45話 エイラリィの想い
ソラは、イルデベルク島でウィンに教えを受けた話を掻い摘んで話した筈なのだが、カナフがどこか寂しそうに呟く。
「……何故だか心が傷付いた気がするな」
しかしすぐに咳払いをしていつもの冷静な表情になると、ウィンという名に思い当たる節があるかのような素振りをした。
「いや、そんな事よりもウィン……まさかな」
「え、カナフさんもしかして知り合いですか?」
「いや、少し聞いた事がある名だっただけだ。一応参考までにそのウィンという男のセカンドネームは何だ?」
「えっと、確かウィン=クレインって呼ばれてたような」
直後、それを聞いたカナフの顔色が変わり、口元に手を当てながら確信めいたように言葉を返す。
「やはり間違い無い、その男は俺の知るウィン=クレインだ」
「もしかしてウィンさんて有名人だったりするんですか?」
「……金色の死神」
カナフの口から出たその穏やかでない単語に、ソラの表情が強張った。
「ウィン=クレインは優秀な聖霊学士としてあらゆる研究や開発を担っていた。また銀衣騎士でありながらエリギウスの騎士師団長を務めた唯一の男であり、そして一度戦闘となれば、一切容赦無く相手を仕留めるその姿から金色の死神と呼ばれていたんだ」
そしてカナフの説明を聞くと、ソラは驚愕したように目を丸くした。
「あ、あの優しそうなウィンさんが!」
するとヨクハが間に割って入る。
「成程のう、しかしそれ程の男がエリギウスを離反して燻っているとは勿体ない、どうにかしてこちらに引き入れる事が出来れば心強いが」
「……いや」
しかし、それを聞き芳しくない表情のソラ。何故ならソラにとってウィンは紛れもなく命の恩人であり、そしてウィンとアーラ、二人の確かな笑顔と幸せが、穏やかな暮らしの中に在ったからだ。
「あの人の過去がどんなだったか俺は知らないけど、あの人は今、アーラちゃんって孤児の子供と幸せそうに暮らしているんだ、こんな戦争に巻き込むような事はさせたくない」
「甘っちょろい奴じゃのう、その幸せとやらが奪われたくなければ戦うしかないじゃろ、また以前のようにそ奴の元に刺客が差し向けられぬとも限らん」
「……そ、その時は俺達で守ってあげるとか」
「勘違いするな、わし等は慈善事業団体ではない」
いつになく厳しい口調のヨクハ、そのどこか冷たく鋭い眼光にソラはたじろぐ。
「だがまあ、その時はその時で恩を売ってこちら側に引き入れるというのも悪くは無いか」
「はあ、何かすっごい打算的だな」
「当然じゃ」
そうして一旦ウィンの話は終わり、場が解散しようとした。すると――
「あの、ソラさん少しいいですか?」
ソラの試験の場に立ち会いながら、終始無言であったエイラリィがソラに声をかける。
「ん? なにエイラリィちゃん、ってか団長の命令とはいえわざわざ俺の為に待っててくれてありがとな」
「わしは別にエイラリィはここに呼んでおらんぞ」
「そうなの? え、じゃあ俺が切腹したらどうするつもりだったんだ?」
「阿呆、本気にするでない。こんな所で切腹されたら後始末が大変じゃろ色々と、はみ出たものの掃除とか」
「ちょっとそのリアルな感じやめてくれないか? 何か想像しただけで気分悪くなって来た」
顔色を悪くさせ、えずくソラに、エイラリィは顔色を変えずに再び声をかける。
「ソラさん、今時間はありますか?」
「あ、ああそうだったごめんエイラリィちゃん、何か俺に用?」
「はい、私はあなたにお願いがあって、あなたの試験が終わるのを待っていたんです」
神妙な面持ちのエイラリィに、ソラも真剣な態度になると、話をする為に聖堂の外へと出る。
そして二人きりとなったところで、ソラがエイラリィに尋ねる。
「それで、俺に話って?」
「はい、率直に言います、ソラさん私と立ち合ってもらえませんか?」
そんな端的な答に、呆けながら再度尋ねるソラ。
「えっと立ち会うって……何に?」
「そうではなくて、私と手合せしていただけませんかという意味です」
理解が遅いソラに、エイラリィは痺れを切らしたように嘆息して言い直した。するとそれを聞き、ソラは驚いたような表情をする。
支援騎士であるエイラリィからの、突然の手合わせの申し出。形式や方法は不明であるが、何故自分となのかと、ソラは少し困惑していた。
エイラリィは支援騎士であり前線で戦う騎種ではない、それに自分に対していつもどこか壁を造っているように感じていたエイラリィが積極的に関わってこようとする事が不思議だったからだ。
「俺がエイラリィちゃんと? えっと……何で?」
「もしかして忙しいですか?」
「いや、別に午前中はもう暇だけど」
「そうですか、では付いて来てください」
そうしてソラはエイラリィに言われるがまま、訓練場である竹林に付いて行くのだった。
※
その後、竹林の中で向き合う二人。
「えっと、突然どうしちゃったのエイラリイちゃん?」
エイラリィの突飛な申し出にたじろぐソラに対し、エイラリィは少しだけ言葉を詰まらせ、そして返した。
「これからする話はソラさんにとってはつまらない話かもしれません、それに私のこの行動はきっと私の自己満足の為です、付き合わせてしまってすみません」
目を伏せてしおらしく、そしてどこか後ろめたそうに漏らすエイラリィに、ソラは気遣わしげに尋ねる。
「何かあった?」
「私……思えばずっとソラさんに対して冷たい態度を取っていましたね」
エイラリィは言い淀んだが、すぐに続けた。
「でもほら、それはエイラリィちゃんの生まれ持った性格だから」
「さらっと失礼な事を言いますねあなたは……勿論それもあると思いますが、私はあなたに対してずっと苛々とした感情を抱いていたんです」
歯に衣着せぬ返答に、少しばかりのダメージを負うソラ。
「それは何故なのか? ずっと考えていました。あなたが軽率な人間だと思っていたからなのか……でもあなたの過去を聞いてからも、私の中にあるあなたに対しての苛々やもやもやとした感情が払拭出来ずにいました」
――俺、エイラリィちゃんに何かしたっけ?
心配になったソラは一人、心の中で思い当たる節を探すのだったが特にこれといって覚えは無かった。
「でもようやく気付いた」
するとエイラリィは伏せがちな視線を真っ直ぐにソラへと向けた。
「私は……あなたにずっと嫉妬していたんです」
予想外のその言葉に、ソラはぽかんとした表情で佇む。
「え、俺に? 何で?」
「私は昔からずっと、姉さんに負い目を感じて生きてきました」
「プルームちゃんに?」
エイラリィの姉であるプルームは、騎士としての資質に恵まれていた。特に弓の腕に優れ、思念操作式飛翔刃の扱いに至っては他の追随を許さない程である。
更に思念操作式飛翔刃の動きを強化する戦闘向きの竜殲術も持っており、そして遂には神剣に認められる騎士にまでなったという事は、この戦役で勝利の鍵を握る程の騎士と言っても過言ではないという事だ。
エイラリィは再び、視線を少しだけ落として続けた。
「私は……弓では勿論ですが、姉さんがあまり得意としていない剣術に関してもこれまで一度も勝つ事は出来なかった。思念操作式飛翔刃の適正も無く、それでも強力な竜殲術が発現すれば何かが違ったんでしょうが、聖衣騎士として覚醒して発現した能力は他者を癒すという戦闘には不向きな能力でした」
「でもエイラリィちゃんは聖衣騎士にまで覚醒してるんだよ、それって凄い事だよ、エリギウス帝国にすら二十人くらいしかいないっていうし、その時点で騎士の中の騎士だろ」
「いえ、そんなに誇れる事ではありません。私が聖衣騎士として覚醒する事は既に分かっていた事ですので」
「どういう事?」
「その話はその内します」
意味深な発言にソラが訝しげに首を傾げると、エイラリィはお茶を濁すのだった。
――すごい気になるんだけど。
「つまり何が言いたいのかというとですね、あなたは私と似ていたんです」
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