46話 選ばれざる者
「俺がエイラリィちゃんに?」
「はい、銀衣騎士に覚醒出来ず、永久に蒼衣騎士である事を運命付けられたあなたは、私と同じ選ばれざる者の筈です。私は少なくともそう思っていました」
少しだけ悲しげに語るエイラリィの言葉をソラは黙って聞き入った。
「でもあなたは決して諦めなかった。毎日剣を振り、どんなに打ちのめされても決して折れず、ただひたすらに突き進んでいた。そして曲りなりにも騎士師団長と渡り合い、今ではヨクハ団長に剣の手ほどきまで受けている」
「手ほどきというか、毎日ボロボロにされてるだけなんだけど今の所」
「いえそれでも、ヨクハ団長が鍛錬において、あそこまで本気で剣を振るのを見るのは初めてです」
「え、そうなの?」
「はい、そして私はそんなあなたがきっと羨ましかったんだと思います」
エイラリィの抱いていた意外な想いに、狼狽えながら聞き返すソラ。
「お、俺に羨ましがるような要素ある?」
「私は諦めてしまいましたから」
俯き、少しだけ悔しそうに拳を固めるエイラリィを見て、ソラはただその話に耳を傾け続けた。
「私は、ずっとヨクハ団長や姉さんのような立派な騎士になりたくて、剣や弓の鍛錬をずっと続けていたんです」
「エイラリィちゃん」
「でも私は駄目でした。どんなに鍛錬を続けても、どんなに必死になっても、私に芽が出る事は遂にありませんでした。そして私は支援騎士になる道を選んだ……いえ、選ばざるを得なかった」
俯いた顔を再び上げ、真っ直ぐな視線でソラを見つめるエイラリィ。どこか覚悟を決めたかのように、何かを払拭しようとするかのように。
「そんな時、あなたがこの騎士団にやって来た、そしてあなたを見ていて私の中にまだ燻った何かが在るのだと気付かされた」
言いながら、エイラリィは腰の鞘から剣を抜き、正眼に構えた。
「だからあなたに終わらせて欲しいんです……この燻りを、この葛藤を、この想いを」
真剣な眼差しで剣を構えるエイラリィに、ソラもまた剣を抜き、正眼に構えた。
「わかったよ、エイラリィちゃん」
そして、対峙する両者。
「お手を煩わせてしまってすみませんソラさん、それでは行きます!」
言い終えると、エイラリィは剣を振りかぶり、地を蹴って間合いを潰す。そして振り上げた剣を一気に振り下ろした。
対し、ソラはその一撃を外側に弾いていなす。
剣を弾かれたエイラリィは僅かにバランスを崩すが、そのまま横に一回転しながらの横薙ぎを繰り出す。するとソラはそれを剣で遮り防御。
続けざまの連撃、上段からの振り下ろし、横薙ぎ、突き。しかしソラはその連撃を全て受け流すと、斜め下方に構えた剣を、エイラリィの剣に向かって振り上げた。
瞬間、エイラリィの髪が剣圧で揺れ、後方の竹がしなる。目に焼き付いたのは一筋の閃光であった。
そして、エイラリィの手には刀身を失った剣の柄があり、剣の刀身は回転しながら宙を舞う。やがて折れた刀身が大地に突き刺さり、エイラリィは初めて自身の置かれた状況を理解した。
直後ソラは突然顔面蒼白になり、動揺したようにエイラリィの持つ剣の柄と、折れて地に突き刺さった刀身を交互に見ていた。
「ご、ごごごめん!」
するとソラが剣を腰の鞘に納め、珍しく、激しく動揺したような様子で土下座して謝罪する。
「俺、エイラリィちゃんの剣折っちゃって、そこまでするつもりじゃなくて……その」
しかし、エイラリィはそんなソラを見て、少しだけ柔らかに微笑むと、折れた剣を腰の鞘に納めた。
「ありがとうございますソラさん」
感謝の意を示すエイラリィの言葉に、ゆっくりと顔を上げるソラ。
「こんな私に本気で向き合ってくれて嬉しかったです」
「エイラリィちゃん」
「そして、これでようやく私も前に進めるような気がします」
エイラリィはそう言うとソラに一礼し、背を向けてその場を去ろうとした。
「なあエイラリィちゃん」
ソラに声をかけられ、その足を止めるエイラリィ。
「俺もプルームちゃんも、団長だって、大切な人が傷付いた時その人を癒す事なんて出来ないし、他のソードのサポートだって出来ない。エイラリィちゃんは誰にも出来ない事をやってるんだよ」
「私は……それしか出来なかったから」
そう卑下するエイラリィの背中にソラは言葉を続ける。ソラ自身もまた己を卑下するかのように、しかしそれでいながらエイラリィを敬うかのように。
「俺、自分には戦う力なんて無いと思ったから最初は支援騎士になりたかったけど、団長に『お前は白刃騎士以外無理』って言われたから仕方なく白刃騎士やってるだけなんだ。支援騎士は気が利いて優しい奴じゃなきゃ無理なんだって、それって立派な才能だと思うよ」
「私が……優しい?」
「俺がプルームちゃんとの訓練中、エイラリィちゃんは何だかんだずっと付いててくれた。どんなに疲れててもソードが傷付いたらソードの修復を必ずしてくれた。ソードをいつも傷付けちまうって謝るデゼルをぶっきらぼうな言葉で励ましてた」
言いながら、ソラは優しい笑みを浮かべた。
「俺、ずっとエイラリィちゃんはすげえ騎士だって思ってたよ。最強の支援騎士だって」
「……ソラさん」
その言葉に、エイラリィはソラに背を向けたまま、柔らかに微笑んだ。
しかしその表情をすぐにいつものような無表情へと戻すと、振り返って言う。
「ソラさんて、普段は何考えてるか解らなくて全然頼りなさそうなのに、そういうきざったらしい台詞をさらっと吐ける人間なんですね」
「え、そんなきざったらしかったかな? ていうか前半ボロクソだな」
「そんな事ばかりしてると、知らず知らずの内に多くの女性を悲しませるような男になってしまいますよ」
「えぇっ何で!?」
「でも、ありがとうございます」
そしてエイラリィは、今度はソラに向けて一瞬だけ微笑むと、足早にその場を去って行った。
「あ、そういえばエイラリィちゃんが『聖衣騎士に覚醒するのが分かってた』って言ってたけど、それについて聞くの忘れてた」
ソラはハッとして、その事を思いだしたが、既にエイラリィはその場から居なくなっていたため、機会を改めることにしたのだった。
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