51話 鳥籠の中の鳥達
その日の夜、屋敷の食堂。
長テーブルには白いクロスがかけられ、その上には多くの種類の料理が並んでいた。野菜のサラダ、薪で焼かれた獣の肉料理、煮られた魚料理、スープ、パン、フルーツ。一見豪華な料理ではあるが、その実栄養のバランスがしっかりと考えられ、成長期である四人の子供達の成育を促す事を第一とした夕食内容となっている。
そんな料理を味わう事もせず、フリューゲルは詰め込むように自身の分を平らげていく。
「っし、食い終わった。んじゃあデゼルいつもの場所で待ってるからな、今日こそお前に勝つ!」
そして夕食を食べ終えると、まだ半分も食事を終えていないデゼルに告げ、フリューゲルは食堂を飛び出すように後にした。
「はいはい、わかったよフリュー」
スープを口に運びながら了承するデゼル。いつもの事ではあるが、そんな慌ただしい光景にエイラリィは思わず漏らす。
「いつもいつもよく飽きませんね、デゼルも嫌なら断っていいんですよ」
しかしそんなエイラリィに、デゼルは笑顔で返した。
「嫌じゃないよ、フリューといると何か僕も元気をもらえるような気がするからさ」
「そう……ですか」
「性格はまるで正反対なのに、本当仲が良いよねフリューとデゼルは」
すると、ニココニコとしながら嬉しそうに微笑えむプルーム。
「え、そ、そう?」
「うん、何か本当に兄弟みたいだよ」
それを聞いたデゼルは少しだけ照れ臭そうに、頬を掻いた。
※
食事が終わり、子供達にとっての自由時間。
屋内訓練場では、デゼルと数度剣を交えた後、大の字で仰向けになるフリューゲルの姿があった。
「だああっくそ、やっぱり勝てねえ」
デゼルとの模擬戦を十本終え、今日も一本も取れなかったフリューゲル。そんなフリューゲルとデゼルの戦闘を、途中からではあるが食事を終えたプルームとエイラリィは見守っていた。
そしてふと、フリューゲルに尋ねるプルーム。
「ねえフリュー、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
「あ? 何が?」
「何でフリューはそこまで剣に拘るの? ラッザ先生が言ってたみたいに剣で戦うだけが騎士じゃないんだよ?」
その問いに口を噤むフリューゲル。
類まれなる弓の才を持ちながら、白刃騎士になる事に拘るフリューゲル。しかしフリューゲルはこれまでその理由をただ「かっこいいから」とお茶を濁すばかりで、プルーム達に語ることはしなかった。子供特有の純粋さだといえばそれまでなのだろうが、誰もがそれ以上にフリューゲルの持つ強い意志を感じていた。
「俺もそれは気になっていたんだ」
すると、屋内訓練場の入り口付近から声がし、四人が振り返ると、そこにはラッザの姿があった。
「ラッザ先生?」
ラッザはゆっくりとフリューゲルの元に歩み寄ると、フリューゲルの目を真っ直ぐと見て尋ねた。
「いい加減に答えたらどうだフリューゲル? それとも本当にかっこいいからだなんて薄っぺらい理由しか持ち合わせていないのか?」
すると、フリューゲルは俯き、しばらく黙した後で口を開く。
「俺はただ……ある人みたいな騎士になりたいんだ」
「ある人?」
フリューゲルの返した言葉に、ラッザは不思議そうな表情で聞き返した。
「その人は俺にとって一番凄い騎士なんだ。強くて、かっこよくて、俺はその人みたいな白刃騎士になるって決めてるんだ」
その言葉を聞き、ラッザはかつて自分が言った言葉を脳内に過らせていた。
《俺は、ウィン先生みたいな射術騎士になりたいんだ》
そして一人、静かに微笑むラッザ。
「俺もかつて、師に同じような事を言った覚えがある」
「え、ラッザ先生も?」
「ああ、俺の師は俺に弓を、兄には聖霊学を教えてくれた人でな、俺もその師のような凄い射術騎士になりたかったんだ」
「……ラッザ先生が射術騎士に?」
ラッザは語った。自分には弓の才は無く射術騎士になるのは諦めざるを得なかった。そんなもどかしさを払拭するように剣に没頭し、あらゆる流派を修得した。そして出来上がったのは一つの流派すら極められていない半端で愚かな騎士だったのだと。
自身を卑下するかのようなラッザに、フリューゲル達は悲しげな表情を浮かべる。しかし、ラッザはすぐに、四人に優しく微笑みかけた。
「だが、悪い事ばかりではない」
「え?」
「あらゆる流派に精通する俺だからこそ兄上からお前達の育成を任された。そして……俺と同じような過ちを犯させず済む」
優しく伝えるラッザの言葉はフリューゲルに静かに、確かに突き刺さっていた。
ラッザの言葉が自分を思ってのことであるというのは、子供であるフリューゲルにも十分に伝わっていた。だからこそフリューゲルは気まずそうに、意地を捨てきれない自分を恥じるように唇を噛み締めて、ただただ黙っていた。
※
それから数週間後のある日の事だった。四人の子供に会いたい人物がいるという事をラッザから告げられ、フリューゲル達は屋敷の応接室にてその人物を待っていた。
やがて扉が開かれ、ラッザと共にその部屋に入って来たのは、歳はフリューゲル達より少し上。十歳程の見た目をした赤髪の少年で、爪は鋭く黒く、ラッザと同じ孤島タリエラの民の特徴を持っていた。
その少年は四人を見た後に、ふと笑顔を浮かべる。それを見た瞬間、フリューゲル、デゼル、プルーム、エイラリィは背筋が凍り付くような錯覚に陥るのだった。
人形のように無機質な目、何かを観察するような冷たい視線、貼り付けられたような笑顔、送られてくる感情はおよそ人に向けられるようなものではなく、物、動物、或いは虫とでも相対して向けているかのようなそれであった。
「やあはじめまして、ではありませんが……こうして会うのは初めてではあるので、はじめましてという事でいいですね。私の名前はスクアーロ=オルドリーニといいます」
赤髪の少年は口早に挨拶を済ませる。そしてその名前を聞き、フリューゲル達は驚愕の表情を浮かべる。
スクアーロ=オルドリーニは、自分達の育ての親にして師匠でもあるラッザ=オルドリーニの兄にして、孤児である自分達を引き取った張本人。そしてこの特別養成所を開設した騎士でもあるのだ。そのスクアーロが自分達と同じ子供のような姿をしている事に、四人は動揺を隠せなかった。
「ふふ、驚くのも無理はありませんね。私は十二の時から疑似不老薬を投与しているもので、このような子供の姿を保ち続けているのですよ」
「ぎじふろうやく?」
「ええ、この大陸にある世界樹にまつわる逸話はご存じですか?」
スクアーロの問いに、プルームが真っ先に頷き、他の三人も後に続き頷いた。
「えっと、絵本で読んだ事があります」
エリギウス大陸には、とある逸話が伝わっていた。この大陸にそびえる巨大な世界樹は、数千万年以上前に地上界ラドウィードに存在していた古代のものである。そして竜牙の血戦にて七竜王と戦い瀕死の重傷を負った竜祖セリヲンアポカリュプシスが、世界樹の下で息絶えたその時、世界樹が偶然血を吸った事で朽ちることなく現在まで存在し続けているというものだ。
またその逸話は、伝承、民話、神話、あらゆる形で伝わり、今は絵本や物語等の娯楽としてもエリギウスの民には広く親しまれている為、プルーム達もそれを知っていたのだ。
「その物語の通り、実際にセリヲンアポカリュプシスの生き血には不老の力があります。そしてその血を吸った世界樹から抽出した樹液から疑似的な不老薬を作る事に成功しましてね、勿論本物のように完璧ではなく、投与し続けなくてはならないですし、見た目だけしか老化を阻害出来ないのですが……おっとそんな事より」
するとスクアーロは、ラッザの方を見上げながら切り出す。
「今大きな歴史の転換期に来ている。この子達が聖衣騎士に覚醒すれば私の功績が認められ、私は更なる高みへと行けます。成果の程はどうなのでしょうか? 未だに銀衣騎士に覚醒したという報告すら聞きませんが」
「……兄上の言う通り、この子達はまだ蒼衣騎士です」
「この子達の育成はあなたに一任している筈です、いったい何をやっていたのですか?」
厳しいスクアーロの指摘に口を噤むラッザ。
「この子達は優れた刃力を持って生まれた選ばれし子供達です。恵まれた人材、恵まれた環境、恵まれた設備、恵まれた食事。これだけの条件が揃っていて何の成果も得られないのはあなたが無能だからではないですか?」
ラッザを侮辱するような発言を聞き、フリューゲル達は表情を強張らせた。
「何だとてめ――」
「やめろフリューゲル!」
しかしラッザの静止で、スクアーロに食って掛かろうとしたフリューゲルは押し黙る。
「兄上、あと少しだけ時間をいただきたい。この子達は今着実に実力を付けている、いつか必ず優れた騎士となって兄上の……このエリギウスの力になってくれる筈です」
ラッザの熱意のこもった弁に、スクアーロはしらけたように目を瞑って首をゆっくりと振った。
「あの日から丸八年、もう既に失敗は確定なんですよ。私が欲しいのはいつかなどと不確定な未来に訪れる恩恵ではないのです。あれだけの犠牲を払って、これ程の時間を無駄にすることになるとは」
「兄上!」
スクアーロの放った言葉を遮るように、ラッザは強い口調で叫んだ。すると、大きく溜息を吐き、フリューゲル達に背を向けるスクアーロ。
「猶予はあと半年です。あと半年の内にこの子達が銀衣騎士にすら覚醒出来ないようであれば、この特別養成所は閉鎖します」
そう言いながら部屋を後にするスクアーロに、ラッザは頭を下げ、礼をしながら見送った。
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