30話 ホウリュウイン=ヨクハ
『あら蒼衣騎士の団長さん、こんな所でさぼっていていいのかしら?』
『何を言っておる、貴様の師団の騎士達はもうとっくに全滅したぞ』
『あなたこそ何を言って……え?』
言いながら、カチュアは目の前の晶板の探知器で、味方の反応が消失している事に気付く。
『……第九騎士師団のソードの反応がない』
その会話を聞いていたソラ達は、エリーヴ島の本拠地の方に視線を送る。すると、激しく巻き起こっていた乱戦はいつの間にか終結しており、ソラ達と、カチュアのジャマダハルの周囲を、〈因果の鮮血〉のマインゴーシュが多数包囲していた。
『戦力ではこちらが圧倒的に上回っていた筈なのに何故』
戦力差は数倍あったにも関わらず、短時間で味方を殲滅された事が信じられず、カチュアは思わず漏らした。直後、ヨクハが淡々とした口調で告げる。
『騎士の質が悪すぎたのが敗因じゃな』
『なんですって?』
〈不壊の殻〉の騎士達は弱すぎる。恐らく恐怖でがんじがらめにして、痛みと苦しみで部下の騎士達を操っていたツケ、騎士達にあったのは焦燥と葛藤、騎士同士の信頼も無ければ信念も無い、そのような者達に一端の戦力が務まる訳がない。
そんなヨクハの忌憚の無い意見に表情を険しくさせた後、カチュアは再び貼り付けたような笑顔を浮かべる。するとヨクハは、カチュアのジャマダハルの損傷部を見て何かを悟ったようにソラ達に伝声した。
『超火力を起点とした一点集中攻撃、悪くない答じゃが運が無かったな』
「じゃ、じゃあヨクハ団長だったらどうするってんだよ」
『わしか?』
ソラの問いに、不敵に口の端を上げて続けるヨクハ。
『四の五の言わずぶった斬る』
そしてヨクハは、左腰に備えられた鞘に納められる羽刀型刃力剣の柄をムラクモに握らせると、鯉口を切り、抜刀して構えた。
『今回はひとまず及第点という事にしておいてやろう。お主達は下がっておれ、ここからはわしが相手をする』
『あらあ、今度はあなたが直々に遊んでくれるのかしら? 蒼衣騎士の可愛らしいお嬢さん』
『そうじゃのう、散々大人数で攻め立てておいて今更言えた義理では無いが、ここは騎士らしく一騎討ちで片を付けるというのはどうじゃ? お主が勝てばここの拠点はくれてやるぞ』
「なっ、団長! 無茶苦茶な事言いだしたと思ったら、更に無茶苦茶な事言いだして、一体何考えてんだ?」
蒼衣騎士であるヨクハが聖衣騎士を相手に一騎討ち。それも負けたら拠点を与えると言い出す。無謀で無茶苦茶。ソラの目には少なくともヨクハが気でも触れたかのように映っていた。
『ふふ、一騎討ち、昔の騎士の古臭い慣わしだけどいいわ、受けてあげる』
「団長!」
ヨクハを止めようとするソラ、しかしそんなソラに対し、プルームから伝声が入る。
『ソラ君、大丈夫だから団長に任せよう』
「だけど」
『大丈夫だから』
一切の淀みのないプルームの声に諭され、ソラは半ば諦めたように前線から下がり、ヨクハのムラクモとカチュアのジャマダハルとの一騎討ちを見守る。
一方、剣を構え対峙するムラクモとジャマダハル。
『それにしても可憐な顔をして勇敢で素敵。戦利品は変更するわ、あなたを連れ帰ってあげてたくさん可愛がって差し上げないと』
カチュアは言いながら恍惚に塗れた表情を浮かべ、貼り付いたような笑顔に狂気が灯る。
『爪を剥がして、体中に針を刺して、熱湯をかけて……あぁ今から楽しみで楽しみで仕方ないわ』
「やれやれ騎士の風上にも置けぬ下賤じゃな……反吐が出る」
するとカチュアは、ヨクハのムラクモの四肢を目がけて残された追尾式炸裂弾を全弾射出、無数の炸裂弾が虚空に航跡を描きながらヨクハのムラクモに向かって飛来する。
『まずは四肢を捥いで、次に首を切断して、胴体ごとあなたを持ち帰ってあげるわね』
しかし次の瞬間、ムラクモに向かって飛来していた追尾式炸裂弾に閃光が幾重にも奔り、炎と雷の意思が詰められた弾頭部分だけが切断。弾頭は空中で爆散した。
直後、ヨクハは羽刀型刃力剣を顔の横、霞に構えると、羽刀型刃力剣の刀身が光を纏う。
「都牟羽 壱式 飛閃!」
そしてヨクハのムラクモは構えた状態から袈裟掛けに一閃。ムラクモの羽刀型刃力剣から光の刃が放たれ、高速でカチュアのジャマダハルに襲い掛かる。
カチュアは咄嗟にジャマダハルの左前腕部に装備された盾で、その光の刃を防御。
瞬間、カチュアの竜殲術〈硬身〉で硬化されている筈のジャマダハルの盾が、左前腕部ごと切断された。
『なっ!』
在り得べからざるその状況に、カチュアは驚愕しながら、自身の騎体の左前腕部から前方のムラクモへと視線を戻す。
しかし、そこには既にムラクモの姿は無く――
「――都牟羽 零式 憑閃」
ジャマダハルの上、ムラクモは羽刀型刃力剣の峰が背に付く程に剣を大きく振りかぶり降下、先程のように光を纏った刀身の羽刀型刃力剣で直接斬撃を繰り出す。
※
刹那、カチュアの眼前を何かが通り過ぎた。
それは正しく閃光だった。
数秒後、カチュアの視界の中央に一筋の線が縦に入り、その線を中心として視界は上下にずれていく。
「ああ、これが痛みなのね……ようやく知ることが――」
次の瞬間、一刀両断されたジャマダハルは、空中で爆発四散した。
※
ヨクハは剣を振りきった残心の姿勢を解除すると、血振りの所作をし、羽刀型刃力剣を左腰の鞘に納める。
『わしを相手に不殺で挑もうなどと、無謀が過ぎたな小娘』
静寂に包まれたレファノスの虚空に、鳴らされた鯉口の音が響き渡った。
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〈ムラクモ 諸元〉
[分 類] 宝剣
[開発地] ツァリス島
[所 属] 名も無き騎士団
[搭乗者] ホウリュウイン=ヨクハ(白刃騎士)
[属 性] 雲
[全 高] 8.9m
[重 量] 8.4t
[武 装] 羽刀型刃力剣×2 抗刃力結界 ???
[膂 力] B
[耐 久] D+
[飛 翔 力] S
[運 動 性] A
[射 程] E+(C+)
[修 復 力] E+
[総 火 力] E+(S)
()内はヨクハ操刃時
[騎体解説]
シオンがツァリス島で製造した初めての宝剣であり、ヨクハの専用器。兜飾りは、かつて地上界ラドウィードにて滅んだ、孤島国家ナパージの騎士の兜に着けられていた鍬形という二本角をモチーフにしたもの。先行騎であるアメノトツカという騎体の後継器。
武装は羽刀型刃力剣を二本と結界しか装備されていない完全近接特化仕様騎であり、更に軽装甲の騎体かつ、雲の特性も相まって最高クラスの飛翔力と高い運動性を持つ。ただし、その分耐久値は低く、射撃武器も装備していないピーキーな騎体の為ヨクハ以外の騎士が扱えばまともに戦う事が出来ない。ただし、ヨクハが使用するとある剣技により、ある程度の遠距離攻撃が可能で、更には凄まじい攻撃力を持つ。更には、とある切札的な器能も有している。
圧倒的な飛翔力と高い運動性、そしてヨクハの桁外れの技量により本騎は神剣に匹敵する程の戦闘力を持つ。