298話 切り開かれた道と、新たな力と
ソラとエル、二人の激闘と結末を見届けた〈寄集の隻翼〉の団員達と、神鷹はそれぞれが想いを馳せていた。
腕を組み、ぶっきらぼうながら誇らしげにソラを讃える翅音。
「あいつマジで俺の宝剣で、真っ向から神剣をねじ伏せやがった……ったく大した奴だよ」
小さく涙を拭うような仕草をした後、微笑みながら言うエイラリィ。
「何度だって立ち上がって、どんな時でも諦めないあなたの姿は、やっぱり私を奮い立たせてくれる。やりましたねソラさん」
瞳一杯に涙を溢れさせながら、心から祝福するパルナ。
「よかった……本当によかったねソラ」
そして神鷹は、感慨深げにソラとエルを見つめた後、優しく柔らかに笑んだ。
――礼を言うぞソラ=レイウィング。さすがはオルタナが選んだ男なだけはある。
「ふん、だが貴様がオルタナに相応しいかどうかはまた別の話だぞ」
すると神鷹はすぐに表情を険しくさせ、一人呟くのだった。
場面は再び、ソラとエルへと移る。
暫くエルを抱きしめていたソラは、ふと我に帰った。
「はっ、そういえばこれ伝令室から見られてるよな」
「そ、そうなのか?」
それを聞き、エルは顔を真っ赤にして咄嗟にソラから離れた。
「「…………」」
二人の間を沈黙と気まずい空気が流れる。するとソラは、冷静に今の状況を鑑みて呟く。
「デュランダル……返しにいかないとなあ」
エルもまた、冷静に自分のしてしまったことを振り返り、その重大さに頭を抱える。
「す、すまない……私がしたことは到底許されることではない」
しかし、覚悟を決めたように顔を上げ、凛とした声で伝えるエル。
「でも、私は竜祖と決別し、これからは君達と共に戦うと決めた。である以上有耶無耶ではなく、しっかりと罪を償ってから〈寄集の隻翼〉に入団させてほしい」
エルの言葉に、ソラは小さく嘆息した後、優しく笑んだ。そしてエルの口から〈寄集の隻翼〉への入団の意志があることを聞き、安堵で満ちていた。
「何ていうか、相変わらずエルは真面目だよなあ」
「と、当然のことだろう?」
「分かってる、だから俺がエルと一緒にレファノスに行くよ。それで少しでもエルが減刑してもらえるよう嘆願する」
「……一緒に行ってくれるのか?」
申し訳なさそうに俯き、消え入りそうな声で尋ねるエルにソラは笑顔で返す。
「俺はこれでも〈寄集の隻翼〉の団長だからな、団員候補の不始末の責任くらいは取るさ」
「すまない、苦労をかける」
そして頭を下げて謝意を示すエルを見て、ソラは吹き出した。
「何かエルって昔から固いんだよな、そういう時は“ありがとう”でいいよ」
気遣うようなソラの言葉を聞き、何かを思い出しながら呟くエル。
「……そういえばソラ、君さっき私のことを『頭でっかちの分からず屋』とか言ってなかったか?」
「あ、いや、違う、それはその……思わずというか、竜域に入ってたから無意識に口を出たっていうか」
「本心ってことじゃないか!」
二人がそんな取り留めも無いやり取りをしている時だった。突如パルナから緊急の伝声が入る。
『ソラ! そっちに高速で接近中の騎影を確認、数は一騎、所属は不明!』
自分達へと襲来する何か、天叢雲もデュランダルも激闘の果てに飛翔力を失っており、振り切るのは難しいことから、ソラはここで敵を迎え撃つことを決めた。
そして――とある一騎のソードが、ソラとエルの前に現れる。
それは彫刻のように繊細な模様が刻まれた神々しさを持つ白いソードであり、竜の双翼のような特殊な兜飾りを着けていた。
「この感覚、まさか!」
エルは第六感により、そのソードを操刃している人物に見当が付いているかのような口振りで呟いた。
直後、その白いソードを操刃している人物から、ソラの天叢雲とエルのデュランダルに伝映と伝声が送られた。
『デュランダルの奪取に手間取っていると思い様子を見に来てみれば、アラシェヒル奪還が妨害された時にいた騎体と並び立っているとはどういうつもりなんですかナナツメ?』
その人物とは、銀色の髪と金色の瞳が特徴の老齢の男性。醒玄竜教団教皇ジーア=オフラハーティであり、竜祖からは竜としての真名であるペルガモンと呼ばれている男であった。
「ペルガモン、私は竜祖と決別し、竜祖を倒すと決めた」
『……本気で言っているのですか? 竜祖の分裂体であるあなたが、竜祖と戦う? 一体何の冗談なのでしょう?』
「確かに私は竜祖から生み出された分裂体だ。でも私は代替品じゃない、私は私だ! そう教えてくれた人がいる……私はその人と共に生きるために戦うんだ」
強い意志ではっきりと言い放つオルタナに、ペルガモンは大きく嘆息し、こめかみを押さえた。
『この未来は無かった筈です……やはり大きく綻び始めている。原因はあなたですよね、ソラ=レイウィング』
突然自分の名を呼ばれ、表情を強張らせながら伝声には応じないソラ。それでもペルガモンは、ソラに語り続ける。
『危険だ、危険すぎる、例え小さなイレギュラーだろうとこれ以上放置していては、これまで積み上げて来たものが水泡に帰す。ここで消えてもらいますよソラ=レイウィング』
すると、白いソードは腰背部に収められた刃力弓を抜き、両腰の刃力核直結式聖霊騎装の砲身を展開し、天叢雲へと向けた。
対し、ソラはデュランダルの前に出ると、エルへと告げる。
「エルのデュランダルは剣を失って攻撃能力が無い、ここは俺に任せてエルは一足先にセリアスベル島に向かっててくれ」
『なっ、駄目だソラ! 君の騎体は今片側の推進刃と片腕を失っているんだぞ』
直後、パルナとエルからソラへと伝声が入る。
『ソラ、そのソード、刃力係数が神剣並よ!』
『あれは恐らく疑似大聖霊石を核とした新型の騎体、消耗した状態でやり合うのは危険だ!』
しかしソラは竜域に入ると、天叢雲に羽刀刃力剣を構えさせ、至極冷静に言い放った。
「心配しなくていい、片腕がなくなろうが、片翼がもがれようが、今は何だか……負ける気がしない」
それは虚勢でもはったりでもない、純粋な本心だった。そしてペルガモンは、ソラから感じる凄まじい威圧感に、ただならぬ脅威を感じ最大限の警戒を置いた。
『ただの人間が、私達の真似事でここまで……やはりあなたはここで排除しなくては』
そして激突は必至。ペルガモンの操刃する白いソードの両腰部の砲身に光が灯る。
次の瞬間、彼方からペルガモンの白いソードに向けて稲妻が奔った。先読みによりそれを察知していたペルガモンは回避行動を取り、寸前でその一撃を回避する。
『くっ、これは刃力共鳴式聖霊術砲!』
ペルガモンは自身を狙った一撃が、探知器により探知できる限界付近に出現したソードから放たれたものであることを確認し、それ程の超長距離狙撃が可能なのは狙撃共鳴式聖霊術砲であると予測した。
しかし、第二の矢、第三の矢が飛来し、それを皮一枚で回避。刃力を一気に消耗する狙撃共鳴式聖霊術砲であれば撃てるのはせいぜい一発。ましてや連発などあり得ない。
ペルガモンは、自分を狙ってきているソードが装備している聖霊騎装が、何か特別なものであることを確信する。
直後、彼方から飛来する無数の雷の矢がペルガモンの操刃する白いソードへと襲い掛かった。
ペルガモンは、咄嗟に白いソードに抗刃力結界を展開させ、飛来する雷光の雨を防御する。
『馬鹿な! 狙撃で弾幕を張るだと!』
しかし、抗刃力結界は一瞬で削られ、無防備となる白いソード。そこへ更に追撃、白いソードへと放たれた鋭い稲妻の槍が、頭部を貫いた。
『どこのどいつかは知らねえが、せっかくの再会に水を差してんじゃねえよ、射殺すぞ糞野郎』
「フリューゲル!」
その伝声で、ソラはペルガモンへ攻撃を行ったのがフリューゲルであることを知り歓喜した。なぜならこの非尋常ならざる狙撃が可能であるとすればそれは――
※
彼方の空、浮遊岩礁に狙撃点を取り、ペルガモンの白いソードを狙い撃ったそのソードは……雷の神剣エッケザックス。
そしてその手に持つ大型の刃力弓は、コードで腰部へと繋がっており刃力核から直結して刃力と雷の聖霊の意思を供給させる。刃力核直結式聖霊騎装でありながらも携帯型聖霊騎装のように取り回し可能なそれは、エッケザックスが持つ竜咬式聖霊騎装、召雷創弾式竜咬刃力弓。
その能力は、大聖霊石の力を流用することにより操刃者の使用刃力を最小に抑えながらも、イメージにより雷光の形状や性質、威力や射程を自在に変幻させ弾丸へと変えて放つ、狙撃騎士専用の聖霊騎装である。
一方、頭部という急所を貫かれたペルガモンの白いソードであるが、操作不能に陥って落下することなく、空中への浮遊を維持していた。
「これが神剣の力ですか。やれやれ、この聖剣クリュセイオン・アオルがこうも簡単に……」
するとペルガモンは白いソードを反転させ、撤退の意志を見せる。
「ですがこれで全ての神剣が起動を果たした。あとは統一された世界と……」
そう言いながら、ペルガモンが操刃するソード、クリュセイオン・アオルはこの場から高速で離脱を開始する。
同時にエルのデュランダルへと伝声が入った。
「覚えておいてくださいナナツメ、人間などという下等な生物に絆され下らない選択をしようと、あなたはどこまで行っても所詮は代替品、宿命からは決して逃れられませんよ」
『…………』
するとソラは、天叢雲の両腰部の砲身を展開させ、炎装式刃力砲と雷電螺旋加速式投射砲を同時に発射させ、フリューゲルのエッケザックスは召雷創弾式竜咬刃力弓から射程力と連射力を最大にさせた雷光の矢を無数に放つ。
――速い!
しかし撤退に徹したクリュセイオン・アオルは凄まじい運動性でそれを回避しながら遠ざかっていく。遂には最後まで捉えることは叶わず、撤退を許した。
こうして、翡翠の空気の空で始まったソラとエルの激闘、そしてペルガモンとの戦いは終わりを告げるのだった。
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