42話 寄集の隻翼――よせあつめのせきよく
それからソラは、すぐにエリギウス大陸に渡り、帝国の騎士養成所の門を叩いた。エリギウス帝国の騎士となればいつかはエルに会えると思ったからだ。
しかし養成所に入ってから数カ月、養成所には勿論エルはおらず、調べてもエルという名の騎士、七ツ目という名の騎士は存在せず、それどころかオルタナ=ティーバという名の騎士の事も誰も知らなかった。
だがソラはあの時、オルタナ=ティーバの騎士制服に刻まれていた紋章が第二騎士師団〈凍餓の角〉のものであると知った。だから、まずはオルタナ=ティーバを見付ける為に、第二騎士師団を目指したのだ。当時から〈凍餓の角〉の師団長だったエリィ=フレイヴァルツに憧れてなどと適当な理由を付けて。
ソラは一息付くと、自分の右頬に触れながら続けた。
「この片方の頬に刻まれた怨気の黒翼がどれ程俺に影響を及ぼすのかは解らない。もしかしたら普通に爺さんになるまで生きられるのかもしれない、もしかしたら単純に寿命が半分になってるのかもしれない、もしかしたら明日死ぬのかもしれない……それでも俺は死ねないんだ」
ソラは深く両の目を瞑り、一拍して言葉を繋げる。
「……エルを自由にしてやるまでは、エルに本当の笑顔を取り戻させるまでは」
語りを終え、ソラはゆっくりと顔を上げて目を開いた。するとある事に気付く。
「って、えっ! 何これ全員泣いてる!」
八人が八様に泣いているのだった。
ヨクハは背を向けて肩を震わせ、エイラリィとパルナはハンカチで涙を拭っており、プルームとデゼルはボロボロと涙を零し、カナフとシオンは瞳に浮かんだ涙を拭う仕草、シーベットに至ってはおもいっきり涙で顔をぐしゃぐしゃにしハンカチで鼻水をかんでいた。
「ちょ、ちょっと、皆感情豊かすぎるでしょさすがに」
「だって……普段……飄々としてる……くせに……いきなり……そんな重い過去……ぶち込んで……来るんだもん」
嗚咽しながら声にならない声を絞り出すパルナ。
「え、そ、そんなに重いかな?」
「重いわよ!」
すると背を向けていたヨクハが振り返った。
「それだけではない」
「……団長」
「この騎士団の皆は、お主と同じように色々な物を背負っておる。傷付き、苦しみ、片翼をもがれても、それでも尚足掻き続ける連中の集まりじゃ、お主のことを他人のようには思えんのじゃろ」
「…………」
「この独立傭兵騎士団〈寄集の隻翼〉の連中はな」
そんな突然の言葉に不意を突かれ、ソラを含め全員が驚いた様子でヨクハへと視線を向けた。
「え? 〈寄集の隻翼〉ってもしかしてそれって――」
「この騎士団の名じゃ」
続けざまのヨクハの一言で食堂がざわめいた。
「ヨクハ団長、遂に騎士団名が決まったんだ」
「いつの間に?」
「わあ、何か私達にぴったりかも」
嬉しそうに表情を明るくさせるパルナとエイラリィとプルーム。
「何かいいじゃねえか、皮肉が利いててよ」
「確かに悪くない」
「凄くかっこいいと思うよ」
シオンとカナフとデゼルもまた同様に。
「さすがだんちょー」
「ふむ、さすがは団長殿だ」
そして目を輝かせるシーベットと、尾を激しく振るシバ。
「この騎士団名のヒントは、ソラがくれたんじゃ」
「あ、いや、そうだったっけ?」
「しかもオルタナと一騎討ちをしている最中にちょうどそのヒントを元に騎士団名を思い付いてな」
「あんた戦いの最中に何してんだ!?」
ソラの尤もな指摘にばつが悪くなり、ヨクハは咳払いで誤魔化す。
「まあそういう訳で、無事騎士団名も決まり、ソラが新しく〈寄集の隻翼〉の一員になったことじゃし、ここからは騎士団章の造形を皆で決め、それが決まったらカナフに、既に出来上がっている騎士制服へと紋章を縫い付けてもらう」
「騎士団の名前もあって、お揃いの制服に団章。何だかいよいよ本格的に騎士団としてスタートって感じでわくわくするね」
目をキラキラとさせて言うプルームだったが、冷めた様子でソラは呟いた。
「今までは何だったの?」
「野暮なことを言うでない、とにかくここからがわしらの騎士団の本当の始動じゃ、皆で一斉に取り掛かるぞ」
そしてヨクハの掛け声に全員が呼応した。
先程まで自分の過去を聞いて涙を流していた人間が、今度は生き生きとした様子で作業に取り掛かる。その感情の豊かさと振れ幅に、ソラはふと、一人笑みをこぼすのだった。
※
場面はイェスディラン群島、蒼の空域、第十一騎士師団〈灼黎の眼〉の本拠地があるレイリアーク島。氷雪の群島であるイェスディランの島の一つであるそこは、白銀の世界に覆われている。
その格納庫の中でオルタナ=ティーバは一人歯噛みしていた。
――くっ! 一体何だというのだあの蒼衣騎士の強さは、私が手も足も出ないだと?
オルタナ=ティーバの背後には、ヨクハのムラクモと激闘を終えたネイリングが佇む。
その状態は右腕を前腕部から、左足は大腿部から欠損させ、胴体部には無数の斬撃痕が刻まれ、殆ど半壊状態と言えるほどに陥っていた。
――あの技、そしてあの眼、まさかあいつは“ラドウィードの騎士”だとでもいうのか!?
オルタナ=ティーバは拳を固く握り締め、そしてすぐにゆっくりと緩ませた。
「この借りは必ず返すぞ……ホウリュウイン=ヨクハ」
※
一週間後。
「よし、全員集まったな」
〈寄集の隻翼〉の本拠地、その聖堂には、全騎士団員が集結していた。
そして全員が揃いの騎士団制服を身に纏う。
羽国とも呼ばれたナパージの民族衣裳を参考にしたその制服は、下衣は黒い袴で男性陣は下腿の中央まで、女性陣は膝までの丈に統一され、草履という履き物をモチーフにしたブーツを履き、また上衣には袖広の白い着物と襟巻を組み合わせたものを、更にその上には袖の付いた青い羽織に袖を通さず、騎装衣のように羽織っていた。
その上衣の左胸には小さな片翼がいくつも集結し、双翼を形作っているようなデザインの紋章が刻まれている。
「何かこの制服、独特な雰囲気で可愛いね」
プルームが一回転し、袴をひらりとさせた。
「うん、普通のコートみたいなのよりずっといいかもね」
パルナも嬉しそうに袴の両端を摘まんで広げる。
「シバさんもよかったね、羽織と同じ色のスカーフ作ってもらって」
「ふむ、感無量というやつだな」
青いスカーフを首に巻き、ご満悦そうに尾を振るシバと、そんなシバの頭を撫でるシーベット。
「この紋章のデザインはデゼルが考えたんですよね? すごいじゃないですか」
紋章に対するエイラリィの称賛に、デゼルは恥ずかしそうに頬を掻く。
「まさか僕のが採用されるなんて、いいのかな?……でもそれよりも僕のデザインした紋章を一晩で縫い付けてくれたカナフさんが一番功労者だと思うよ」
「このくらいはソードの整備や聖霊騎装開発に比べれば朝飯前だ」
カナフは無愛想に返しながら、自分が着ている新しい制服を何度
も見返していた。
制服に対する団員の評判は上々のようで、制服そのもののデザインを考案したヨクハはホッと胸を撫で下ろす。するとソラが一言。
「それにしてもこの騎装衣なら寒い時着れるから便利だよな」
「いやそれは駄目じゃ」
しかしすぐさまそれを否定するヨクハ。
「え、なんで!?」
「それは袖が付いているがあえて通さないからおつなんじゃ」
「全然理解できないんですけど」
「お主はそれでもナパージの民の血が半分入っておるのか?」
すると、互いにはしゃぎ合うような一連のやり取りを遠巻きに見ていたシオンが、腕を組みながら溜息混じりに呟く。
「一応騎士団だよな……ここ」
直後、ヨクハが何かを思い付いたように掌に拳を落とした。
「おっ、そうじゃ!せっかくこうして騎士団としての体裁も整ったことじゃし、正式にソラの入団の儀をしようと思うんじゃが」
「え、マジすか?」
「わし、実はこういう改まった儀礼とかやった事ないんじゃよ、頼むからやらせてくれ」
「えー何か恥ずかしいけど仕方ないな、団長の命令とあっちゃやるしかないんでしょ」
ヨクハに懇願され、ソラは渋々承諾し、聖堂の玉座に座るヨクハの前に片膝を付いてみせた。その左右には残りの騎士達が鞘から抜いた剣を胸の前に立て、剣礼の状態で並ぶ。
そしてソラはゆっくりと立ち上がると、左右に並ぶ騎士達と同じように鞘から剣を抜き、胸の前に立てて剣礼をした。
続いて口上を述べる。
「その剣は虐げられし者を守る盾となり、その剣は悪しきを討ち滅ぼす刃となる、我今ここで純血と共に誓わん。民と、聖霊と、空と地と共に歩み、騎士たる栄名を冠し戦い抜くことを……って人が真面目にやってるのになに笑ってんの団長!?」
「わ、わし駄目なんじゃ、こ、こういう空気! ぷくくくっ!」
「あんたがやりたいって言ったんでしょうが!」
珍しく真面目な態度で誓いの口上を述べていた最中に、突然吹き出し、厳格な雰囲気を台無しにしたヨクハに、文句を言うソラ。
「ったく」
何はともあれ、こうして独立傭兵騎士団〈寄集の隻翼〉が改めて始動したのだった。
※
それから――
ソラはツァリス島の最果てに座り、流れる雲を横目に足を空へと投げ出していた。
ゆっくりと目を瞑ってから体を寝かせると、暖かな風に包まれる。何故だかあの日エルに貰った、生きる力と生きる勇気が傍に在るような気がした。
ふと目を開けると、あの時二人で見上げた空がそこにはあった。そしてその空へと向かいそっと言う。
「エル、俺はここからもう一度始めてみるよ。そして必ずお前を見つけてみせる、きっと自由にしてみせる……そう、誓ったからな」
どこまでも続き、どこまでも繋がるこの空へと。
第一章完
第二章に続く
ここまで物語にお付き合い頂き本当にありがとうございます。これにて第一章完となり第二章に続きます。
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