43話 迅雷の射手
そこは氷雪の群島であるイェスディラン、塵の空域にあるフォルセス島。
周囲を巨大な円錐状の氷に囲まれた城塞の前に、数十騎のソードが降り立つ。
そのソードの騎体名はエスパダロペラ。かつて地上界ラドウィードに存在していた孤島国家タリエラの主力量産剣であり、以前ルイン島でソラがウィンという名の神父を救う際に戦ったソードでもある。
また、騎体は同じエスパダロペラでありながら、基調とされるカラーリングは赤の騎体、緑の騎体、紫の騎体、そして青の騎体の四種である。
そして数十器のエスパダロペラの左胸には、竜の鱗を抽象的に描いたような紋章が刻まれており、エリギウス帝国直属第十二騎士師団〈連理の鱗〉である事を示す。
また、青いエスパダロペラの内一騎だけ、各推進器から放出される粒子で形成される騎装衣が金色である騎体が存在していた。
それを操刃するのは、見た目は十歳程の幼い少年で、孤島タリエラの民であることを示す赤髪と猛禽類のような鋭く黒い爪を持っていた。
その騎士は〈連理の鱗〉師団長、名をスクアーロ=オルドリーニといった。
「やれやれ、これ程内乱が頻発するとは、抑止力がまるで足りていない証拠ですね」
自身が治める領空内での内乱制圧任務を終え、操刃室の中で一人ぼやくスクアーロ。
「しかし連中、反乱軍連合騎士団〈亡国の咆哮〉などと名乗っていましたが、どこかで糸を引いている奴がいるという事ですか……」
その時、本拠地の伝令員からの伝声が入る。
『伝令員よりスクアーロ師団長、西の方角に一騎の所属不明騎を確認しました』
その報告を聞き、スクアーロが目を向けると、自身の騎体の探知器に一騎のソードの反応が映し出されているのを確認。そしてスクアーロはその探知器の示す方角へと視線を送るが、遠距離のため対象を視認する事は叶わなかった。
次の瞬間、スクアーロは何かが自分へと向かって来るのを感じ取り、咄嗟に騎体に回避行動を取らせた。刹那、自騎の背後に居たエスパダロペラが稲妻を纏った光矢に貫かれ、その場で爆散する。
更に第二、第三の矢が飛来し、エスパダロペラの腹部に直撃すると、二騎のエスパダロペラが爆散した。
「何者かによる狙撃です! 全騎、抗刃力結界を展開しなさい!」
スクアーロの指示により、その場に居るエスパダロペラは結界を張り、白く発光する球体に包まれた。それにより稲妻を纏った光矢は結界に阻まれるも、それでも結界を貫きながらエスパダロペラの装甲を穿つ。
やがて狙撃は止み、その場に居たエスパダロペラの計五騎が撃墜されていた。
『ぶ、無事ですかスクアーロ師団長?』
スクアーロに対し、心配そうに震え声で伝声を行うのは赤いエスパダロペラを操刃する騎士。藍色の髪に水色の瞳の気弱そうな少年は、かつてソラと同じ騎士養成所に所属し、同部屋であった見習い騎士、アイデクセ=フェルゼンシュタインである。
「ええ、心配には及びませんよアイデクセ。それにしても抗刃力結界を貫くとは……伝令員、敵の位置詳細を送りなさい」
スクアーロが歯噛みしながら本拠地の伝令員に狙撃をして来た騎体の場所の特定を急がせる。
『駄目です、既に探知器の範囲外へ離脱』
「またですか、どんな奴かは知りませんがこれで今月に入って三度目の襲撃。しかし結界を貫く威力といい、一方的な狙撃が可能でありながら狙撃が途中で止んでいることといい、恐らく使用しているのは消耗の激しい刃力核直結式聖霊騎装」
スクアーロが一人推測を立てながら呟いていると、その時〈連理の鱗〉を襲撃したソードの騎士であろう人物から、スクアーロに初めての伝声が入る。スクアーロは相互伝声を許可し、初めてその人物と伝声器越しに会話をするのだった。
「おやおや、ようやく対話をしてくれる気になりましたか、どなたかは存じませんがこの一ヶ月でエスパダロペラ二十騎近くを撃墜してくれた罪は重いですよ」
『……スクアーロ、俺はお前を必ず射殺す』
「はて、何か私に恨みでもあるんでしょうか? 正直覚えがありすぎて特定する事は出来ませんが」
『俺達はお前の都合で生み出され、お前の都合で処分されそうになり、“あの人”もお前のせいで死んだ。お前だけは許せねえんだよ』
それを聞き、スクアーロは突然姿勢を前のめりにさせ、目を見開いた。
「まさかあなたは“竜魔騎兵計画”の! ……この超長距離狙撃は何らかの竜殲術が可能にしていたということですか」
するとスクアーロは一人、操刃室の中で体を震わせ、突如恍惚の表情を浮かべだした。
「まさかあの時逃がした魚が自ら私の元に帰ってくるなんて、僥倖とはこの事ですね」
一人狂喜の声を上げるスクアーロを余所に、スクアーロと伝声を行っていた人物は最後に伝声を行う。
『常に気を張っていろスクアーロ、俺はいつでもてめえを狙っている。そして必ず射殺してやるからよ』
直後、〈連理の鱗〉を襲撃した人物からの伝声が切断された。
するとスクアーロは、年端もいかな幼い顔には似つかわしくない狂気に塗れたような表情を浮かべていた。
「私の元から去った四人の竜魔騎兵、必ず探し出して再び私の物にしてやる」
※
ツァリス島、〈寄集の隻翼〉の本拠地である聖堂の一室で、ソラ=レイウィングは机と向き合い、一枚の紙切れに神妙な面持ちでペンを走らせていた。
そんなソラを見守るように、その周囲にはヨクハ、カナフ、そしてエイラリィが立っている。
「時間じゃ、そこまで」
ヨクハが手に持っていた時計を見ながらそう言うと、ソラはペンを止め、椅子に思い切りもたれかかれながら疲労を顕わにした。
「ふー、終わったあ」
「よし、採点に入るぞ」
無表情で採点に入るカナフを見ながら、どこかハラハラとした様子で落ち着かないソラ。
二週間前、ソラはカナフに受けていた座学の集大成として、本日テストを受けるようヨクハに申し付けられていたのだった。そしてテストの結果九割以上の点数が取れなかったら何らかのペナルティを与えると伝えられていたのだ。
「それでヨクハ団長、点数が九割以上取れなかった時のペナルティって結局何なんだ?」
「うーむ、そうじゃのう……もし及第点でなかったらお主、切腹しろ」
「せっぷく? 何だそのせっぷくって?」
「腹を切るという意味じゃ」
「はらをきる? えっ腹を切るって事? ああナパージの諺とかいうやつか」
「いや、そのままの意味じゃ、遠い昔ナパージの騎士は責任を取る時、自分で自分の腹をかっさばいて自決したものじゃ、それはそれは見事な散り様であったらしいぞ」
したり顔で言い放つヨクハに、ソラは顔貌を青くさせた。
「は? なにそれ! いや、無理無理、何で自分で自分の腹をかっさばなきゃならないの? てか何その風習? ナパージの人達って変態の集まりなのか!?」
「失礼な事を言う奴じゃのう」
「あ、もしかしてエイラリィちゃんがここに居るのって俺が腹を切った時のため? 嘘でしょ、あ、あんたマジでやらせる気?」
引いた様子でヨクハに猛抗議するソラ。ソラとヨクハがそんなやり取りをしていると、カナフの採点の手が止まった。
「終わったぞ」
「え、もう?」
「発表してもいいか?」
「はい、どうぞ!」
ソラは両手を組み、祈るようにして天を仰いで目を瞑った。
「まず一桁目の点数から発表するか?」
「いいからはやくしてくれ!」
焦らそうとするカナフにソラがすかさずツッコんだ。
「92点だ」
「本当にさらっと言った!」
「お前がそうしろと言ったんだろ」
「……あーでもよかった、一応九割以上だった」
事前に言われていた合格点に届いた事でソラはほっと胸を撫で下ろしていた。しかし反対に、ヨクハはどこか不服そうに舌を打ってみせた。
「あの……ヨクハ団長、何で少し残念そうなんだよ」
「気のせいじゃろ。それにしてもお主、座学でいつも眠たそうにしていたらしいが、その割には良い出来じゃったな」
「ん? ああ、実はここ最近の一週間は、ウィンさんって人に勉強教えてもらってたからな」
43話まで読んでいただき本当にありがとうございます。
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