
そこにはスクアーロと、スクアーロの配下であろう四人の騎士が立っていた。
「四人の竜魔騎兵の処分はあなたに一任しましたが、やはり絆されていましたか」
「あ、兄上……どうしてここに?」
四人の暗殺は自分から申し出て一任された。そして、まだ蒼衣騎士でしかない子供相手に暗殺失敗するなどと兄が思う筈が無いと踏んでいたラッザ。しかし、スクアーロがわざわざこの場にやって来た事が想定外であり、ラッザは動揺しながら尋ねた。
すると口の端を上げ、ラッザの目を指さすスクアーロ。
「目ですよ」
「目?」
「以前、成長度合いを測る為にこの子供達を観察させてもらいましたが、その時の、この子供達を見守るかのようなあなたの目を見た時に、いつかはこうなるのではないかと思っていました」
スクアーロの指摘に、ラッザは生唾を飲み込んだ。
「それにしても、我が国の重要機密事項である竜魔騎兵を他国に売り渡そうなどと、いかに愚弟とはいえ看過する事は出来ませんね」
スクアーロは目を見開き、左右の腰の剣の柄を握った。
次の瞬間、フリューゲルはデゼルに耳打ちをする。
「デゼル、俺がスクアーロの意識が薄い部分を狙い撃つ。だからその隙を突いてくれ」
「わかった」
そしてフリューゲルは竜殲術を発動させ、額に剣の紋章が輝くと、弓銃を構えスクアーロに向けた。
――そこだ。
フリューゲルの能力で見たスクアーロの意識が薄い部分。それは背の低いスクアーロが長身のラッザを見上げている事による死角、足元であった。
フリューゲルはスクアーロの下腿に向けて矢を放つ。
「くっ!」
スクアーロは自身に放たれた矢に何とか反応し、後退してそれを躱すが僅かにバランスを崩す。それを見逃さず、デゼルが地を蹴り、剣を構えて一気にスクアーロに突進した。
「ハアアアアアッ!」
――よし、スクアーロさえ倒せば後はどうとでもなる。
フリューゲルは勝利を確信し、拳を力強く握り締めた。デゼルの渾身の突きは、抜刀すらしていないスクアーロにはもはや回避する術は無かったからだ。
「やれやれ」
しかし次の瞬間、嘆息と共にスクアーロの額に剣の紋章が輝いた。
「ガハッ!」
デゼルの全力の突きが刺さり、流血が舞う。
「あっ……ああああああ」
デゼルは自身の剣の柄から両手を離し、後ずさりしながら激しく動揺した。デゼルの突きが刺さった対象はスクアーロではなく……ラッザであったからだ。
スクアーロが居た筈の場所にはラッザが居て、ラッザが居た筈の場所にはスクアーロが居た。つまり二人の位置が突然入れ替わっていたのだった。
「ラッザ先生!」
フリューゲル、プルーム、エイラリィがラッザに向かって悲痛に叫んだ。腹部に深々と剣が付き刺さり、激しく流血と吐血をしながらラッザはその場に倒れ込む。
56話まで読んでいただき本当にありがとうございます。
ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。
誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。