304話 比翼今飛び立たん
※ ※ ※
数十分前。
神鷹からの伝声を受け、ツァリス島へ向かっていたエルとソラはツァリス島近くの名も無き小さな離島に立ち寄った。
神鷹はツァリス島でエルの選択を見届けた後、島を出てこの離島にてエル達が通るのを待っていたのだった。
そしてエルとソラは離島に騎体を着陸させ、神鷹との対面を果たした。
神鷹はソラと並ぶエルの姿を確認すると、少しだけ柔らかな表情で言う。
「その小僧と生きる道を選んだのだな」
対称的に、俯きながらどこか負い目を感じているかのような様子で返すエル。
「申し訳ありません師匠……私は師匠と、そして〈灼黎の眼〉の皆と道を違えることとなりました」
「下を向くな、エル!」
すると神鷹は、そんなエルを叱咤する。今までのようにオルタナではなく、あえてエルという名を口にしながら。
「お前はもうオルタナティーバという名にも、〈灼黎の眼にも〉、竜祖にも縛られる必要はない。お前が選んだ道はお前が信じるお前の道だ。ならお前はただそれを信じて行けばいい」
神鷹の言葉に、エルは顔を上げ、真っ直ぐな視線と声で答えた。
「はい!」
直後、神鷹は更にエルへと告げる。
「それとエル、お前の懸念の一つを払拭するために言っておくが、俺がお前と戦うことは無い。そして〈灼黎の眼〉の連中もだ」
「師匠、その言葉の意味はまさか」
「多くは語らんが、お前が想像するとおりだと言っておこう。それならばお前はこの先何も気負わず戦えるだろう?」
「ありがとうございます……師匠」
この道を行くということは、師である神鷹と、同じ騎士師団であった〈灼黎の眼〉の仲間と敵対することを意味していた。それでもエルはそれを選んだのだが、人である以上完全に割り切ることは出来ない。
しかし神鷹の言葉は、それを払拭するかのような希望を与えてくれた。エルは深く礼をし、師に感謝の意を示した。
直後、エルはどこか言い辛そうな様子で、口ごもりながら尋ねる。
「師匠、無礼を承知で一つだけ望みを口にしてもよろしいでしょうか?」
「望み? 何だ、言ってみろ」
「もし迷惑でなければ天花寺の名を私に頂くわけにはいきませんか?」
エルの望み……頼みというのが意外であり想定外であったのか、神鷹は訝しみ、眉をひそませながら問う。
「天花寺の名を? 何故だ?」
「その……セカンドネームが無いと、名乗る時や出陣する時に色々と不便なので」
だが神鷹はエルの申し出をよしとしなかった。不便だというならば何も天花寺ではなく他の名を好きに名乗ればいい、天花寺という名はソラにとってもあまりいいものではない、何故なら師の故郷を滅ぼした者の名なのだから、と神鷹は告げた。
それを聞いたソラが割って入る。
「その件は既にエルから聞いてるよ。でも俺はエルがそれを望むんなら尊重するし、翼羽団長なら多分好きにしろって言うと思う」
ソラの言葉にエルは続けた。天花寺という名がどれほどの咎を背負っているかは解っている。ああは言ってくれているがソラにとっても、元団長であった鳳龍院 翼羽にとっても天花寺という名には並々ならぬ想いを抱いていると。そしてエルは必死に叫んだ。
「それでも……両親という存在の無い私にとって師匠は! 師匠は……」
必死に食い下がろうとしながらも、言葉を濁らせ、想いを伝えきれないエル。
すると神鷹は頭を振り、告げた。
「駄目だ」
「…………」
だが直後、神鷹は口の端を上げながら伝える。
「だから天花寺ではなく、テンゲージとでも名乗れ。つまらん言葉遊びではあるが、それならばまあ見逃してもらえるか小僧?」
「いや見逃すも何も俺は最初から反対なんてしてないって、エルがそれで少しでもあんたと共に戦ってる気になれるんならそれでいい」
その提案を受け入れてくれたソラに対して、神鷹は謝意を示す。
「すまんな、心遣い感謝する。……エル、それならばお前も納得してくれるか?」
次の瞬間、神鷹に抱き着くエル。
「ありがとうございます師匠」
そんなエルの突然の行動に、思わず顔を赤くし、柄にもなく戸惑う神鷹。
「お、おい」
涙を流しながら、感謝の意と別れの言葉を伝えるエル。
「今まで本当に……お世話になりました」
そんなエルを見て、神鷹は柔らかな表情で、エルの頭を優しく撫でた。そしてソラへと告げる。
「小僧……いやソラよ、今後俺の娘を悲しませるようなことをしたら地獄に引きずり落とすぞ」
「お、同じことルージェ様にも言われたし、愛されてるなあエルは」
本当の親子を想起させるような二人の姿を見つめ、微笑ましそうにしながら、ソラはそっと呟くのだった。
※
その後、ツァリス島に向けて飛び立っていくエルのフランヴェルジュとソラの天叢雲を見送りながら、神鷹は空に向かって言う。
「なあ鳳龍院 翼羽よ。お前の弟子と俺の弟子が、翼を寄り添わせ同じ道を行くなどと、誰が想像しただろう」
――そして俺は俺の道を。
※ ※ ※
「しかしあの神鷹が情を寄せるとはねえ、わかんねえもんだな」
冷酷無比であった百八十年前の神鷹の姿を思い返しながら、その変化に翅音は思わず漏らした。
直後、パルナ、プルーム、アーラ、デゼルの四人が各々の思惑の元、エルを取り囲む。
「そうだエル、今から採寸させてもらっていい? 騎士制服作らなくちゃいけないから」
「え、でもまずは私がエルちゃんに島の案内をしてあげようと思ってたんだよ」
「駄目だよ! エルお姉ちゃんは今からアーラと遊ぶんだよ!」
「いや、それよりも僕の翼獣ちゃん達の紹介を先に」
取り合うかのように、一斉に、思わずたじろぐエル。一方、そんな様子を見ながら、ソラは一人涙をぽろぽろと流していた。
「な、泣いてる!」
「な、何で泣いてるんだ君は!?」
なぜか涙を流すソラに、ぎょっとするパルナと、驚いたように尋ねるエル。
「あ、いや、何かエルがこうしてここにいるのがまだ信じられなくて、それで皆が優しく受け入れてくれてるのが嬉しくて」
そんな想いの吐露を受け、エルはソラに向かって優しく微笑んだ。
「私はもうどこにも行ったりしない、ずっと……君のそばに居る」
「果報者だねソラは」
そしてソラの抱いた想いと、エルの優しさに、パルナもまた柔らかな笑顔を浮かべながら呟くのだった。
※
エルがレファノス王国王都セリアスベル島からデュランダルを奪取し、それを阻止しようとしたソラと激闘を繰り広げ、和解し、王城へと戻りルキゥールから恩赦を貰い、〈寄集の隻翼〉に入団すべくツァリス島へと渡った。
それから騎士制服を仕立てるため採寸を済ませ、島の案内を受け、アーラと一緒に遊び、翼獣の紹介を受けた。
正に怒涛ともいうべき一日が明けた早朝。エルはツァリス島の最果てで眼前に広がる蒼を眺めながら、心地よいそよ風を浴びながら一人物思いに耽っていた。
「おはようエル」
不意に、そんなエルへ声をかけたのはソラだった。
「ああ、おはよう」
「昨日は色々と忙しかったのに随分と早いんだな、眠れなかったのか?」
そんなソラの心配を払拭するようにエルは穏やかな表情で返す。
「いや、ただ少しだけ早く目が覚めてしまっただけだ。それで昨日プルームに案内してもらったこの場所のことをふと思い出してな」
「そっか」
すると、エルは自身の髪を揺らす風に抱かれ、遠い目をしながら微笑んだ。
「ここはいい場所だな……青く自由な空がどこまでも広がっていて、そしてどこまでも温かい」
「ああ、そうだな」
そう答えた直後、ソラは少しだけ表情を強張らせ、軽く拳を握り締めながら言った。
「でも今、この空が奪われようとしてる」
「……ソラ、君は以前アークトゥルスの目的がこのオルスティアを怨気で満たし、ラドウィードへ還すことだと言っていたな」
静かに頷いた後、ソラは語る。
「竜祖は必ず倒さなくちゃならない。でも、その為にはまずはアークトゥルス=ギオ=オルスティアを倒して、このオルスティア統一戦役を終結させる必要がある。それができなきゃこの世界は怨気で満たされて、多くの犠牲者が出たあと、オルスティアという天空界は無くなる」
「させないさ、そのために私がここにいる。君と一緒に生きるこの空を守る為に」
それを聞き、頼もしさと心強さで満たされた。それ以上に、共に未来を歩めることが何よりも嬉しかった。ソラは笑みを浮かべ、ふと空を見上げた。
「奇遇だなあ、俺も同じこと考えてた」
変わってしまったものがたくさんあった。それでも変わらないものもある。あの時二人で見上げた空は、今確かにここへと続いている。
あの日交わした約束の場所へ、片翼の二羽が羽ばたかんとしていた。
第八章完
第九章に続く
ここまで物語にお付き合い頂き本当にありがとうございます。これにて第八章完となり第九章に続きます。
これよりしばらく書き溜め期間に入ります。
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