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50話 在りし日の追憶

※    ※    ※


 十年前。


 エリギウス大陸の北天地方、(しろ)の空域にあるヴァープリルの町にはとある騎士を育成する特別養成所が存在していた。


 王都ディオローンに存在する王立の騎士養成所とは違い非公式に存在し、広大な敷地の中にぽつんと佇む一つの建物は、エリギウス王国所属の騎士、スクアーロ=オルドリーニが所有する屋敷としての体を成していた。


 そして、屋敷の中にある屋内訓練場では剣を交じえる二人の幼い少年の姿があった。


 一人は藍色の髪に水色の瞳をした端整な顔立ちの少年で名をフリューゲル=シュトルヒといった。もう一人は栗色の髪に翡翠色の瞳を持つ温和な雰囲気の少年で名はデゼル=コクスィネルといった。また、防御を捨て激しく突きを繰り出すフリューゲルとは対照的に、精確に堅実な捌きで攻撃をいなすデゼル。


「うわあっ!」


 すると、そんなデゼルの放った返しの剣の一撃を受けきれず、フリューゲルは後方に吹き飛んで尻餅を着く。


「そこまでだ!」


 二人の模擬戦を見守り、決した勝敗を判定したのは、赤髪をオールバックにした長身の青年で、名はラッザ=オルドリーニ。フリューゲル達の戦闘指南と教育を務めるエリギウス王国所属の騎士である。


「くっそお、また負けた! 何で俺は何回やってもデゼルに勝てねえんだよ」


 床に大の字になって悔しそうに叫ぶフリューゲル。


「ごめん、大丈夫フリュー?」


 そんなフリューゲルを見て、申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にするデゼル。


「謝んなよな、余計みじめになるだろ」


 するとフリューゲルは力なく呟いた直後、一気に体を起こし、再び剣を構えた。


「よし、もう一本やろうぜデゼル」


「え、でも」


 やる気満々のフリューゲルにたじろぎながら、デゼルはラッザの様子を伺うようにちらりと一瞥(いちべつ)した。するとラッザは深く嘆息し、言う。


「今日の剣の訓練はここまでだ。次は弓の訓練の時間だ」


「えー、いいよ弓の訓練なんてつまんねえ、今日は弓の授業なんてやめにしてずっと剣の訓練にしようぜ」


 すると、そんな二人のやり取りを見て、少し離れた場所で剣の稽古をしていた二人の少女がフリューゲルの元に歩み寄る。


「もう、いつもそんなわがままばっかり言ってたら駄目だよフリュー、ラッザ先生が困ってるよ」


「ぷ、プルーム」


 優しくフリューゲルを窘める、赤髪をポニーテールにした可憐な少女の名は、プルーム=クロフォード。自分を覗き込むプルームの顔を見た途端、フリューゲルは顔を赤くしてそっぽを向いた。


「フリューゲル、あなたは私の次くらいに剣のセンスが無いんですから、いい加減白刃騎士になるのは諦めたらどうなんですか?」


「いつもいつもうるせえなエイラリィ、そんなの俺の勝手だろ!」


 淡々とした口調で忌憚の無い意見を述べるのは、ウェーブのかかった赤髪を肩まで伸ばした無表情な少女で、名はエイラリィ=クロフォード。プルームの双子の妹である。


「はは、フリューは頑固者だからね」


 そして、物腰柔らかく語りかけるデゼル。


「頑固だとかそういう次元の話じゃねえんだよデゼル。俺はこの剣一つでエリギウス王国の騎士になるって決めてるんだからさ」


 するとそんなやり取りを遮るように、ラッザは両掌を打った。


「よし、無駄話はここまでだ。フリューゲル、そういう大きい事はデゼルの前にプルームに剣で勝てるようになってから言う事だな」


 この養成所において剣の実力はデゼル、プルーム、フリューゲル、エイラリィの順であり、それを皮肉るようにラッザは言った。


「うぐっ! ラッザ先生、俺にはシャルフヴァーレハイト流剣術が合ってないんじゃねえの? プルームとエイラリィのレイ・レグナント流やデゼルのベルフェイユ流みたいな他の流派を教えてくれよ」


 オルスティア五大流派の一つ、シャルフヴァーレハイト流剣術とは主にメルグレイン王国に伝わる流派で、片手持ちによる突き技主体の剣術であり、最速最短で敵を穿つを信条とする刺突剣術である。


 またレイ・レグナント流剣術は攻守共に隙が無い王道剣術であり、主にエリギウス王国に伝わる流派。ベルフェイユ流剣術はしなやかに攻撃を受け流すカウンター主体の柔剣術で主にレファノス王国に伝わる流派である。


 このように各王国には別々の流派が伝わっており、各国の騎士は基本的に自身の国に伝わる流派を会得する。そしてラッザは各国の流派に一通り精通しているため、各人に合った流派を修得させていたのだった。


「あのなフリューゲル。オルスティア五大流派の始祖は、各国の種族の特性に合わせて剣術を編み出したんだ。メルグレインの民であるお前はシャルフヴァーレハイト流を会得するのが最も剣を上達させる近道だ。それに一つの流派も満足に極められずに、別の流派を会得しようなどと愚かもいいところだ」


 ラッザに厳しい口調で諭され、フリューゲルはぐうの音も出なくなり、膨れ面でそっぽを向くのだった。

 




 数十分後、屋敷の中に在る射術場にてフリューゲルを抜かした四人の子供は一列に横並びになり、不規則に動く拳大程の大きさの的に向かって弓銃を構え、矢を次々と放つ。デゼルは十本の内八本程の割合で的に矢を当て、エイラリィは十本の内五から六本の割合で矢を当て、プルームは全ての矢を的に当てていく。


 しかしフリューゲルは一人、的までの距離を他の四人とは三倍以上に取りながらも、全ての矢を的に当てていた。フリューゲルから見る的の大きさは、小指の先程にも満たない、にも関わらずである。


 するとフリューゲルは、欠伸をしながらさも興味なさそうな様子で矢を放つ。しかし、放たれた矢はその後も決して的を逃す事は無かった。


 そんなフリューゲルに、ラッザは神妙な面持ちで近付き声をかける。


「フリューゲル、やはりお前には弓の才能がある。今からでも狙撃騎士を目指すべきだと思うが」 


「やだよかっこわりぃ、俺は白刃騎士になりたいんだ」


 しかしそんなラッザの提言をすぐさま拒否するフリューゲル。


「遠くから敵をちまちま狙うなんて男らしくないだろ、やっぱり男なら剣で敵とガシガシと斬り合わないとさ」


「やれやれ、そんなくだらん事を言っているようじゃ、お前もまだまだ騎士となるには未熟すぎるな」


「な、なんでだよ」


 苦言に対し不満気に返すフリューゲルに、ラッザは嘆息と共に続ける。


「いいかフリューゲル、剣で戦う事だけが騎士として勇敢である訳ではない。騎士にはそれぞれの役割があり、どの騎種においても勇敢さは必要不可欠だ。狙撃騎士だってそうだ」


「へん、何とでも言えよ、俺はこの剣でエリギウスの騎士になるって決めたんだ」


「……まったく」


 自分の真摯な言葉がフリューゲルに全く届かない事に、ラッザは残念そうに肩をすくめた。


50話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。


誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。


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