293話 淡く輝く
デュランダルの奪取に成功したエルは、レファノスから離脱するため、全速でエリギウス帝国を目指していた。
そして飛翔しながら、目の前の晶板に映し出した騎体情報から武装や性能の確認をすると、とある聖霊騎装を起動させる。
直後、デュランダルが変形を始める。四肢の関節がやや曲がり、頭部が内部に収納され、代わりに胸部に収まっていた竜の頭部のような部分が隆起する、更に左右三本ずつある推進刃が左右一本ずつに結合されると、騎装衣を形成していた光の粒子が、翼のような形状へとなった。その姿はさながら飛竜。
そしてその変形を可能にする聖霊騎装の名は飛翔強襲式竜装形態。デュランダルに備わっている竜咬式聖霊騎装である。
飛竜形態となったデュランダルは、その形状と、炎の聖霊の意思である爆裂による推進を加えることにより、地系統のソードでありながら雲属性の宝剣の飛翔力すら凌駕する。
その凄まじい速度で、炎を纏った金色の翼の飛竜がレファノスの空を翔ける。そしてエルはデュランダルの操刃室の中、一人想いを馳せる。
――このデュランダルを竜祖に渡せば、私のオルタナ=ティーバとしての役割は終わる。そして私は竜祖の血晶を取り入れた後で竜祖と一つとなる。でもその前に、この使命を果たせばもう一つの竜祖の血晶を受け取り、君の中の怨気を浄化することが出来る。それが、私がオルタナ=ティーバとして戦い続けた理由だ。
そう心の中で吐露しながら、エルは悲し気な笑みを浮かべた。
――たった一月一緒に過ごしただけの君を、ずっと想い続けるなんておかしいと思うだろ? でも私にはきっと何も無かった、私は何者でもなかった、なぜなら私は始めから竜祖と一つになるためだけに生み出された存在だったのだから。
――それでも……人でもない、竜でもない、ただの代替品でしかなかったはずの私を、君が……君と過ごした日々が“人”にしてくれた。それが私は何よりも嬉しいんだ。
――だから守ってみせるよ、君が歩むこの先の道だけは……私の全てを賭けて。
蒼天に淡く輝くその色は、美しくありながらどこか哀しい色だった。
※
場面はメルグレイン王国王城地下。そこには一騎のソードが佇んでいた。
紫色を基調としたカラーリングに、金と銀の紋様、一角獣のような角が鎧装甲の至る所に着いており、メルグレイン群島産を表すソードの兜飾りとして額にもそれを着けている。背部には細身の剣の刀身を模した推進翼である推進刃を六本備え、その手には通常のものよりも一回り長く、大きい刃力弓を持つ神々しい騎体。
それはメルグレイン王国の秘宝である雷の神剣エッケザックスである。
エッケザックスの前には、メルグレイン王国国王アルテーリエ、レファノス王国国王ルキゥール、そしてフリューゲルが並んでいた。
アルテーリエの手には、紫色に強く輝き内部に雷を抽象的に描いたような紋章が刻まれる拳大ほどの石が握られていた。それは以前ソラが雷の大聖霊ワウケオンを屈服させて手に入れた雷の大聖霊石である。
そして重要な義を前にして、厳粛な雰囲気が漂う中、アルテーリエが言う。
「これより、純血の契を執り行う!」
すると、緊張の面持ちで立つフリューゲルの元にアルテーリエはつかつかと歩いていき――その頭部を腕で抱え込んだ。所謂ヘッドロックである。
「あいてててっ! 何するんですかアルテーリエ様!」
思わず抗議の声を上げるフリューゲルにアルテーリエは返す。
「貴様のところの新しい団長が、この私を使い走りにした挙句、それを指摘されとんずらしたのだぞ。しかもお前に全責任を押し付けると言っていた」
そんな光景を見ながら、豪快に笑うルキゥール。
「はっはっは、あの小僧も随分と偉くなったもんだ、さすがは姉さんの弟子」
「な、何で俺がこんな目に」
――あの野郎、後で絶対泣かす!
フリューゲルがソラに対し静かな決意を心の中ですると同時、アルテーリエがヘッドロックを外す。
「とまあ、冗談はここまでにして」
すると再び、厳かな雰囲気を醸し出しながら、ルキゥールとフリューゲルの前に立つアルテーリエ。
「それでは早速純血の契を始めるとしよう、まずはフリューゲルお前が行け」
「え、お、俺からですか? こういうのは普通俺みたいな平民は後回しなんじゃ」
「ふん、エッケザックスは狙撃騎士用の神剣だ。もし選ばれるならば白刃騎士で先の短い俺よりもお前の方がいいだろう」
「……ルキゥール様」
ルキゥールの心意気に感謝しつつ、フリューゲルは覚悟を決めると、アルテーリエから雷の大聖霊石を受け取り、エッケザックスの元まで歩を進める。
続けて、一足飛びで開放された状態の操刃室へと乗り込み、座席へと座ると、目の前の台座へと雷の大聖霊石を置く。
神剣に認められるか否かの重要な局面、今自分がそれに立ち会っていると考えると、緊張で頭がどうにかなりそうだった。
フリューゲルの額に冷たい汗が滲み、口がひどく渇き、心臓が早鐘を打つ。これから先の戦いのため、自分を期待してくれている人のため、守るべきもののため、どうしても選ばれたい、選ばれなくてはならない。そんな重圧が無意識の内に再び芽生え、フリューゲルを縛り付けてしまっていたのだ。
そんな時、フリューゲルの脳裏をふと、昨夜のプルームの言葉が過る。
《だから気楽にやればいいんだよ、肩の力を抜いて、神剣に選ばれちゃったらラッキーくらいの気持ちで。それでもし神剣に選ばれなくったってフリューはフリューなんだし》
――俺は俺……か。でもそれじゃあお前のことを守れねえだろ。
そして続けざまに言ってくれたプルームの言葉が脳裏に浮かんだ。
《それに私は絶対にフリューの前から居なくなったりしないよ》
それを思い出し、フリューゲルは無意識に軽く笑んだ。
――そうだよな、お前は絶対居なくなったりしねえ。お前は俺が知ってる中で誰よりもつええ女だ。
気付けばフリューゲルを縛り付けるものはもう何も無かった。
――ありがとなプルーム。
「まあ、とりあえず適当にやってみっか」
そしてフリューゲルは誓いの口上を述べながら、腰の鞘から剣を抜き、指先を少しだけ切って大聖霊石に血液を垂らした。
「その剣は虐げられし者を守る盾となり、その剣は悪しきを打ち滅ぼす刃となる。我今ここで純血と共に誓わん。民と、聖霊と、空と地と共に歩み、騎士たる栄名を冠し戦い抜くことを!」
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