49話 竜魔騎兵
「――何て言うと思ったかこの阿呆!」
すると突然、回していた腕に全力を込め、フリューゲルを締め上げるヨクハ。
「ガハッ! く、くる……し」
フリューゲルがヨクハのベアハッグに成す術が無く、口から泡を吹きそうになった所で、ヨクハは両腕の力を緩めた。
その場にうずくまり激しく咳き込むフリューゲル。
「げほっ、げほっ、いきなり何しやがんだ!」
「やかましい、貴様こそ勝手に島を出て音信不通になったあげく、盗賊紛いの事までやらかし一体何のつもりじゃ?」
「うるせえっ、騎士団として始動する準備は整ってたのにヨクハ姉がいつまで経っても重い腰を上げなかったからだろうが」
「整っておらんわ阿呆、ソードの開発に敵国の情勢の把握、戦術の構築に人員の確保と育成。あの時点でやるべき事は山程あったんじゃ」
言い合いの中でヨクハに苦言を呈されると、フリューゲルはふと拳を固く握り締めた。
「俺は、あいつを……スクアーロを倒さなきゃ前に進めない、その為に俺は剣を捨ててまで狙撃騎士になったんだ」
そしてそんな拳とは対照的に、その瞳は薄っすらと悲しみを覗かせていた。
「だとしても独りで一個騎士師団相手にどうにかなるとでも思っておるのか?」
「俺の能力と戦法ならスクアーロの野郎を仕留められる。それにこの一ヶ月で俺は〈連理の鱗〉のソードを二十器は落している」
「自惚れるなよフリューゲル、騎士師団長程の相手に何度も同じ戦法が通じる筈が無い」
尤もな意見で攻め立てるヨクハであったが、そんな正論を前にしてもフリューゲルは怯む事なく眼光を鋭くさせた。
何かを決意しているかのように、覚悟をしているかのように、その眼はただ真っ直ぐに、ただ頑なに、あるものだけを見据えていた。
「同じじゃねえ、切り札ならまだ残している」
「切り札じゃと?」
「来月、捌の月に第十二騎士師団〈連理の鱗〉は大規模演習を行うという情報を得ている。奴とはそこで決着を付ける」
「……何度も襲撃を受けているスクアーロが、お主の襲撃を予測しておらぬとでも?」
「だったら、ヨクハ姉は俺と一緒に〈連理の鱗〉と戦ってくれるってのかよ!?」
フリューゲルの懇願するかのような叫び、しかしそれでもヨクハは至極冷静に、或いは冷淡に返す。
「それは出来ん、身内の私情を酌んで戦う相手を選んだとあっては他の団員にも同盟を結ぶ〈因果の鮮血〉にも示しが付かんからな」
それを聞き、フリューゲルは失望したようにヨクハに背を向けた。
「スクアーロはあんたにとっちゃ、大勢いるエリギウス帝国の騎士の一人にすぎない。けど俺達にとっちゃ大切な人を殺した仇なんだ」
フリューゲルはそう言うと鎧胸部の開いたパンツァーステッチャーの操刃室に飛び乗り、鎧胸部を閉鎖させると、動力を起動させた。
『俺は戦うぜ、例え独りでもな。あと、この島にはもう戻らねえ、調査でも何でも好きにしな』
そしてそう告げると、パンツァーステッチャーと共にそのまま島から飛び去って行ってしまった。
そんなフリューゲルを追う事もせず、ヨクハは彼方へと消えていくパンツァーステッチャーの残影を、悲しげな瞳で見つめ続けていた。
するとヨクハを、気遣うかのようにそっと声をかけるソラ。
「なあ、ヨクハ団長」
「……なんじゃ?」
「ヨクハ団長って今いくつなんだ?」
しかしそれは、気遣いとはあまりにも程遠い言葉である。
「おいそれは今、この空気の中で聞く事か? しかも女に年齢を尋ねるなど貴様良い度胸をしておるな」
ソラの空気の読まない質問に、ヨクハはすわった眼で腰の鞘から羽刀を抜いた。
「ごめんなさい」
ヨクハに凄まれ、ソラはカナフの後ろに隠れるのだった。するとカナフは神妙な面持ちでヨクハに問う。
「団長、俺からも一つ聞いていいか?」
「何じゃ?」
「あのフリューゲルという男、そしてクロフォード姉妹とコクスィネルの四人は一体何者なんだ?」
その疑問は、カナフが〈寄集の隻翼〉が、名も無き騎士団であった頃に入団した時から、抱いていたものだった。
シーベットとパルナを含め、全員で僅か六名しか在籍していなかった孤児院の出身だというプルーム、エイラリィ、デゼル。
その内の三人が、聖衣騎士に覚醒している事だけでも奇跡的な確率であるにも関わらず、フリューゲルを含めれば四人である。それは正に天文学的確率であり、偶然にしてもあり得る筈が無い。
そして核心を突くようなカナフの追及に、ヨクハはしばしの沈黙をした後、それを破り打ち明けた。
「フリューゲル、プルーム、エイラリィ、デゼルの四人は正確に言うならば聖衣騎士ではない。スクアーロ=オルドリーニに生み出された人工聖衣騎士、“竜魔騎兵”なんじゃ」
竜魔騎兵、その言葉を聞きカナフの顔色が変わった。対照的に不思議そうに首を傾げるソラ。
「何だその、りゅうまきへいって?」
「レイウィングが知らないのも無理はない。エリギウス帝国では公にされず歴史の闇に葬られた言葉だ。しかしスクアーロ=オルドリーニの実行した竜魔騎兵計画、それこそがこのオルスティア統一戦役の引き金となった発端でもある」
十年前に勃発し、現在もこのオルスティアで続いているオルスティア統一戦役の引き金。カナフに告げられた衝撃の事実に、ソラは唖然とし、ただ呆然とする事しか出来なかった。
※
数時間後。
ソラ、ヨクハ、カナフの三人は既に本拠地に帰陣していた。
日は沈み、二つある大小の月が空に煌々と輝く。そしてそんな夜の本拠地聖堂の中には、〈寄集の隻翼〉の全騎士団員が集結していた。
その中で、プルームとエイラリィとデゼルの三人は特に神妙な面持ちをして佇んでいた。
「……そっか、フリューがそんな事を」
ヨクハからフリューゲルの話を聞き、悲しげに囁くプルーム。
「でも、とりあえずフリューが元気そうで良かった」
フリューゲルが無事である事を知り、安心したように息を吐くゼル。
「とはいえ独りで一個騎士師団に挑もうなんて相変わらず無鉄砲ですねフリューゲルは」
呆れたように呟くエイラリィ。
そんな三人の様子を見て、ソラは抱いていた疑問を思い切って投げ掛けた。
「何であいつは独りで、そうまでして第十二騎士師団〈連理の鱗〉に挑もうとしてるんだ?」
「ソラ君は……私達が竜魔騎兵って呼ばれる存在だっていう話はもう聞いたかな?」
人工的に聖衣騎士として生み出されたという竜魔騎兵。詳細は解らないが、ソラはプルーム達の出で立ちを憂い、ばつが悪そうに頷いた。
「私達はねエリギウス大陸で生まれて、八歳になるまで皓の空域にあるヴァープリルの町で育てられたの」
初めて聞くプルーム達の意外な生い立ち。封怨の神子となる事を強いられ特殊な環境で育ったソラには、彼女達がどこか他人事には思えず、その語りに真剣に耳を傾けるのだった。
「そこで一緒に育ったのが、私とエイラとデゼルとフリューだった。そして私達を育ててくれたのが、ある一人の騎士だったんだ」
プルームは、哀しさや懐かしさ、そして温かさが入り交じったような遠い目をしながら続ける。
「フリューの中ではきっと……ううん、私達の中でもあの日のままずっと時間が止まったままなんだと思う」
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