32話 宿敵との邂逅
翌日、ヨクハ達はニコラに別れを告げ、ベルー島を後にした。
七騎のソードは、ツァリス島へと帰陣するために碧の空域を飛翔する。
「はあ、やっと帰れる」
シーベットとシバに散々こき使われ、疲れ切ったソラは溜息混じりにそう漏らした。
『シーベットとシバさんのお世話くらいで文句を言うな新入り、カナブンとエイリャンは帰るなり防衛戦で傷付いたソードの修理をするんだぞ、大変なんだぞ』
先の防衛戦にて、大きく損傷を受けたデゼルのベリサルダ、カナフのタルワール、エイラリィのカーテナは、ベル―島にて応急的な修理を施したものの、本格的な修理を行う必要があるため、帰陣後、カナフとエイラリィは、シオンと共に各ソードの修理と整備を行う。
例え損傷を受けていないとしても、戦闘後の整備は必須のため、これは毎度の事である。
「お、お疲れですカナフさん、エイラリィちゃん」
それを聞き、二人を労うように、畏まってソラは言った。
その時だった、突然パルナからの緊急伝声が全員に入る。
『団長、皆、そっちに高速で接近する騎影を確認、識別信号はエリギウス帝国のものよ』
「なに、また増援じゃと? 敵は何騎じゃパルナ?」
『えっ嘘! また敵か? さすがに昨日の今日で勘弁してほしいな』
敵の来襲の伝声を受け、うんざりと言った様子でソラが漏らす。
『敵数は……一騎!』
「ほう、単騎で向かって来るとは大した自信じゃな」
『この速度から考えて恐らく騎体は宝剣、粒子の色は……金、聖衣騎士よ!』
自分達に真っ直ぐに向かって来る聖衣騎士のソードを確認し、本拠地の位置を悟られることを避けるため、ヨクハ達はその場で騎体を静止させた。
場所は未だ碧の空域、その端で、ヨクハ達のソード七騎は浮遊し、敵騎を迎え撃つ。
直後、ヨクハ達ソードの探知器にもソードの接近が映り込み、やがて飛翔して来た一騎のソードが眼前で制止した。
赤を基調としたカラーリングに、刺々しい鎧装甲、兜飾りはイェスディラン群島産のソードの特徴である牛のような二本角を後頭部に着け、長い四本の推進刃から放出される金色の粒子が騎装衣の形状を造っている。刃力核直結式聖霊騎装は備えておらず、左の腰にはヨクハのムラクモと同じ羽刀型刃力剣を差していた。
その騎体名はネイリング。イェスディラン群島で製造された近接戦闘に特化した、この騎士専用の宝剣であった。
そして左の胸には第十一騎士師団であることを表す、竜の瞳を抽象化し描かれた紋章が刻まれている。
するとネイリングの操刃者である騎士から、全員に伝声が入る。
『第九騎士師団〈不壊の殻〉の壊滅の報せを聞き、調査に来た』
そのソードから送られてきた伝声器越しの騎士の声は、凛としながらもどこか儚げな少女の声であった。
その声を聴いた瞬間、ソラの表情が僅かに強張る。
『〈因果の鮮血〉が碧の空域に割いているだろう戦力から考えて、これ程早く〈不壊の殻〉が壊滅することは通常有り得ない。別の騎士団の助力があったと考えるのが自然だが、お前達がそうだな?』
「だとしたらどうする?」
『ここで排除させてもらう』
突如襲来して来た騎士のソードであるネイリングは、左の腰に差した羽刀型刃力剣の鯉口を切り、抜刀せずに構えた。
「その剣の形状、そしてその構え……お主、孤島ナパージに伝わる“塵化御巫流”の使い手じゃな」
『ほう、塵化御巫流を知る……か、貴様何者だ?』
「わしは“諷意鳳龍院流”、ホウリュウイン=ヨクハじゃ」
『諷意鳳龍院流……ホウリュウインだと? お前はまさかナパージの民の末裔か』
「末裔とは少し違うが、まあ似たようなもんじゃな」
ヨクハは名乗ると同時、ムラクモの羽刀型刃力剣を抜き、構える。
『私はエリギウス帝国直属第十一騎士師団〈灼黎の眼〉、特務遊撃騎士オルタナ=ティーバだ』
そしてオルタナ=ティーバと名乗る騎士は、名乗ると同時に伝映を行い、その姿をヨクハ達の操刃室の晶板へと映す。
イェスディラン群島の民の銀髪とは違う完全な白髪は長く伸び、目元は前髪で隠れて見えず、その両の頬も横髪で隠れ、鼻と紅く艶やかな口元だけが顕わになっているその姿は、どこか不気味さを醸し出していた。
次の瞬間、ネイリングに高速で接近し、斬りかかる一器のソードがあった。
「オルタナ=ティーバあああっ!」
それはソラのカレトヴルッフであり、ソラは咆哮を上げると同時にカレトヴルッフの刃力剣の刃が背に付くほどに大きく振りかぶり、全力の斬撃をオルタナ=ティーバのネイリングに繰り出した。
渾身の斬撃は正に霹靂の如く鋭く、迅く、虚空を切り裂きながらネイリングに振り下ろされた。
激突を知らせる金属音にも似た炸裂音と、火花が散り、衝撃波が周囲の雲を払う。
しかし、ネイリングは腰に差さっていた鞘を逆手で手にし、僅かに抜刀し、根本だけ露出された刃の部分でその斬撃を受け止めていた。
ソラの突然の行動と、普段の軽い態度からは想像も出来ない憤怒や憎悪を漏らしたような叫びに、ヨクハ達は言葉を失い唖然としていた。
ソラはそんな周囲の視線を意に介さず、ネイリングと剣を交わらせたまま、言葉を続ける。
「ようやく見つけたぞオルタナ=ティーバ! まさか第二騎士師団から第十一騎士師団に移っていたなんてな」
『……何だお前は?』
「エルはどこだ? エルを返してもらうぞ!」
その問いに、今度はオルタナ=ティーバの表情が強張った。
『エルだと? 何故その名をお前が知っている? お前は一体……』
それを聞き、ソラは自分の右頬に触れ、常に張られていた絆創膏を剥がす。そこには黒い翼のような痣が刻まれていた。
「これを見ても思い出さないのか?」
顕わになった痣を見て、何かを察したように黙した後、オルタナ=ティーバが口を開く。
『そうか、そういう事か……お前はあの時の少年という事だな』
「思い出してくれて何よりだ」
『お前、先程エルを返せと言っていたな、どういうつもりだ、お前はあの子の所有者にでもなったつもりか?』
「……所有者だと?」
直後、その言葉を聞いたソラは、眼光を突き刺す程に鋭くさせ、操刃柄を握り潰すかの如く強く握り締め、歯を軋ませた。
「エルは俺の親友で恩人だ、エルを物みたいに言ってんじゃねえよ!」
ソラは再びの咆哮と共に、オルタナと交差していた刃力剣の刀身を消失させ、幻影剣を繰り出そうとする。
しかし、刀身を消失させ、刃を再度形成させた瞬間、眼前に居た筈のオルタナ=ティーバのネイリングがソラの視界から消え、幻影剣による一撃が空を切る。
そしてオルタナ=ティーバのネイリングは既に、ソラのカレトヴルッフの脇をすれ違い様に抜刀を終えて、納刀の姿勢へと入っていた。
『未熟だな……剥き出しの感情、その感情に任せた直線的な一撃、そんなものが私に届くとでも思ったのか?』
交叉したネイリングとカレトヴルッフの影、静寂な空の中で、ネイリングが羽刀型刃力剣の納刀により鯉口を鳴らした瞬間、斬り落とされたカレトヴルッフの左腕が虚空を舞う。
「なっ!」
その目にも止まらぬ早業に、この場に居た誰もが唖然とする。
『ここはお前のような雑魚が立てる戦場ではない、さっさと消えろ』
「ふざけ――」
オルタナの侮蔑とも取れる一言に、ソラは激昂し、振り向きざまに横薙ぎを繰り出そうとした。
『止まれソラ!』
瞬間、ヨクハの叫びにソラは斬撃を止め、オルタナ=ティーバのネイリングから距離を取る。
「何で止める団長!?」
『こやつの言う事にも一理ある、お主は一足先に本拠地へ戻れ』
「ふざけんな、俺はこいつに聞かなきゃならないことがたくさんあるんだ! こんな所で引き下がる訳にはいかないんだよ!」
『先程の身のこなし……こやつは師団長でも副師団長でもない一介の騎士じゃが、恐らく〈不壊の殻〉の師団長よりも遥かに強い』
「なっ!」
ヨクハの忖度の無い言葉に、ソラは驚愕する。
『今のお主が勝てる相手ではない、ましてや頭に血が上ったお主を守りながらでは、このわしとて危うい』
「くっ!」
渾身の一撃を軽々と防がれ、幻影剣すら通じない。ヨクハの言っている事が真実であることはソラ自身が痛い程良く解っていた。それでもソラは退却の姿勢を見せず、剣を構えた。
その時、ヨクハはソラを除く五人に伝声を行う。
『カナフ、デゼル、お主達はソラを引きずって本拠地へ帰陣。シーベット、プルーム、エイラリィ、お主達もその三人と共に帰陣、これは命令じゃ』
『……でも団長』
『シーベットは戦えるぞ、だんちょー』
突然の指示にプルームとシーベットが食い下がる。
『お主達のソードは先日の激闘で受けた損傷を完全に修繕出来ていない、ここからは邪魔になるだけじゃ』
『…………』
ヨクハの鬼気迫る様子に圧倒され、プルームとシーベットは渋々了承をした。
するとカナフのタルワールとデゼルのベリサルダがソラのカレトヴルッフの元へと飛ぶ。
そしてカナフのタルワールは背後から胴体を、デゼルのベリサルダは背後から足元を、それぞれがソラのカレトヴルッフを羽交い絞めにすると、身動きを取れなくし、本拠地に向かって飛翔する。
更にその後を追うように、プルーム、エイラリィ、シーベットもそれぞれのソードを退却させた。
32話まで読んでいただき本当にありがとうございます。
ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。
誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。
〈ネイリング 諸元〉
[分 類] 宝剣
[開発地] イェスディラン群島
[所 属] 第11騎士師団〈灼黎の眼〉
[搭乗者] オルタナ=ティーバ(白刃騎士)
[属 性] 炎
[全 高] 9.7m
[重 量] 9.3t
[武 装] 羽刀型刃力剣 砕結界式穿開盾
抗刃力結界
[膂 力] A
[耐 久] B
[飛 翔 力] B
[運 動 性] B
[射 程] E+(D+)
[修 復 力] C+
[総 火 力] E+(A)
()内はオルタナ操刃時。
〈騎体解説〉
第11騎士師団〈灼黎の眼〉所属、特務遊撃騎士であるオルタナ=ティーバ専用の宝剣。兜飾りは牛のような角を後頭部に着けたもの。炎属性の特性上、膂力が非常に高く、接近戦においては無類の強さを誇る。
主な武装は羽刀型刃力剣しか装備しておらず、ヨクハのムラクモと同じく完全近接特化仕様の宝剣。余計な武装を排している為、地系統である炎属性の宝剣でありながらそれなりに高い飛翔力と運動性を保っている。
オルタナは塵化御巫流という流派の、居合のような剣術を使い、その剣技を使用し近接戦のみで戦うというコンセプトの非常に漢らしい騎体。当然、オルタナ以外の騎士にはまともに扱えないソードである。