36話 封怨の神子
「俺もさ、両親居ないんだ」
突然のソラの告白に、少女は言葉を詰まらせた。
「俺は元々エリギウス大陸出身でさ」
「君も……エリギウス大陸に?」
ソラは父親がエリギウス大陸の民で、母親が孤島ナパージの民の末裔で、彼はその混血種であった。エリギウス大陸は特に混血種や異形種に対する偏見が強い事もあり、酷い迫害や差別を受けた過去もあった。尤もそれは小さな頃の話の為、それもあまり覚えていないのだ。
と、今度は自身の境遇を語り出すソラ、そしてそれを黙って聞き入る少女。
「それに加えてエリギウス帝国の圧政もあって、俺が六つの歳の頃に両親と俺はこのレファノス群島に移り住んだ。でもすぐに統一戦役に巻き込まれて父親も母親も死んだ」
「そうだったのか」
エリギウス大陸程では無いが、このレファノスでも混血種は忌み嫌われる。身寄りも無ければ混血種の子供を引き取るような物好きな人間はそうそう居ない。当時、まだ六つだったソラは一年間たった独りで、誰からも必要とされず、誰からも情を与えられず、野良犬みたいに生き抜いたのだという。
するとソラは、少しだけ表情を柔らかくして続ける。
「そんな時、俺を拾って引き取ってくれたのが“封怨術師”のルナールだった」
「封怨術師!? それは確か書物で見た事がある」
封怨術師という単語を聞いた瞬間、少女の表情はソラとは対照的に何かを悟ったように険しくなる。
封怨術師――それは怨気を封印する者。
戦争などによって大量に発生した人の死、それによる無数の怨念は聖霊の意思を介し、猛毒となってその地に留まる。かつて地上界ラドウィードそのものを包み込んだ怨気は、かねてより怨気封印を担っていた封怨術師達ですら浄化しきれない程に世界を蝕んだ。
その時、空の聖霊神カムルの意思により大地が浮上し、天空界オルスティアが形成され、地の聖霊神ラテラの意思によりオルスティアとラドウィードが結界で隔絶され、人々は怨気から逃れる事となった。
しかし、五年前に始まった統一戦役が原因でオルスティアでも度々怨気が発生するようになり、廃れかけていた封怨術師が再び各地で重宝されるようなった。
この世界を浄化し守るために必要な封怨術師であるが、人々から敬われる事は決して無かった。
何故なら怨気封印のために必要なのは封怨術と呼ばれる特殊な術を修得した封怨術師と、怨気を封印するための器“封怨の神子”と呼ばれる人柱が必要となるからだ。
封怨の神子となるには特別な力も特別な血筋も必要としない。怨気封印率が最も高いと言われる十歳の子供であれば誰でも良く、子供の命を犠牲に怨気を封印し、その対価に莫大な報酬を得る封怨術師は必要不可欠な存在でありながらもむしろ侮蔑の対象となっていた。
「ソラ、ルナールという封怨術師が君を引き取ったのはまさか……」
「ああ、俺は封怨の神子になるためにルナールに拾われたんだ」
あっけらかんと言い放つソラに、今度は少女が唖然とさせられた。
「何を平然としているんだ君は、封怨の神子となることがどういうことか分かっているのか?」
少女はテーブルから立ち上がると、ソラに詰め寄り、両肩を掴んで必死に問いかけた。
「解ってるよ、俺は今九つ、来月には十になる。そしたらルナールはレファノスの、メルセイル島に蔓延る怨気の封怨をする、俺はその時のための器なんだ」
「何で君はそんなに平然としていられるんだ? 怨気を体内に封印された封怨の神子は……」
少女は一拍置いて続ける。
「……必ず死ぬんだぞ」
少女の痛烈な結論を聞いて、ソラは悲しげな笑みを浮かべて返した。
「俺はそれでもいいんだ」
「なっ!」
「俺は誰からも必要とされなかった。ずっと疎まれて、父さんと母さんが死んでからずっと独りで……でもルナールは俺を引き取って、俺に居場所を与えてくれた」
「それは君を利用するために――」
「それでも良いんだ!」
少女の言葉を遮るソラ。
「利用されてるなんて解ってる、ルナールは俺を愛してくれてないなんて事も解ってる。全部解ってる。それでも……俺はそれでも嬉しかったんだ、誰かに必要とされた事が」
何かを悟ったような悲しげな笑みを再び見て、少女はソラの両肩から手を離すと、俯いて両目を固く閉じた。
「……腹が立つ」
そしてぽつりと小さく呟いた。
「え?」
「死ぬ為に生かされている事が解ってて、悟ったような気になってる君にだ! 子供のくせに」
「お前だって子供だろ」
「うるさい! 君にも腹が立つけど、でもそれ以上に、私を庇おうとしてくれた、私に美味しいパンとミルクを御馳走してくれた、そんな恩人である君を利用しようとしているルナールとかいう奴に私は怒髪天だ」
そう憤慨して妙な台詞を吐きながら、少女は小屋の扉を開けて外に出ようとした。
「お、おい、どこに? まさかお前」
「ルナールとかいう奴は、あそこの民家に居るんだろ? ちょっと文句言ってくる」
「おい馬鹿、やめろ!」
しかし少女はソラの制止も無視し、ルナールが一人住む民家へと歩を進めると、扉を勢い良く開け放った。
その衝撃に驚き、ソファーで横になっていたルナールが飛び起きた。
「お前がルナールとかいう奴だな!」
「な、何だお前は? ……異形種の子供?」
突然起きた出来事と、目の前に異形種の子供が現れた事に、ルナールはただ目を丸くしていた。
「何してんだよ、止めろって」
ソラは少女の肩を掴み、再び制止しようと試みる。
「おいソラ、こいつはお前の知り合いか! 何のつもりか知らないが子供のくせに腰に剣なんか差しやがって、こいつに俺を殺させようってか?」
「ち……ちがっ――」
ルナールにあらぬ誤解を与えていることに気付き、ソラは動揺して口ごもった。しかしそんな二人のやり取りを意に介さず、少女はルナールに指をさして言い放つ。
「私は怒っているんだぞ。ソラは私の恩人で、私の初めての……友達というやつだ!」
「このガキが、突然何を訳の解らない事言ってやがる」
すると少女はソラの手を掴み、踵を返した。
「ソラは私が貰う、お前なんかにはもう渡さん」
少女はルナールに向かってはっきりと言い放つと、呆気に取られているソラの手を引いてルナールの家から飛び出した。
※
そして翼獣舎まで風のように走った後、繋がれた一頭のグリフォンにソラを無理矢理乗せ、柵に繋がった綱を外すと、自身もグリフォンに跨り手綱を叩いてグリフォンを飛び立たせた。
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