33話 ソラの決断
「離せ! 離せよデゼル、カナフさん! 俺はあいつを、オルタナ=ティーバを探す為に騎士になったんだ、そしてようやく見つけたんだ、こんな所で退く訳にはいかないんだよ!」
ソラは羽交い絞めを解くために操刃柄を無造作に動かし、全力でカレトヴルッフを暴れさせようとするが、背後からの二騎がかりによる制止には成す術がなく、本拠地へと強制的に向かわされるのだった。
『ヨクハ団長、それじゃ先に戻ってるからね、本当に一人で大丈夫なんだよね?』
後ろ髪を引かれながらも退却の姿勢を見せつつ、プルームが問う。
「わしを誰だと思っておる? わしに構わず先に行け、すぐに追いつく、そしてあの阿呆に説教をせねばならんからな」
『あの……何か凄く危険な台詞言ってる気がするんだけど』
「うむ、わしも自分で言っててやばいとは思ったぞ、今のは無しじゃ」
プルームの指摘で気付かされた、思わず口から出てしまったお約束の台詞に後悔しながらヨクハが返した。
『んもう、でも団長ならきっと大丈夫だよね、私達本拠地でいつまでも待ってるから』
「……プルーム、お主こそ言ってるそばから危険な臭いのする台詞を吐くな」
『あ、本当だ! えへへ、じゃあもう本当に行くからね』
プルームもまた危険なお約束の台詞を言ってしまった事を笑顔で誤魔化すと、エイラリィとシーベットと共に本拠地に向かい飛翔した。
そして対峙するヨクハのムラクモと、オルタナ=ティーバのネイリング。
「さて、これで一対一じゃ。遠慮はいらん、お主の本当の力を見せてみるがいい」
ヨクハは羽刀型刃力剣の切っ先を向けながらオルタナ=ティーバに言い放つ。
すると直後、オルタナ=ティーバと、ネイリングの額に剣の紋章が淡く輝く。
『この私を相手に一人で向かって来るとはな』
「それはわしの台詞じゃ」
碧の空域の虚空、瞬きの隙間にある刹那の闇、その闇の中でムラクモとネイリングの羽刀型刃力剣が交差し、激突の火花が散った。
※
オルタナ=ティーバとの邂逅から数十分後。
ツァリス島のソード格納庫には左腕部を失ったカレトヴルッフが佇み、その足元で座り込むソラの姿があった。
デゼルとカナフ達に強制的に連れられ帰陣したソラは、自身の無力さに打ちひしがれ、血が滲む程に握り締められた拳を地面に打ち付けた。
すると、格納庫の扉を開け、プルームとエイラリィが入ってくる。
「……ソラ君」
ソラの元に歩みより、心配そうにソラの名を呼ぶプルームを一瞥すると、ソラは再び俯いた。
「ごめんプルームちゃん、エイラリィちゃん、今は一人にしてくれないか?」
周囲を拒絶するかのようなソラの言葉に、エイラリィは小さく溜息を吐く。
「行きましょう姉さん、理由も言わず一人で塞ぎ込んでいる人にかける言葉なんてありませんから」
そして踵を返し、格納庫から出て行こうとする。直後、顔をゆっくりと上げエイラリィに問いかけるソラ。
「団長は、オルタナ=ティーバが〈不壊の殻〉の師団長より遥かに強いって言ってた。団長は本当に大丈夫なのか?」
「聖堂にある伝令室の晶板では団長の戦っている様子を見ることが出来ましたよ、あなたが塞ぎ込んでいる間に戦いは終わりました」
すると、それを聞いたソラは腰を上げ、エイラリィに詰め寄った。
「本当か? それで団長はどうなった? オルタナ=ティーバは!?」
「あなたはどちらの心配をしているんですか?」
「え?」
「団長の安否ですか? それともあなたの目的であるというオルタナという騎士が団長に討ち取られてしまっていないか、ですか?」
エイラリィの問いに、ソラ自身も答が出せず、ただ沈黙する。
「あなたは、ヨクハ団長が色々と立たせていたのを忘れたんですか?」
「まさか……団長が?」
エイラリィの一言に、最悪の状況が頭を過り、愕然と立ち尽くすソラ。
その時だった。格納庫の天井が開き、空からムラクモが降り立つ。
そしてムラクモの鎧胸部が開かれ、中からヨクハが降り立った。
「ふう、今帰ったぞ」
「って普通に帰ってきた!」
「なんじゃソラ、わしが帰ってきたら困るのか?」
「違うよ、エイラリィちゃんが意味深な事言うもんだから」
「あなたが一人で抱え込んで一人で塞ぎ込んでいるのを見てとても苛ついたので、ついつい意地悪をしてしまいました」
ヨクハが何事も無かったかのように帰陣したことに安堵すると同時に、拍子が抜けてしまったソラ。そんなソラにエイラリィはそっぽを向きながら打ち明け、プルームはヨクハへと駆け寄った。
「ヨクハ団長、お帰りなさい」
「うむ、帰ったぞプルーム」
するとヨクハは悔しさを顕わにするように、顔の前で拳を握り締め歯噛みした。
「何たる屈辱、このわしが一騎討ちでよもや分けるとはな」
「じゃあオルタナは討ち取れてないんだね?」
「うむ、あやつ相当の使い手じゃぞ……下手をすれば上位の師団の師団長にすら匹敵するかもしれぬ。わしともあろうものが大人気無く本気を出してしまった」
「団長が本気って、下位の師団にどうしてそんな騎士が?」
「わからんが、わしらが思っている以上にエリギウス帝国の層が厚いということなのかもしれぬな」
プルームの驚嘆混じりの問いかけにヨクハは淡々と返すと、ソラの顔を見つめて伝えた。
「ソラ、わしはもうオルタナとは戦わん。あやつはお主の獲物じゃろ? ならば今度からはお主があやつと戦え」
「戦いたいさ、でも剣を交えてわかった。俺じゃ到底あいつには……」
すると、俯き絶望したように呟くソラに、ヨクハの檄が飛ぶ。
「何を下なんぞ向いておる、前を向け! 勝機というのはいつでもどんな奴の前にでもある、じゃがそんな所には決して落ちてなどいない」
「……ヨクハ団長」
「わしがお主をオルタナと戦えるまでに鍛えてやると、そう言っておるんじゃ」
ヨクハの力強い言葉に知らず知らずの内に鼓舞され、ソラは思わず顔を上げていた。ヨクハの言葉は不思議と心を熱くし、そして何故だか心から信じる事が出来た。
「それに前にも言ったがこの騎士団はお主が考えているよりも遥かに強い、そしてオルタナはこの騎士団に目を付けた。ここに居れば再び奴と相まみえる日が必ず来るじゃろう。答は既に出ていると思うが改めてお主の口から聞かせろ、お主はどうしたい?」
ヨクハの問いに、ソラは一度固く目を瞑り、決意したように開く。
「ヨクハ団長、俺を正式にこの騎士団に入団させてください」
そして深く頭を下げながら言った。
エリギウス帝国を追放されてから、〈因果の鮮血〉に入団する事がソラの目的であった。しかしこの決断こそが最終的なソラの答……その先にある本当の目的の為に。
「いいじゃろう、お主は今からこの騎士団の正式な騎士じゃ」
ヨクハの了承に、ソラは顔を上げた。すると続けざまにヨクハが言葉を繋げる。
「そしてこの騎士団の正式な騎士となった以上しかと話してもらうぞ、お主がエリギウス帝国で騎士を目指していた本当の理由、お主とオルタナとの関係、そしてその右頬の“怨気の黒翼”の事もな」
ソラはハッとして右頬に触れながら、自身がオルタナ=ティーバとの戦いの最中に絆創膏を剥がしていたのを思い出した。
「……分かった、話すよ」
「よし、これからソラの過去回想が始まるということで全員食堂に集合じゃ!」
「えぇっ!」
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