54話 空に消えた願い
その後、ラッザの乗ったペガサスの後を追い、プルームとエイラリィを乗せたペガサス、フリューゲルとデゼルを乗せたペガサス、計三頭で空を飛翔し、とある場所へと向かった。
行き先は告げられず、数時間が経過した所で目的地へと到着した。
その場所は大陸の南天地方、王都から少し外れた場所。そこにはとてつもなく巨大な木がそびえ立っていた。幹の円周は大人が百人手を繋いだとしても囲うことが出来ず、根本から見上げても先端が空の果てまで伸びているかのような錯覚に陥る程の巨大さであった。
ラッザはペガサスをしばらく上昇させ、四人もそれに付いて行く。そして一軒の家でも優に建てられる程太い枝にペガサスを下ろすと、そこからの景色を四人に見せる。
「うわあ」
その光景は正に絶景であり、エリギウス大陸の全てを見渡しているといっても過言では無く、大陸の果てから先はどこまでも続く蒼穹が更に広がっていた。
「綺麗」
口をぽっかりと開けて、その景色にただただ圧倒される四人を見て、ラッザはふと静かに微笑んだ。
「だが、この世界樹から見渡せるのはせいぜいエリギウス大陸くらいだ」
「え?」
「あの空の先にはもっと広い空が、そして世界が広がっている」
「四大群島国家だったっけ?」
「ああそうだ。レファノス、メルグレイン、イェスディラン、ディナイン、そしてこの大陸国家エリギウス。この五つの国はもう間もなく一つになる」
ラッザのその言葉に、四人は再び唖然として口をぽっかりと開けた。
「い、五つの国が一つに?」
「数年前からエリギウス王国を主体に各国に和睦的統一の話が持ちかけられていた。そして各国の国王の足並みも揃い、統一は目前だ。統一が果たされれば歴史的快挙となる。人種の壁も、空域の壁も排除され、戦争も差別もなくなる。そしてエリギウスを、あの先にある世界を……この空を守る騎士にお前達はなるんだ」
「この空を守る騎士……俺達が?」
「そうだ、お前達ならきっとなれる、だから自分を信じろ」
壮大だった。ただ騎士になるだけでもやっとだと思っていた自分達が、エリギウスだけではなく、この空を守る騎士になる。それは壮大で、果てしなく、想像も出来ない未来。それでもラッザの言葉は自分達を信じさせてくれる、そんな不思議な力があった。
「うん、私きっと頑張るから見ててねラッザ先生」
プルームは空を見渡しながら満面の笑みで返した。
「私はまだまだ剣も弓も全然駄目駄目ですが、きっと姉さんに負けない騎士を目指します」
淡々としながらも何かを決意したように顔を上げて真っ直ぐな瞳で言うエイラリィ。
「僕もきっと、この空を、そして皆の事を守れる騎士になってみせます」
柔らかな表情で二人に続くデゼル。
「よーし、俺もなるぞ、ラッザ先生が言うようなすげえ騎士にさ」
そして腰から剣を抜いて掲げながら言うフリューゲル。
「かっこ良く剣を抜いてポーズしているところ悪いが、フリューゲルは狙撃騎士としてだぞ」
そんなフリューゲルにラッザはぼそっと呟いた。
「せっかく決意表明してるのに水を差さないでよラッザ先生」
二人のやり取りを見て、笑うプルーム、エイラリィ、デゼル。
「あーお前ら何笑ってんだよ」
フリューゲルは不満気に叫んだ後、三人と同じように笑った。そして四人は笑い合った。そんな四人を見て優しく微笑むラッザ。
そんな温かな光景がエリギウスの空に確かに在った。
四人は両親の顔も知らず、孤児として拾われ育てられた。生まれつき刃力が高かった四人は物心付いた頃から特別養成所で峻烈な訓練を強いられ、知識を学び、休みも無く騎士となるべく過酷な毎日を送った。
それでも家族同然の仲間と、尊敬出来る育ての親であり教育者と呼べる存在が居た。
広い屋敷に広い部屋、栄養に優れた食事に温かな教育。そこにはいつも笑顔があり四人は自分達が思い描く未来へとただ真っ直ぐに突き進んだ。四人にとってそれは幸せな日常以外の何ものでもなかった。
※
……しかし、四人が思い描く未来がやって来る事は無かった。
幸せだったと思っていた日常は偽りの世界であり、日常が壊れる瞬間はいつも無音で、無情に、そして無表情でやって来る。
四人の子供達がラッザと共に世界樹で決意を表明してから僅か一週間後の事。水面下で進んでいた筈のエリギウス王国と他の四大群島国家の和睦的統一は唐突に決裂した。
すると、オルスティア統一を主導していたエリギウス王国は他の四大群島国家に対し、宣戦布告を行った。 和睦的統一が決裂した事で、エリギウス王国が武力的統一へと舵を切ったのだ。
この日をもって、後に〈オルスティア統一戦役〉と名付けられる長き戦乱が始まるのであった。
とある日、ラッザと四人の子供はベルトファス渓谷に居た。四人はラッザに何も告げられないままこの渓谷に連れて来られたのだった。
「ねえラッザ先生、今日はここで課外授業なんですか?」
いつもと違う雰囲気のラッザに対し何も尋ねる事が出来なかった四人だが、渓谷に到着したところでプルームがふと尋ねた。するとラッザはペガサスから降りると、四人の方を振り返った。それを見た四人もまたペガサスから降りる。
その表情は神妙で、今まで見たラッザのどの表情とも違っていた。
「お前達に伝えなければならない事がある」
「伝えなければならないこと?」
不安げに尋ねるプルームに、ラッザは淡々とした様子で返す。
「特別騎士養成所が閉鎖される事となった」
その言葉に四人はすぐに状況を飲み込めていないといった様子でただそこに立ち尽くしていた。
「ど、どうしてなんですかラッザ先生?」
すると、声を振り絞るようにして問いかけるデゼル。
「エリギウス王国と四大群島国家の和睦的統一の決裂、そして我が国が他の四国に対して宣戦布告を行い、これより戦争が始まるということは知っているな?」
「は、はい、でもそれならこれから先戦力となる騎士は今以上に必要になる筈です、どうして聖衣騎士を養成する特別養成所が閉鎖される事になるんですか?」
「此度の和睦的統一の決裂、その原因がお前達の存在にあるからだ」
「ぼ、僕達の?」
「どういう事なんだよラッザ先生!」
突然の、ラッザの不可解な言葉にフリューゲルがたまらず叫んだ。すると、ラッザは戸惑う様子も躊躇う様子も無く、衝撃の事実を告げる。
「お前達はただの騎士候補生などではない。お前達は“竜魔騎兵”聖衣騎士となるべく刃力を高められて生み出された存在だ」
「りゅうま……きへい」
理解が追いつかないフリューゲルは、言葉を反芻する事しか出来なかった。
「かつて、この国にウィン=クレインという名の騎士にして聖霊学士の男が居た」
「それって、ラッザ先生の弓の先生で、スクアーロ様の聖霊学の先生って人ですか?」
プルームが以前、ラッザがしてくれた話を思い出し、尋ねる。
「そうだ、その男は当時の国王直々の命により竜魔騎兵計画、つまりは人工的に聖衣騎士を生み出す計画に着手した」
「人工的に聖衣騎士を……」
更にラッザは四人に語る。
ウィン=クレインは聖霊石を人体に埋め込む特殊な技術を発案する。しかし、それを実行する前にエリギウス王国から忽然と姿を消した。だがウィン=クレインには聖霊学士として全ての知識と技術を伝えた弟子がいた。その弟子がラッザの兄、スクアーロ=オルドリーニだった。
スクアーロはウィンに代わり聖霊石人体適合術法の実験を行う。しかし聖霊石を埋め込まれた人間は一時的に高い刃力を得られるものの、数カ月後には拒絶反応によりやがて全ての被検体が死に絶えた。
その後もスクアーロはウィン=クレインの竜魔騎兵計画を引き継ぎ、聖霊石を埋め込む事による拒絶反応を抑える術を模索した。そして辿り着いた答……高まった刃力は子へと遺伝するという事。つまりは聖霊石を人体に埋め込み、その者が死ぬ前に高まった刃力が遺伝した子を産ませれば良いという結論に至ったのだ。
四人はラッザの話を聞きながら固唾を飲む。
「兄上は、国を問わず子を宿す母体を集い、計画の続行を開始した。数多の母体が命を落としたが、出産までたどり着いた者が三人、そして産み落とす事が出来た竜魔騎兵候補は四体……つまりはお前達だ」
ラッザから衝撃の事実を突き付けられ、絶望に塗れたような表情で四人は立ち尽くしていた。
「だが、この竜魔騎兵計画の全容が何者かによって他国に漏らされた。それによりエリギウス王国はこの非人道的な行為を批難され、和睦的統一は決裂となった」
深く目を瞑りながらラッザは続ける。それを認めてしまっては、オルスティアの統一は永遠に果たされない。表向きにはエリギウス王国は謂れの無い濡れ衣を着せられた雪辱を果たし、統一による安寧を世界にもたらすため此度の宣戦布告を行ったという事になっているのだと。
「つまり、竜魔騎兵計画の証拠となるお前達に生きてもらっていては困るという事だ」
すると、これまでただ黙って話を聞いていた四人が、堰を切ったように一斉に叫んだ。
「ラッザ先生、僕達はラッザ先生の事を信じていたのに」
「嘘だよ、そんなの嘘だよ」
「私達はただ、利用されるためだけに生み出されたということなんですか」
突如として伝えられた衝撃の事実、デゼル、プルーム、エイラリィの三人は凍り付いたように固まり、再び絶望に支配されたような表情でただ茫然としていた。
「俺は、国王からの命を受けた兄から、お前達の処分を一任された」
言いながら、ラッザは腰の鞘から剣を抜く。
「お前達にはここで死んでもらう」
そして、ただ立ち尽くす三人の内、ラッザはデゼルに標的を定め、剣を振り抜いた。
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