300話 生き抜く理由
その後、ソラとエルはセリアスベル島へと到着した。既にレファノス王国にはデュランダルを奪還したことだけを報告済みであるため、そのまま王城格納庫への着陸が許可される。
そして破壊された天井部分から、天叢雲とデュランダルを格納庫へと降り立たせるソラとエル。
ソラは、格納庫の破壊された天井や壁を見ながら思わず漏らした。
「随分と派手にやったなあ」
それを聞き、気まずそうに呟くエル。
「すまない……あの時はこうするしか無かったんだ」
直後、レファノス王国の騎士の一人がソラを出迎える。
「デュランダル奪還お疲れ様でした、感謝いたしますソラ殿。メルグレイン王国から帰還したルキゥール陛下が王座の間でお待ちですので案内いたします」
言いながら、騎士はソラの隣にいるエルの存在に気付いたようで、ハッとしたように叫んだ。
「え、というかそいつ、デュランダルを強奪した侍女じゃないですか! 何で縄も付けず自由な感じになってるんですか!」
「あ、いや……その……話すと長くなるんでとりあえずこのまま王座の間まで案内してもらえます?」
「馬鹿な事を言わないでください! 神剣を強奪した重罪人をいきなり王座の間に連れていける訳ないでしょ!」
騎士の尤もな意見に、ソラが頭を抱えていると、とある人物が格納庫に突如現れた。
「ほう、まさかデュランダルを盗んでいった張本人がのこのこ舞い戻ってくるとはな」
その人物とはルキゥールであり、当然ではあるが立腹した様子でぶっきらぼうに言い放った。
「陛下、なぜこのような場所に!」
「ふん、盗まれた我が国の至宝が戻ったというならば己の目でそれを確かめに来るのは当然であろう」
続けてルキゥールは鋭い視線と共に、エルに凄まじい威圧感を向けた。
「フラム=ミィシェーレ、貴様は娘のルージェが侍女として三ヶ月前に雇った女だな……エリギウス帝国の内通者であったとはな、それにしても堂々とここへ戻ってくるとはどういう了見だ?」
するとエルは片膝を着き、平伏の姿勢で返す。
「ルキゥール陛下の仰るとおり私はエリギウス帝国に所属する騎士でありながらルージェ様を騙しレファノスに潜入しておりました。そして此度は私がしでかした不始末のため、レファノス王国に多大な損害を与えたこと、王国の至宝である神剣デュランダルを強奪しようとしたばかりか損傷させてしまったこと、謝罪のしようもございません。どのような罰でも甘んじて受ける覚悟にございます」
「ほーう、では極刑も受け入れるというのだな」
「いや、ちょっ! 待ってくださ――」
ルキゥールの問いかけに対し、焦りながら割って入ろうとするソラであったが、エルはすかさず、躊躇なく答えた。
「いえ、それだけは無理です」
エルの発した言葉が意外であったのか、ぽかんと立ち尽くすルキゥール。するとエルはルキゥールに向かい、至極冷静に語りかけるのだった。
今、この世界には転生した竜祖セリヲンアポカリュプシスが竜醒の民として存在している。そして自分は竜祖が生み出した七体の分裂体の内の一体である。
また、かつて自分はソラに救われた過去があり、ソラの体内に封印された怨気を浄化するため、竜祖の命令でエリギウス帝国の騎士として使命を果たしていた。そしていよいよ竜祖と一つになる時が迫り来る中、竜祖の血晶を得るために最後の任務として与えられたのが神剣デュランダルの奪取であったのだと。
しかし、今回ソラが自分を止めてくれた。自分はエルという一人の人間なんだと必死に叫んでくれた。例え怨気に蝕まれる時がいつかやって来るのだとしても、最後までお互いが傍にいて一緒に生きようと言ってくれたと。
「だから私は今在る時を精一杯生き抜く、何があっても死ぬわけにはいかないのです。勝手なことを言ってるのは重々承知しております、それでも私は、こんな私に一緒に生きようと言ってくれたソラのことを絶対に裏切りたくないのです」
衝撃の事実を交えながらも、自分の想いを必死に伝えたエル。開き直りに思えるかもしれない、恥も外聞もないかもしれない、それでもエルは今度こそ本当に守るべきもののため、なりふり構ってなどいられなかったのだ。
罪を償うためにはどんな事でもする覚悟はある、それでも譲れないものがある。相反する想いと、その矛盾の果てに、エルの出した精一杯の結論であった。
すると、ルキゥールは突然吹き出し、豪快に笑い出した。それを見て、今度はソラとエルがぽかんと立ち尽くす。
「ガッハッハッハ! どんな罰でも甘んじて受けると言いながら、きょ、極刑は無理だと! し、しかもそんな真面目なトーンで滅茶苦茶なことを言いよる! 面白い奴だなお前は」
涙目になりながらひとしきり笑い倒した後、ルキゥールは大きく深呼吸し、告げる。
「翅音先生からあらかた話は聞いている、竜祖のことも、お前の正体のことも……そしてソラにとって大切な存在であるお前に寛大な処置を求めるようにもな」
「翅音さんが」
「罰しようなどとははなから思っておらん。だが、お前がもし極刑を受け入れると言っていたなら、俺はお前を信用することなど永劫無かったであろう」
その言葉は、ルキゥールがエルの罪を赦すつもりであることを示していた。そして、驚いたように顔を上げるエルに、ルキゥールは続けた。
「それにお前が償うべきは俺ではない、お前を信じていた者達にだ」
ルキゥールはそう言い終え、合図すると、扉の影から三人の人物が現れた。
「……フラム」
エルはその声に振り返り、立ち上がった。現れた三人とは、王女であるルージェ、侍女頭のセリーヌ、侍女としての先輩であるアンであった。
「ルージェ様、セリーヌ様、アン」
三人の姿を見てエルはいたたまれなくなり、少しだけ顔を背けてしまった。信じてくれていた人達を裏切ったという事実は消えない、そんな想いが無意識にそうさせた。
すると、エルにまず最初に声をかけたのはルージェであった。
「お父様から話は聞いたわ、色々と信じられないことばかりで頭が追い付かないけど……あなたが戻って来てくれたのは本当なんでしょ?」
「ルージェ様、私は……」
戻ってきたとはいえ、自分は、これからは〈寄集の隻翼〉の騎士。もうルージェの侍女としては戻れない。すると、期待を裏切ってしまうだろうと口ごもるエルを見て、ルージェは小さく嘆息した後、微笑んで言う。
「解ってるわよ、あなたが私の侍女としては戻って来れないことくらい、それでも……ここに戻って来てくれたことが嬉しい」
「……ルージェ様」
続いてセリーヌが言う。
「あなたにはまだまだ仕込みたいことが山程あったのですが仕方ありませんね」
「……セリーヌ様」
そして素直な気持ちを伝えるアン。
「竜祖の分裂体さん達は皆竜祖と一つになっていったけど、でもフラムは……エルはそんな中で唯一私達の味方なんだよね? それって凄く心強いことだよ」
「……アン」
自分が竜祖の分裂体だと知った上で、それでも敵意の感情ではなく、理解と温かな感情を向けてくれた三人に、エルは申し訳なさと、それ以上の感謝の気持ちで心が満たされ、溢れた。
「ごめんなさい……ありがとうございます」
涙を溢れさせ声を振るわせるエル。するとルキゥールが咳払いをし、厳粛な雰囲気で告げる。
「ルージェ達が許すというのならば、此度の不始末、不問とするしかあるまい。ただし、今後は〈寄集の隻翼〉の騎士として〈因果の鮮血〉陣営のために尽力してもらうぞ」
ルキゥールの寛大な処置に、エルは涙を拭うと再び片膝を着き、返す。
「はっ、この命に換え――ることは出来ませんが、力の限り戦い抜くことを約束します」
その言葉に、再び笑い出すルキゥール。そしてほっと胸を撫で下ろし、ルキゥールに深く頭を下げるソラ。
「よかった、エルが許されて本当によかった。ありがとうございますルキゥール様」
「……格納庫とデュランダルの修繕費は〈寄集の隻翼〉に請求するがいいか?」
「ええっ!」
「冗談だ」
それを聞き、再びほっと胸を撫で下ろすソラであった。そんなソラを見て、ルキゥールは心の中で呟く。
――ふっ、竜祖の分裂体に心を与え、今日運命を変えてみせた。大した男だ……なあ姐さん。
すると、ルージェがエルに近付いていき、髪に隠された顔をマジマジと覗き込む。
「エル、あなたどういうつもりなのその髪型は?」
皆様の応援のおかげで遂に300話まで来ることができました。物語はもう少し続きます。
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