303話 エル=テンゲージ
「ようソラ、また派手にやってくれたじゃねえか」
対しソラはぎょっとた表情を浮かべる。エルとの激闘で、受け取ったばかりの新型宝剣である天叢雲の左側の推進刃と左腕部を失ってしまっていたからだ。
「すみません翅音さん! 翅音さんの打った会心の宝剣を二戦目で早くもこんなボロボロにしちゃって」
同時にエルもそんなソラをかばおうとする。
「あ、いや、それは私のせいなんだ。ソラは必死に私を止めようとしてくれただけであって……だからあまりソラを責めないであげてほしい。このとおりだ」
しかし、意外にも翅音の表情は強張っておらず、むしろどこか晴れやかであった。
「ふん、まあ神剣と戦ってこの程度で済んだんだ、むしろよくやった方だ。推進刃と左腕部に関しちゃ叢雲の部品を流用すりゃすぐに修理出来るしな。それに……」
翅音は口の端を上げ続ける。
「お前にピカピカの新品なんて似合わねえ、ちょっとくらいボロボロなくらいがむしろお前らしくてちょうどいいだろ」
「……翅音さん」
そんな翅音の気遣いの言葉に、謝意を示すソラ。そしてエルもまた礼をするのだった。
その後ソラは周囲を見渡し、この場に全員がいることを確認した。
「あ、ていうかなんか全員集合してるみたいだしちょうどいい、紹介するよ。今日から〈寄集の隻翼〉の一員になるエルだ」
ソラの紹介を受け、エルは凛とした雰囲気を醸し出しながら自己紹介を始める。
「たった今団長であるソラ殿から紹介にあずかったエル=テンゲージだ。今日からこの騎士団で世話になる。知ってる者もいるとは思うが私は元々〈灼黎の眼〉のオルタナ=ティーバと名乗っていた。そして竜醒の民となった竜祖セリヲンアポカリュプシスの分裂体でもある。そして、己の使命を果たす為とはいえ君達とは度々刃を交え迷惑をかけたこともあった。だがこれからはエリギウス帝国を倒す為、竜祖を倒しこの空を守る為、〈寄集の隻翼〉の騎士の一員となり、君達と同じ志の元全身全霊――」
「いや固い固い! 蟹の甲羅くらい固いよ! もっと肩の力を抜いていいって!」
想像してた以上に真面目一辺倒のお堅い自己紹介に、ソラは思わずエルの言葉を遮って進言した。
「だ、誰が蟹の甲羅だ! ……いやしかし、こういうのは最初が肝心だというだろ? しっかりと心意を表明しなければ皆からの信頼を得ることなど出来はしないというのに何を水を差してるんだ君は!」
対し、エルは心外だとばかりに反論する。そんなエルにソラは更に見解を述べた。
「そりゃそうなんだけど、何か近寄りがたいオーラ全開だったし、俺はエルが本当は親しみやすいってところを知ってもらいたいっていうか」
すると、エルは一理あるといった様子で口元に手を当てながら少しだけ考え込み、真を空けてから閃いたかのような表情を浮かべて返した。
「……よし、じゃあ親しみを持たれるための処世術に関する書物を今度読んでおく」
「そ、そういうことじゃないんだよなあ!」
「なら剣を交え互いの実力を知った上で――」
「いやそれも違う!」
エルのあまりの生真面目さに困惑しながら思わずツッコまずにはいられないソラ。
しかしそんな二人のやり取りに、期せずしてその場に自然と笑い声や笑顔が生まれているのだった。
そしてデゼル、プルーム、エイラリィがまずは二人に声をかける。
「あははは、もう大丈夫だよソラ」
「うん、なんか今のやり取りでエルちゃんがどういう人なのか大体わかった気がするよ」
「それにソラさんが信頼してるのならば、信頼に足る人物なのは最初から分かっています」
三人の言葉を受け、ほっとしたように表情を綻ばせるソラと、ぽかんとして佇むエル。
「まっ、とりあえず俺らの方も自己紹介済ませるとしようぜ」
直後、フリューゲルの提案に各々が自己の紹介を開始するのだった。
「射術騎士のプルーム=クロフォードだよ、宜しくねエルちゃん」
「その声、君はあの時の!」
するとエルはプルームの声を聞いて気付く。かつて塵の空域攻略戦にて交戦し、半壊させてしまったカットラスを操刃していた騎士であることを。
「その節は君の騎体を傷付けてしまい本当にすまなかった」
「いいよいいよ、あの時はお互い敵同士だったんだし、今はこうして同じ騎士団の仲間なんだから言いっこなしだよ」
頭を下げて必死に謝罪をするエルを、プルームは快く受け入れた。
それから自己紹介は続く。
「支援騎士のエイラリィ=クロフォード、プルームの双子の妹です。同じお固い物同士仲良くしましょうエルさん」
「同じく支援騎士のデゼル=コクスィネル、翼獣と翼獣舎の担当もしてるからよかったら見学しにきてね」
「狙撃騎士のフリューゲル=シュトリヒだ、宜しく頼むぜ」
「伝令員のパルナ=ティトリーよ、私は制服造りも兼任してるから後で採寸させてねエル」
そして――
「白刃騎士にして密偵騎士のシーベット=ニヤラだ」
「シーベットのお目付け役であるシバだ、宜しく頼むぞエルよ」
エルは突然言葉を発した喋る犬であるシバに、少々驚きながらも勘づいた。
「……そうか、〈寄集の隻翼〉に存在するという風の大聖霊獣はシバ殿のことだったんだな?」
「いかにもだ、私の真名は風の大聖霊獣フェンリル。訳あってシーベットのお目付け役になり、今はこの騎士団に世話になっている」
そう説明するシバであったが、エルには話の九割がたは入っていなかった。何故なら――
――喋ってる……か、可愛い……お願いすれば後でもふらせてくれるだろうか?
エルは表情を保ちながらも、子犬の見た目をしながら言語を話すシバの姿に内心虜になっていたのだった。
そんなエルにシーベットが何やら覚ったのか、不意に尋ねる。
「後でシバさんをもふるか?」
「いいのか!」
すかさず目を輝かせながら食い付くようにエルは答えてしまった。そんな自分と、周囲の視線に気付いて我に帰ると、エルは咳払いをして照れ臭そうに佇んでいた。
気を取り直し、カナフとアレッタが名乗る。
「狙撃騎士兼鍛治のカナフ=アタレフだ、宜しく頼む」
「〈亡国の咆哮〉からこの騎士団に派遣されてる白刃騎士のアレッタ=ラパーチェです」
続けて名乗るウィンとアーラ。
「ついこないだ入団したばかりなのですが、僕は射術騎士のウィン=クレインです。僕も元エリギウスの騎士でしたが今はこの子のためにエリギウスと、そして竜祖と戦います。宜しくお願いしますエルさん」
「アーラだよ、宜しくねエル」
すると、アーラを見てエルは魂で直感した。アーラが神鷹やペルガモンと同じ存在であるということに。そして問う。
「ウィン殿、もしかしてなんだが……この子は竜醒の民なのか?」
対しウィンは答える。アーラはかつてエリギウス帝国で囚われていた竜醒の民であり、竜魔騎兵計画のために竜祖の血晶を取り入れ、幼い姿のまま永きを生きてきたのだと。
その境遇を聞き、エルがアーラに対し憐憫の眼差しを向けていると、アーラはエルのスカートの端を掴み、もじもじしながら言った。
「ねえねえエル、アーラお願いがあるの」
「お願い?」
「今度アーラのこと時々ぎゅってしたりしてほしいの……だめ?」
母親のいないアーラにとって、全ての竜の祖であるセリヲンアポカリュプシスの分裂体であるエルに、きっとそれに近しい何かを感じたのだろう。エルはそれを覚ると、思わずその場でアーラを抱きしめていた。
「えへへへへ」
エルに抱きしめられご満悦で笑顔を浮かべるアーラ。そんなアーラの頭を優しく撫でながらエルはしみじみと呟いた。
「はあ……もう、可愛すぎる」
すると……シバの時といい、今といい、エルの意外な姿に好奇の視線を向けるソラとその周囲。
「もしかしてエルって……動物とか子供とか意外と可愛いもの好きなのか……」
「ち、ちがっ! さっきのは単に大聖霊獣の毛並みとはどのようなものなのか興味があったというか……これはこの子が不憫だったから!」
「そういえばメルグレイン王国の玉鋼の子達もエルに懐いてたよな確か、実は裏ではデレデレだったんじゃ」
「そ、そそそそんなことは無い! 私は常に厳しい鋼鉄の如き女だ!」
ソラの指摘に、頬を赤くしながら必死に否定するエルであったが、凛とした雰囲気のキャラが早速崩壊し、期せずして皆が親しみを抱いていたのだった。
そんなこんなで最後に翅音が名乗る。
「鍛冶の翅音だ」
「翅音殿、恩赦の件ではルキゥール陛下に口利きしたくださり感謝しています」
自分に寛大な処置を下すようルキゥールに口利きしてくれた翅音に、エルは感謝の意を示す。
「ああ、まあ別に気にすんな……それより気になってたんだが、お前さんさっき天花寺と名乗ってなかったか?」
「あ、いえ、私が名乗ったのは天花寺ではなくテンゲージです」
聞いただけではエルの言葉の意味が理解出来ず、翅音は訝しむように首を傾げた。そんな翅音に、ソラが経緯を説明するのだった。
「ああ、実はここに来る直前、神鷹に会ってきたんだ」
303話まで読んでいただき本当にありがとうございます。
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