295話 あの日の空、激突する二羽
場面は天叢雲の操刃室。
ソラは天叢雲の切札である萠刃力呼応式殲滅形態を使い、エルが操刃するデュランダルへと追い付くことに成功した。既に体内の萠刃力は使い切り、萠刃力呼応式殲滅形態を再度使用することは出来ない。
だがそれでもソラは、長時間の超機動による凄まじい負荷に耐えながらデュランダルを捉えることに成功したのだ。
遂に対峙し、向き合うソラとエル。その空は皮肉にも、あの日の空のように澄み渡り、どこまでも自由に広がっていた。
そしてソラはエルへと伝声器越しに叫んだ。
「待てよエル、ここから先へは行かせない」
すると、一拍空けてエルからは至極冷静な口調で伝声が返る。
『また立ち塞がるんだな君は、でも驚きはしない……何故だか君が来るような気がしていた』
「神鷹から聞いたよ、エルは俺を助けるために……竜祖の血晶を手に入れる為に戦ってくれてたんだろ?」
『……師匠が』
「あのさエル、一つだけ言わせてもらっていいか?
めちゃくちゃ余計なお世話だっての!」
『なっ!』
ソラの突然の辛辣な発言に、エルは驚いたような声を上げた。そしてソラはなおも続けた。
「俺は別にこの通りぴんぴんしてるし、体内に怨気が封印されてるからって長生き出来ないかどうかもわからないし、そもそも俺不老になるのなんてまっぴらごめんだし。はっきり言ってエルが血晶持って来たって絶対飲むつもりなんてないから俺は、その場で即効捨てるから!」
『そんな……言い方』
ソラの猛口撃に対し、エルは悲しげでいて消え入りそうな声で呟いた。そんなエルのしおらしい反応が意外であったソラは、狼狽えながら取り繕う。
「あ、いや、ごめん違う、これはその……そうじゃなくて、とにかく! 俺が言いたいのはとりあえずもう竜祖の血晶のことは忘れて俺と一緒に行こうって、そういうことだよ!」
『それは……出来ない』
思い切ってエルへ、共に行こうと告げるソラ。しかし、エルは首を横に振ってその申し出を拒んだ。
「何で……だよ!?」
『私はセリヲンアポカリュプシスの転生体の一部。人に仇なす存在。それだけじゃない、私は騎士としても失格なんだ』
「……エル」
『私は君が元気で生きていてくれさえすればそれでいいと思ってた。でも私はいつの間にかもう一度君の隣に居たいと思ってしまっていた。私は……結局自分の為に戦っていたんだ』
想いを吐露するエルの言葉を、黙って聞き入ることしかできないソラ。
『だから私は竜祖に言われるがまま君達に何度も牙を剥き、君や君の大切な人達を何度も傷付けた、今更君達と共に戦うなんて都合の良いことが出来る筈がないだろ』
そしてソラとエル、二人の想いがそれぞれぶつかり合い、交錯し合った。
「誰かに生きててほしい、誰かの隣にいたい、そんな小さな幸せを願うことが罪だっていうのか?」
『わからない、でも今更自分の生き方を変えるなんて出来ない、だからこのままオルタナティーバを演じることが私の果たすべき使命なんだ。そして君が望まないのだとしても君に竜祖の血晶を残してやることが私に残された唯一の生きた証なんだ』
「自分の未来を投げ捨ててまでか? 違うに決まってる、そんなこと絶対にさせてたまるかよ」
『進む道も、戻る場所も、私にはもうないんだ。私にあるのは君の未来を守ることだけだから、だから……邪魔をしないでくれ!』
エルは悲痛に叫ぶと同時、額に剣の紋章を輝かせると、デュランダルを急発進させ、突撃と共に居合による斬撃を放つ。
ソラは、それを咄嗟に交差させた刃力剣で受け止めた。その一撃は凄まじく、受け止めた刃力剣の刀身から炎を噴出させながら、天叢雲は後方に吹き飛ばされる。
互いの譲れぬもののため、遂に激突するソラの天叢雲とエルのデュランダル。するとソラは、デュランダルの膂力と竜殲術〈瞬刀〉が上乗せされたエルの居合の速さとその破壊力に、改めて驚愕せざるを得なかった。
――何て威力だ!
更にエルからの追撃。デュランダルは天叢雲との距離を一気に潰し、再び放たれる渾身の居合。それは焔薙と呼ばれる塵化御巫流の居合術の一つ、その神速で炎すら巻き起こす斬撃である。
しかし、ソラがその一撃の威力を殺し、今度は受け止めると、天叢雲とデュランダルが鍔迫り合いを行う形となった。
直後、双剣にて鍔ぜり合う天叢雲は、デュランダルの片手持ちの羽刀型刃力剣に押し込まれ始める。
「くっ!」
いかに属性相性的に互角とはいえ、高い膂力が特性である炎属性の、しかも神剣が相手では単純な力の差は明白であった。
――膂力の差は明らか、正面からかち合えばさすがに勝ち目はない。
ソラが咄嗟にベルフェイユ流剣術を用いて、相手の力を受け流してみせると、エルのデュランダルがわずかに体制を崩した。
その一瞬の隙に距離を空けた直後、ソラは天叢雲の右腰部に接続され背部へと収納された砲身を展開させ、炎装式刃力砲により炎を纏わせた光の奔流を放つ。
エルのデュランダルは足部を狙ってきたその一撃を、騎体を急上昇させて回避すると、今度は急降下と共に天叢雲へと居合を放った。
ソラは天叢雲の左腕部の盾でそれを咄嗟に受け流すが、盾の表面が発火する。発火はすぐに収まったものの、盾に刻まれた斬撃痕と焦げ跡は、焔薙によるその凄まじい剣速を物語っていた。
次の瞬間、盾が突然爆裂し、砕け散った。
「なっ!」
その想定外の現象に驚愕するソラ。しかしすぐに、冷静に理解する。これはエルの技によるものではなく、デュランダルが持つ斬竜型刃力剣による能力なのだと。
すると、デュランダルはソラの隙を突き、既に間合いの中。再度焔薙が放たれ、天叢雲の推進刃を狙う。
それに反応し、防御の姿勢を取るソラの天叢雲。直後、先程の盾と同じように、今度は天叢雲が持つ羽刀型刃力剣と刃力剣の刀身が爆裂し砕け散った。
無防備となった天叢雲に、神速の居合 焔薙が襲い掛かる。相手の間合いの中で剣を失う、通常であればこの時点で勝敗は決していた。
しかし――
『なにっ!』
今度はエルが驚愕した。砕け散った筈の刀身が既に再構築され、天叢雲が交差させた羽刀型刃力剣と刃力剣で焔薙を受け止めていたからだ。
それはソラが得意とする幻影剣と名付けられた、奇襲が本来用途の技。優れた想像力とたゆまぬイメージの反復、そして刃の形状を再現させる高い集中力が、鞘の形状補正なしで瞬間的な刀身の具現を可能とする。
更にソラは、デュランダルが持つ斬竜型刃力剣の能力に、既に目星を付けていた。
――傷によるマーキング、それを任意で爆裂させる能力か。
それは正にソラが予測するとおりであった。デュランダルが持つ斬竜型刃力剣の名は燈爆式斬竜剣。その能力は斬撃により僅かにでも傷を付けた箇所を、任意のタイミングで爆裂させる能力である。
しかし燈爆式斬竜剣の真に恐ろしいところは、能力を見破られたところで何ら不利にならないところにあった。
すると、デュランダルが飛竜形態へ変形し、炎を舞わせながら天叢雲の周囲を翔け巡る。
――速い!
通常時の天叢雲すら越える飛翔力でソラを翻弄すると、突如背後から強襲、一気に天叢雲の間合いへと入る。そして騎士型へと変形、再び焔薙を放った。
天叢雲はすぐさま振り返り、その一撃を受け止めるが、不利な体勢のままそれを行ったことにより威力を殺しきれず、天叢雲は弾き飛ばされ、周囲にいくつか浮遊していた岩礁の一つへと激突した。
「ガハッ」
圧倒的な膂力、飛竜形態への変形により雲の宝剣すら凌駕する飛翔力、そして防御不可の斬撃を放つ斬竜型刃力剣 燈爆式斬竜剣。炎の神剣デュランダルは、こと白兵戦においては他に比肩するもののない最強のソードと言える。
そしてその能力を完全に引き出すエルの技量もまた突出していた。
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