294話 揺らぐことのない決意
場面は再びツァリス島へと移る。
神鷹から告げられた真実は、ソラのこれまでの道のりや決意を揺るがすのに十分すぎた。
気付けなかった、気付いてあげられなかった。拒まれたくなかったから? 都合のいいように解釈したかったから? 自分が救われたかったから?
後悔や葛藤や自責が、とめどなく出ては溢れる。
ソラは、闇の中で鎖に縛り付けられるエルへと、伸ばし続けた手を自ら引いてしまったのだ。
それでも、ソラの胸中は不思議と穏やかだった。何故ならやるべきことは、もはや一つしかないからだ。
ずっと救いたいと思っていたエルが、彼女自身の道を見付けていた、もう救われていたのだと知ったあの日、自分は空っぽになったと思った。しかし、自分はこの騎士団で新しい道を見付けた。翼羽やこの騎士団の皆が守ろうとするものを自分も守りたい、これまでの翼羽の戦いを無駄にはさせない、それが自身に芽生えた嘘偽りの無い気持ち、新しい道だった。
だからこの二年間やってきた事を後悔はしてないし、きっと何かの希望へと繋がったのだと信じたい。そしてその道はまだ遥か先まで続いてるのだと、ソラは振り返った。
――でも、まだエルが縛り付けられて、俺のせいで呪縛に囚われてるんだって知ってしまったら、俺は全てをかけてエルを救いに行く、それが俺が騎士を目指した原点だから。
ソラの決意と同時、翼羽の言葉がソラの脳裏を鮮明に過ぎる。
《引きずってでもエルをここに連れてこい、それが君が騎士であることの原点でしょ?》
その時、他の団員達と共に、神鷹とソラのやり取りを聞いていたパルナのイヤリング型の受信器に、レファノス王国からの緊急報告が入った。
その内容を聞いたパルナが、ソラへと報告する。
「ソラ! 神鷹の言ったとおりになったわ、レファノス王城から何者かによって神剣デュランダルが奪取された。現在翡翠の空域を高速で離脱中」
それを聞き、決意を秘めた目を鋭くさせるソラ。
その後、詳細を把握すべく伝令室へと集結するソラ達。そしてそこには神鷹の姿も。
レファノス王国からは〈寄集の隻翼〉にデュランダル奪還の緊急依頼が来ており、送られてきた情報を基に、晶板へと映し出されるデュランダルと思わしき光点は、凄まじい速度で飛翔を続けていた。
すると神鷹が告げる。
「あいつが向かう先はイェスディラン群島のレイリアーク島、〈灼黎の眼〉本拠地だ。そこでデュランダルを渡す手筈になっている」
神鷹からの情報も加味し、パルナがデュランダルを奪取されたセリアスベル島、エルが向かうレイリアーク島、このツァリス島の位置関係、デュランダルの飛翔速度から、奪還成功の可能性を割り出す。
「これじゃあ……もう追い付くのは……」
デュランダルの想定以上の飛翔速度に、奪還はもはや絶望的な状況にあった。
しかし、そんな状況下でソラは言う。
「いや、デュランダルは……エルは俺が止める」
「で、でも、どうやって?」
「天叢雲ならそれが出来る、そうだろ翅音さん」
含んだようなソラの問いに、翅音は何かを察して口の端を上げて答える。
「ふん、当然だ」
すると、神鷹がソラの前に立ち、真っ直ぐな視線を向けながら問う。
「小僧、例え追いつけたとて相手は神剣、しかも操刃しているのは俺が手塩にかけて育てた弟子だ、それでも止めに行くのか?」
対し、間髪入れずに答えるソラ。
「それが、俺が騎士であることの原点だから」
それを聞き、神鷹はどこか安堵するように、小さく柔らかく笑んだ。
するとソラは、少し言いづらそうに口ごもり、後頭部を掻きながら団員達に向けて続けた。
「あー、あと俺からの勝手な要望なんだけど……エルをここに連れてきてもいいか?」
そんな提案に、いち早く賛同したのがパルナとエイラリィだった。
「当然でしょ! 男ならちゃんと、好きな子の手くらい引っ張ってきなよ!」
「必ず連れ帰ってきてくださいね、一応聖衣騎士なら戦力増強にはもってこいなので」
「パルナちゃん、エイラリィちゃん……ありがとう」
二人の後押しを受け、格納庫へと急ごうとするソラの背中に、神鷹が伝える。
「小僧……いやソラ」
「…………」
「オルタナのことを頼んだぞ」
「ああ」
そして格納庫へと全速で駆けながらソラは、一人想う。
――俺は、エルの事何もわかっていなかった。エルは自分の道を見つけた、エルは自分の意思でエリギウスの騎士になる道を選んだ、そう思ってた。そう思い込んだ。でも違う! 俺が、エルを救うっていう道を失ってしまってる間も、あいつはたった一人で俺の為に戦い続けてくれてたんだ。
――わかってる、後悔してる場合でも自分を責めてる場合でもない。罪滅ぼしも後でいい。エルを救うんだ……今度こそ!
格納庫へと到着したソラは天叢雲へと搭乗し、動力を起動させた。天叢雲の双眸が輝き、放出される刃力の粒子が蒼い騎装衣を形成する。
「天叢雲、ソラ=レイウィング、出陣する!」
そしてエルとデュランダルを追うべく、天叢雲は飛び立った。
続けざま、ソラは間髪入れずパルナへと指示する。
「パルナちゃん、デュランダルの位置情報を頼む」
『了解、送ったわ』
ソラは、晶板越しのデュランダルを見ながら、追い付くための算段を取ると、即座に竜域へと至る。
――ここで見失えば、エルを救うことは二度と出来なくなる。もう二度と伸ばした手は引かない、掴んで離さない!
そして体内にある刃力の種を開花させ、萠刃力を生み出した。それは諷意鳳龍院流奥義 都牟羽 滅•附霊式である。
更にソラは、天叢雲に備わったとある器能を起動させた。叢雲にも備わっていた“それ”は、萠刃力を糧にして、騎体に絶大な性能をもたらす切札だ。
「萠刃力呼応式殲滅形態 起動!」
天叢雲の双眸が妖しく赤に輝き、各推進器から放出される刃力の色が透明となったことで形成されていた騎装衣は消失し、代わりに右背部の排出口のような部分から大量の赤い粒子が放出され、紅蓮の隻翼を形成させた。
雲を払い、風を越え、音を超えた。その姿はまさしく閃光。天叢雲は赤い光を放ちながら、真っ直ぐに、ただ愚直に突き進む。
もう決して揺らぐことのない決意を胸に、ソラはあの日の空へと翔ぶのだった。
※
それから半刻、飛竜形態にて全速で飛翔を続けていたデュランダルは、間もなく翡翠の空域を離脱する寸前であった。
その時、エルは自身に高速で迫る何かを感じ取り、同時に晶板でそれを確認した。
「何だ! この速度……飛竜形態のデュランダルよりも速いだと!」
“それ”は、閃光の如き疾さでデュランダルを追い越すと、紅蓮の粒子を舞わせながら立ち塞がった。
エルはデュランダルを急制動させた後、騎士型へと変形させ、目の前に突如出現した存在と対峙する。
紅蓮の隻翼を生やす白い宝剣……その宝剣の面影がエルはどこか見覚えがあった。直後、白い宝剣の紅蓮の隻翼が消失し、蒼い騎装衣を形成させた。同時にエルは確信する。
――白い宝剣……蒼衣騎士……まさか!
294話まで読んでいただき本当にありがとうございます。
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