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52話 いざ魔獣討伐

 その後の応接室内では子供達の怒りの絶叫がこだましていた。


「何なんだよあいつは、ラッザ先生を悪く言いやがって! あんなのが本当にラッザ先生の兄弟なのか?」


 スクアーロの顔と、一切の慈しみを見せない冷たい言動を思い返しながら、拳を握り締めて怒りを顕わにするフリューゲル。


「私もフリューと同じ気持ちだよ、それに何だか凄く怖いしあの人」


 頬を膨らませながら言うプルーム。


「今度会ったらすれ違うふりして足の小指の辺りを踏んでやります」


「陰湿だな!」


 ぼそっと小さな復讐計画を呟くエイラリィに対しフリューゲルが思わず声を漏らす。そしてラッザは、そんなフリューゲル達を見てどこか寂しそうな表情でただ口を噤んでいた。


「皆の気持ちは分かるけど……でもさ、スクアーロ様が僕達を拾ってくれなかったら今の僕達はいないんだしさ」


 そんな中三人とは対照的にスクアーロを庇うような発言をするデゼルに、フリューゲルが詰め寄る。


「何だよデゼル、お前あんな奴の味方すんのかよ? ラッザ先生が悪く言われてむかつかないのかよ!?」


「そ、そういう訳じゃないけど、スクアーロ様はラッザ先生にとって家族……なんだよ?」


 デゼルの言葉にハッとしたような表情になるフリューゲルとプルームとエイラリィ。スクアーロがどんなに冷徹な人物だとしても、自分の家族を悪く言われて良い気持ちのする者は居ない。三人は顔を見合わせると、怒りに任せてただ感情を漏らしてしまった自分達の幼さを恥じた。


「俺の為に怒ってくれてありがとうな」


 するとラッザはデゼルを除く三人の頭の上に、順に優しく手を置いていった。そんなラッザの掌の温かさを感じながらも罪悪感から何も言えずにいるフリューゲル達。続いて、ラッザはデゼルの頭に手を置く。


「デゼルも兄上を庇ってくれてありがとう。あんな兄だがお前の言う通り、俺のたった一人の家族なんだ」


 そう言った後で、ラッザは静かに続ける。


「そして兄の言う通り、俺は無能なのかもしれない」


「そんなこと――」


 ラッザが己を卑下するのをフリューゲルが止めようとすると、そんな言葉を遮ってラッザは伝えた。


「それでも、お前達は確実に強くなっている。不確定な未来だと言われてもお前達はいつか必ず立派な騎士になる。だから焦る必要はない。猶予の事は気にするな、例えこの養成所が閉鎖されても俺がお前達を必ず一人前の騎士にする……約束だ」


 はっきりと、真っ直ぐな眼で告げるラッザ。しかしその表情はどこか儚く、そして悲しげだった。


 その表情の意味を、この時はまだフリューゲル達は知る由も無かった。





 その日の夜。


 フリューゲル達四人はデゼルの部屋に集合し、今日の出来事を振り返りながら、自分達の今後の身の振り方、すべき事について真剣に話し合っていた。


「ラッザ先生は言わなかったけど、ラッザ先生が悪く言われちゃったのは結局私達のせいなんだよね」


 スクアーロがラッザに言い放った言葉を思い出しながら、項垂れて言うプルーム。


「私達は聖衣騎士になるべく選ばれた、特別な子供だと教えられて育てられました。でも私達は未だに銀衣騎士にすら覚醒出来ずにいる、それは確かな事実ではありますからね」


 そんなプルームに、エイラリィは忌憚の無い意見を述べる。


「それでも、僕達はラッザ先生を信じてやっていくしかないよ」

 

「けど、本当にこのままでいいのかな?」


 デゼルの当たり障りの無い意見に、プルームは不安を漏らす。


「このままじゃ駄目だ!」


 直後、暫く黙って三人の話を聞いていたフリューゲルが突然強く意見した。


「ラッザ先生を信じてない訳じゃない。でもこのままぬくぬくとこの屋敷で訓練してたらあと半年の内に銀衣騎士に覚醒なんて出来るとは思えねえ」


「じゃ、じゃあどうするのフリュー?」


 プルームが尋ねると、フリューゲルは躊躇いなくすかさず答える。


「実戦だ」


 そんなフリューゲルの突飛な発言に、他の三人は口をぽっかりと開けた。


「この空域の最南端に渓谷がある」


 それを聞き、エイラリィとデゼルは思い当たる節があり、不安げに尋ねる。


「もしかしてベルトファス渓谷の事ですか?」


「でも、そこには確かあんふぃすばえな(・・・・・・・・)って名前の恐ろしい魔獣が最近繁殖しているって先生が言ってなかった?」


「だから行くんだ」


 しかしそんな二人を他所に、フリューゲルは立ち上がって勇ましく言う。


「その魔獣を俺達で倒してやる。んでうまくいけば実戦の中で銀衣騎士に覚醒出来るかもしれないだろ」


 フリューゲルの無茶な発案に押し黙る三人。しかし――


「私、フリューに乗るよ。だって私、早く一人前の騎士になってラッザ先生を安心させてあげたいんだもん」


 プルームも立ち上がって言う。


「姉さんが行くなら、私も」


 それに追随するようにエイラリィもまた。


「はあ、仕方ないな」


最後にデゼルも渋々といった様子で立ち上がり、フリューゲルに問う。


「で、いつ決行するの?」 


「明日の朝だ」


「えっ、明日の朝? でもどうやって?」


「前の課外授業でラッザ先生に王都まで連れていってもらったろ? この屋敷の外に天馬舎がある。明日の朝、日の出と同時にペガサスを拝借してベルトファス渓谷に向かう」


 それは突拍子もない計画であった。普段であれば冷静に物事を判断するエイラリィやデゼルが止めていたであろう。しかし、何かを変えたい……変えなくてはならないと葛藤する想いがそれをさせなかった。


 そして四人は決行を決意するのだった。





 翌日の朝。


 ベルトファス渓谷を目指すこととなった四人は、まだ薄暗く肌寒い早朝に、静かに声と音を殺して屋敷の窓から外へ出た。


 この特別騎士養成所は特に守衛などがいるわけでもなく、フリューゲル達は意外にもすんなりと屋敷を抜け出す事に成功する。


 天馬舎も早朝の時間帯であれば世話係はおらず、五頭程いる天馬の中から二頭だけ拝借すると、フリューゲルとデゼル、プルームとエイラリィのコンビ同士でそれぞれ二頭のペガサスに股がり、天馬舎を飛び立った。



 子供達だけで飛ぶ空は初めてで、何とも言えない罪悪感と例えようのない解放感の中、デゼルが地図を見ながら誘導し、一時間程の飛翔でベルトファス渓谷が見えてきた。


 四人は山に囲まれた川の流れる谷まで進むと、ペガサス二頭をそこへ降ろして木に繋ぎ、恐る恐る渓谷の散策を開始した。


 剣を構えるフリューゲルとデゼル、弓銃を構えるプルームとエイラリィは順に列になって歩く。小鳥のさえずり、川のせせらぎ、のどかなこの場所で凶悪な魔獣が出てくることに半信半疑で、川沿いを進む四人。

 

 暁だった筈の空はいつの間にか曙へ、時刻は夕刻。日は沈みかけ、山頂に隠れながら空を赤く染めていた。


 また、足を棒にして渓谷を歩き続ける四人だったが、未だにアンフィスバエナと遭遇することはなかった。


「全然現れないよ、アンフィスバエナ」


そんな中、プルームがフリューゲルに向かって不満げにぼやくと、フリューゲルは気まずそうに腕を組みながら呟いた。


「っかしいな、こんな筈じゃ無かったんだけどなあ」


「もしかして姉さんの前でカッコいい所を見せたくて勢いであんな提案をした訳じゃありませんよね?」

 

 エイラリィが目を細めながらフリューゲルの耳元で呟くと、言葉の節々だけ聞こえたようで、プルームはぽかんとした表情で首を傾げた。


「ほえ? フリュー、私に何か見せてくれるの?」


「ばっ! な、何で俺がこんなほんわかすっとぼけ女にそんな事しなきゃなんねーんだよ!」


「えへへ、やだなあフリュー、ほんわかだなんて」


「……褒められてませんよ姉さん」


 わあわあと騒々しく、三人が子供らしい内輪喧嘩をしていると、次第に薄暗くなっていく空にデゼルが不安を募らせた。


「段々暗くなってきた、このまま夜になったらさすがに危なすぎるよ、そろそろ戻らないと……今頃ラッザ先生も心配してるだろうし」


 そして計画の中断を提案しかけたその時だった。


「こんな辺鄙な場所に、子供だけでうろついているなんてどういう事なの?」


 突然の背後からの声に、四人は驚いて振り返る。


 そこにはローブを纏った一人の人物が立っていた。フードが深く被せられ顔はわからないが、声と背丈からは恐らく女性だろうその人物の左腰には細身の剣が携えられている。


「エリギウス王国の騎士?」


 するとローブの女性は、振り返った四人の格好を見るや否や、腰に差した剣の柄を握って構える。


 そして四人の子供達が感じ取ったのは目の前の人間から放たれる明確な殺意。ラッザからは一度も感じた事は無かった。スクアーロから感じた纏わり付くような不快な感情ともまた違う。


 自分達の命を脅かす初めての感情に、四人は恐怖で身動きが取れなくなった。瞬間、ローブの女性は腰の鞘から抜刀し四人との距離を一瞬で詰める。


「うわあああああっ」


 四人が恐怖の叫びを上げた直後、ローブの女性は子供達の脇を放たれた矢の如く通り抜け、子供達の背後に居た巨大な存在に向かって剣をはしらせる。


 ローブの女性が攻撃したのは魔獣アンフィスバエナ。渓谷を住処とする翼を持った双頭の蛇である。ローブの女性が放った二つの剣閃にアンフィスバエナの双頭は斬り落とされ、胴体が地に倒れる。


「あ、アンフィスバエナ? やっぱり居たのかよ」


 アンフィスバエナが倒れた衝撃による風圧で、ローブの女性のフードが取れ、その顔が顕わになっていた。


 その女性は十台半ば程で、腰まで伸びる流れるように美しい黒髪と、人形のように整った顔立ち、真っ直ぐで透き通る黒い瞳を持つ少女だった。

52話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。


誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。


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