301話 ヘアカット&イメチェン回
「え、いや、これは」
「許せないわ、あなたの可愛らしい顔を隠す髪型を強要するなんて、竜祖っていうのは碌でもない奴ね」
続けてセリーヌとアンもエルに近寄ると口々に言うのだった。
「確かに、まとめていたとはいえ、前々からあなたは髪が長すぎると思っていました」
「それじゃ目が悪くなっちゃいそうで心配だよ」
すると、ルージェはエルの肩に手を置き提案する。
「それじゃあこうしましょう、エルあなたここで髪を切っていきなさい」
「えっ、い、今ですか?」
「当たり前でしょ! 次いつ会えるか分からないんだから。セリーヌ、頼めるかしら?」
ルージェに振られ、セリーヌは眼鏡を上げる仕草と共に目を輝かせた。
「勿論ですルージェ様、お任せください」
「せ、セリーヌ様まで」
続けざま、無邪気な援護射撃をするアン。
「大丈夫だよエル、セリーヌ様はルージェ様の整髪を担当している一人なんだよ、きっと可愛くしてくれるよ」
「そ、そういうことではなくて」
ついさっきまで罪悪感に苛まれていた自分が、散々迷惑をかけたこのレファノスで呑気に髪など切ってもらっていてはいたたまれないとエルは思った。
しかし、三人の圧にたじたじのエルは、ソラに助けを求めようと振り返るのだがそこにソラの姿はなく、視線を戻すと目を輝かせてセリーヌに詰め寄るソラの姿があった。
「どんな? 一体どんな髪型にしてくれるんですか? あ、でも見た時の楽しみにしたいって気持ちもあるし――」
「何で君までそんなに乗り気なんだ!」
もはや断れるような状況ではなく、エルは渋々ルージェの申し出を観念したように了承するのだった。
「はあ、もう……好きにしてください」
「よし、そうと決まれば善は急げ、行くわよセリーヌ、アン」
それを聞き、ルージェは嬉しそうにそう言いながらエルの手を引き、セリーヌとアンと共に格納庫を出て行った。
それから――一室の椅子に座らされ、ルージェ達はエルをどんな髪型にするかを思案に暮れていた。
「ああ、楽しみだわ、エルにはどんな髪型が似合うのかしら」
髪に触れながら恍惚の表情を浮かべるルージェを見て、エルが尋ねる。
「あの……ルージェ様、また私で遊んでませんか?」
「人聞き悪いことを言わないでよね、楽しんでるだけよ」
「同じじゃないですか!」
そして、ツインテール、サイドテール、ロング、ロール等々、エルを蚊帳の外に似合いそうだという髪型を口々に言い合う三人。
「とりあえず、改めてエルの素顔を見ながら確認しましょうか」
するとセリーヌは、不意にエルの顔を隠してしまっている前髪を上げながら提案する。
瞬間、三人は言葉を失った。エルの左頬に、黒い翼のような形の痣が隠されていたことを知ったからだ。
そして三人が三人共涙ぐみながら、慚愧の言葉を口にするのだった。
「ごめんなさいエル、私何も知らず勝手にはしゃいで……あなたのこと傷付けてしまったよね?」
そう懺悔しながら、後ろから優しくエルを抱きしめるルージェ。
「私も謝るわエル、長い髪には何か特別な理由があるのだと考えを巡らせるべきだった」
左頬にそっと触れながらセリーヌが言う。
「エル……だからいつも顔の左側を隠してたんだね」
そして手を握りながら、涙を零すアン。
何とも言えない空気になってしまい、エルはたじろぎながら必死に誤解を解こうとする。
「え、あの……違うんです、別にこの痣を隠したくて今の髪型にしていた訳じゃなくて、たまたまというか……確かに侍女として潜入してた時はあえて隠してましたけど、それは正体を少しでも隠すためであって――」
「無理しなくていいのよエル、あなたはこのままでも十分素敵だもの」
ルージェ達に、慈愛に満ち溢れた眼差しを向けられ、更にいたたまれなくなったエルが叫ぶ。
「ほ、本当に違うんですって!」
「え?」
すると、エルは嘘偽りの無い透き通った眼差しと、真っ直ぐな声で言う。
「この痣はむしろ私の誇りなんです。空っぽだった私が、親友を救うことが出来た証なのですから」
「……エル」
そしてエルは、優しい微笑みを浮かべながら、どこか決意したようにセリーヌへ告げた。
「セリーヌ様私……お願いしたい髪型があるんですが」
「お願いしたい髪型? 本当に? いいわ、言ってみて」
「よろしいですかルージェ様?」
「当たり前でしょ、本人がしたい髪型にするのが一番よ」
一方、ソラは部屋の外で壁にもたれかかりながら、髪を切ったエルが登場するのを心待ちにしていた。
ソラがエルの素顔を最後に見たのは七年も前。ソラの中では、エルの素顔は七年前のままだ。だが、オルタナ=ティーバではなく、自分と同じ分だけ成長したエルという親友の姿を初めて見ることが出来る。そんな期待が心臓の鼓動を早めさせた。
そしてエル達が部屋に入ってから小一時間。部屋の中から入室を許可するアンの声がかかった。
ソラは期待と緊張で胸を一杯にさせながら扉を開ける。
ソラは、時が止まったような錯覚に陥った。止まった刻の中で窓から吹き抜ける風が、エルの髪をゆっくりと揺らしていた。
そこにいたのは、肩までの長さのショートボブになったエル。成長してはいるが、人形のように整っていながらどこか幼さと愛らしを残す顔は当時のまま。そしてその髪型も出会った頃と同じ、まだ髪が黒紫色だった頃のエルの髪型だ。
「エル……その髪型」
驚いたように呟くソラ。するとエルは頬を掻きながら少しだけ照れ臭そうに返す。
「ソラは七年前の私のことをずっと覚えていてくれた。でも私は七年前と随分変わってしまった。顔も、背も、声も、髪の色も……ならせめて髪型だけは君と出会ったあの頃のままでいたいと思って」
そんなエルの台詞に、ソラは思わず赤面した。そして見惚れたようにエルの顔をじっと見つめ続けていた。
「そ、そんなに見ないでくれ、素顔を見られるのはまだあまり慣れていないんだ」
すると、目を反らしながら恥じらうような仕草のエルに、その場の全員が頬を赤くさせる。続けてルージェがたまらずエルに抱き着いた。
「もう、何て健気なのエルは!」
「ちょっ、ルージェ様」
滲んでいたであろう額の汗をゆっくりと拭いながら、一仕事終えたと言わんばかりのセリーヌ。
「ふう……素材が良いのでやりがいがあると同時に緊張しましたよ。でも希望に添えてそうで何よりです」
「ありがとうございました、セリーヌ様」
エルの手を握りながら満面の笑みで称えるアン。
「エル、すっごい似合ってるよ」
「ありがとうアン」
そんなやり取りを見ながら、ソラは微笑ましそうな表情で一人呟いた。
「はは、人気者だなエルは」
すると突然、ルージェがソラに詰め寄り、睨み付けながら告げた。
「ちょっとあんた、これだけは覚えておきなさい」
「は、はい」
「もし私のエルを悲しませるようなことがあったらお父様に言ってあなたを極刑に処してもらうからね」
「き、肝に銘じておきます」
こうして、ソラとエルはレファノスで無事恩赦を得ることが出来た。エルはルージェ、セリーヌ、アンに別れを告げ、新たな道を行く。そして、デュランダルは厳重な警備の元、再びレファノスで修繕を行いながら管理することとなった。
また、ルキゥールの計らいで、エルに量産剣フランヴェルジュが貸し出されることとなり、ソラの天叢雲とエルのフランヴェルジュの二騎は、ツァリス島へ向けて飛び立つのだった。
301話まで読んでいただき本当にありがとうございます。
ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。
誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。