302話 帰還
場面は何も無い白い空間。
フリューゲルのエッケザックスと戦い、撤退を余儀なくされたペルガモンは、その後竜祖へと報告を行っていた。
「申し訳ありませんセリヲン。デュランダルを奪取することは叶いませんでした」
「いや、そんなことは大した問題じゃないよ、別に僕は神剣が欲しいわけじゃない、欲しいのはその戦闘情報だからね。でもそれに関してはこの後巻き起こる戦火の中で果たされる筈だ」
それを聞き、ペルガモンは大きく嘆息した後で小さく返した。
「ええ、確かに……それよりも――」
直後、竜祖はペルガモンの言葉を遮り、続けた。
「そう、問題なのはナナツメが僕を裏切り、僕の元を去ったこと……そうだろ?」
その問いに、ペルガモンは静かに頷く。
「あなたの見る未来の中にこの道筋は存在していなかった。一刻も早くソラ=レイウィングという異端者を始末する必要がある。そしてナナツメも始末し、あなたとの融合を果たさせなければ」
あり得る筈のない結末。想定外の事体。ペルガモンは少しだけ焦りの表情を浮かべながら歯を軋ませた。すると竜祖はペルガモンにとってあまりにも意外な発言をするのだった。
「でも、それをナナツメが選んだというのなら、僕は咎めはしない」
「なっ!」
「それに、これで運命はどちらに転ぶかいよいよ分からなくなってきた。アーサー=グラストンベリー率いるエリギウス帝国か、ソラ=レイウィングのいる〈因果の鮮血〉陣営か」
竜祖は不敵な笑みを浮かべながら続ける。
「――二人共、僕の見る未来の外にいるからね」
「セリヲン、なぜあなたはそれを解っていながら奴らを放置し続けるのですか? あなたは人としての到達点に至り、今度こそ〈剣と紅き竜の火〉に勝利することが悲願なのではないのですか?」
ペルガモンの必死な問いに、竜祖は冷淡に返す。確かに自分が人へと転生し、この永きに渡り準備してきた理由はそのとおりだ。しかし……自分は定められた未来をなぞりたい訳ではない。
かつて生物としての祖でありながら、聖霊神に裏切られ、己の分裂体である竜王達に否定され、一つとなった世界から拒絶され排除された。だからもう一度一つとなった世界と戦い、力の到達点として抑止力となり世界を守り続ける。そうすることで、自分がこの世界に必要な存在であることを聖霊神と世界にただ証明したいのだと。
「であるならば尚更ナナツメは必要なはず!」
「そうだね、でも僕の一部であるナナツメが誰かを愛し、誰かに愛される。僕には決して歩めず、理解できない心を持った……僕はそれが少しだけ嬉しいんだ」
それはペルガモンが知らない竜祖の顔だった。全ての竜の母であり、闇を司る恐怖の象徴であった竜祖セリヲンアポカリュプシス。しかし、その慈愛に満ちた表情は、正しく母のようであった。
「では、完全体へとなるのは諦めると?」
「この先起こるであろう大戦で命尽きたのなら、僕は喜んであの子と一つになる……でも、世界が一つとなるその時まで、僕はあの子をただ見守るとするよ」
竜祖の告げた結論に、ペルガモンは言葉を失った。それはあまりにも想定外、あまりにも目論見から外れていたからだ。ペルガモンにとってそれは絶望以外の何ものでもなかった。
しかしそれでも、絶望そのものはペルガモンにとっては想定内であった。
※
数時間後、ペルガモンはとある一室にいた。
そこは何かの研究室のような場所であり、薄暗く、冷たい壁に囲まれた小さな部屋。
そして中央には液体で満たされた培養管が存在し、その中には竜祖……或いはエルと同じ顔をした長い白髪の少女が眠っていた。
「ナナツメが心を持ったあの日から、準備を進めてきて正解でしたね」
その少女を見ながらペルガモンは独り呟いた。
「セリヲンは我々竜の母、完全な存在でなくてはなりません。そのためにあなたが必要なのですよ……ねえ、ヤツメ」
※
ソラとエルがレファノス王国王都セリアスベル島に、フリューゲルがメルグレイン王国王都リンベルン島へそれぞれ飛び立ってから数時間後。
ひと足先にツァリス島へと帰陣したフリューゲル。そしてツァリス島の本拠地格納庫には雷の神剣エッケザックスが悠然と佇んでいた。
アルテーリエとの協議の結果、有事の際すぐにエッケザックスを起動出来るよう、所在はフリューゲルの所属する〈寄集の隻翼〉本拠地ツァリス島となった。
国宝を譲渡することを反対し、突出した戦力をもたらす神剣を一騎士団に所持させることを危険視する上層部の者達も多かったが、アルテーリエは決して退かず、最優先すべきことを押し通した。
こうして今、エッケザックスはツァリス島にあるのだが、〈寄集の隻翼〉の団員達はその姿を一目見ようと、格納庫へ続々と集まって来ていた。
「凄いよフリュー、僕達幼馴染四人の中から二人も神剣に選ばれる騎士が誕生するなんて」
「まあ蓼食う虫も好き好きっていいますからね」
「おいそれさっきソラにも同じこと言われたぞ! そんなに俺は辛そうか!」
フリューゲルと付き合いの長いデゼル、エイラリィがまずはフリューゲルの元に駆け寄って功績を労い、プルームもまた朗らかな笑顔で言葉をかけた。
「私はフリューなら絶対大丈夫だって思ってたよ」
「プルーム……」
するとフリューゲルは、ふと純血の契の時のことを思い出し、感謝の言葉を述べた。
「多分お前のおかげだ、ありがとうな」
「えっ、私?」
しかしフリューゲルがエッケザックスに選ばれたことに対し、自分は礼を言われるようなことは何もしていないのに、と首を傾げながらきょとんとするプルームに、フリューゲルは続けた。
「お前が昨日の夜言ってくれた言葉が、俺の中の雑念とか不安とか、何か色んなもんを取っ払ってくれた。別にそういうのあろうがなかろうが結果は変わらなかったのかもしんねえ……でも、お前がいてくれてよかった」
「フリュー……うん」
フリューゲルの言葉に、プルームは少し照れ臭そうにしながらも、満面の笑みを返した。
続けて、カナフとアレッタがフリューゲルに声をかける。
「これで狙撃騎士としてまた水を開けられてしまったなシュトリヒ」
「凄いですねえ、私動いてる神剣見たのって初めてですよ」
すると、アーラが目を輝かせながらエッケザックスを見上げていた。
「うわあ、すごいなあ、かっこいいなあ、アーラも今度乗ってみたいなあ」
「あのなあ、神剣はおもちゃじゃねえんだぞ」
「ふんだ、フリューゲルのケチッ!」
「こらアーラ、そんな言い方したらいけませんよ」
頬を膨らませてそっぽを向くアーラを窘めるウィン。
一方シーベットもまた、やや遠目から、エッケザックスと功績を称えられるフリューゲルを見ながら頬を膨らませて言う。
「狙撃男め、神剣を独り占めとは生意気な。よし、シバさんマーキングだ!」
「シーベットよ、私にも恥じらいというものがあるのだが?」
そして、後頭部を掻きながら舌打ちをする翅音。
「これでうちには神剣が二騎か、こりゃ整備すんのも骨が折れるぜ、なあカナフ」
しかし面倒くさそうにしながらも、その表情はどこか晴れやかで、まんざらでもない様子であった。
「そうですね……でも、鍛冶の端くれとして勉強になります」
その時、伝令室からパルナの伝声が格納庫に響いた。
『ソラとエルの二人、間も無く帰陣するわよ』
続けて、格納庫の天井が解放され、天叢雲が帰陣を果たし、フランヴェルジュが空いたスペースへと格納された。
そしてまず天叢雲の鎧胸部が開放され、ソラが降り立った。
そこには帰還したソラと、ソラが連れ帰ったエルとの対面を果たそうと、伝令室にいたパルナを含めた全団員が続々と集ってくる。
「ふう、ただいまー」
「おかえりソラ!」
「ただいまアーラちゃん」
まずはアーラがソラに駆け寄り、嬉しそうな笑顔で足元にしがみ付く。ソラはそんなアーラの頭を優しく撫でた。
続けてフリューゲルが歩み寄り、ソラ達の無事の帰還に胸を撫で下ろした。
「どうやら無事許しを得られたみてえだな」
「はは何とかな……まあ俺別に何の役に立ってなかったけど」
すると、フランヴェルジュの鎧胸部が開放され、エルが格納庫へと降り立った。
「ん? ていうか誰だこいつ?」
そのエルの姿を見て、訝しむように首を傾げるフリューゲル。
「誰ってエルだよ、割とさっき会ったばかりだろ。髪切ったから気付かなかったのか?」
「ええっ! 雰囲気が全然……ていうかお前そんな顔してたのかよ?」
無意識に想像していたエルの素顔と目の前のエルの素顔の乖離に混乱気味なフリューゲルを見て、ソラは目を細めながらほくそ笑んだ。
「ははーんフリューゲル、さてはエルが可愛いもんだから驚いてるな?」
「な、突然何を言いだすんだ君は!」
恥ずかしげもないソラの言葉に、エルが顔を赤くして狼狽え、フリューゲルは図星だと言わんばかりに押し黙った後、プルームの元に歩いて行き両肩に手を置いて言う。
「言っとくけどプルームだって負けてねえ」
「何を勝手に張り合おうとしてるんだよ!」
今度はプルームが顔を赤くして狼狽えながら思わず抗議する。
すると翅音がソラに詰め寄り、親指で天叢雲を差した。
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