292話 炎の神剣デュランダル
レファノス王国王城のとある一室。
そこにいたのは、フラムと名乗りレファノス王国に潜入しているエルだった。
エルは自身の身を包むメイド服の懐から赤い石――炎の疑似大聖霊石を取り出すと、感慨深げにそれを見つめた。
直後、髪を止めていたピンを外す。すると右側だけ露わになっていた顔が、前髪と横髪により鼻と口元以外覆われ、エルの表情を完全に隠した。
――純血の契のため、ルキゥールがメルグレインへ赴くという情報が入った。ここに潜入してから三ヵ月、今こそ絶好の機。
そしてエルは羽刀を携え、決意を固める。デュランダルを奪取するという決意だ。
デュランダルの隠し場所は王座の間の地下。しかし王座の間は常に近衛騎士達が常駐しており、そこに侵入してから近衛騎士達を相手にしつつ隠し扉を探すのは現実的に不可能だ。
そこでエルは別の考えに至る。王座の間の地下にデュランダルが隠してあるとはいえ、起動して出陣するには必ず外へと通じる道があるはずなのだ。
そして全てのソードが出陣する際、とある場所から射出装置を使い、開放された天井部分から空へと飛び立つ場所。それは王城に隣接された格納庫である。
エルは既に、王座の間の地下……つまりデュランダルを格納している隠し部屋に通じる道に目星を付けていた。格納庫の中に存在する隠し扉の場所もだ。
エルは格納庫に向かうため、部屋の扉を開けようとノブに手をかける。瞬間、ここで侍女として過ごした三ヵ月の思い出が走馬灯のように過るのだった。
《フラム、私ドジだからお仕事するのがいつも憂鬱だったけど、フラムが来てくれてからは毎日が楽しいんだよ》
侍女としての先輩でありながら、どこか妹のようで放っておけないアンの言葉。
《あなたの仕事ぶりを見ていれば、あなたがどのような人間かは大体わかります。あなたは真面目で思いやりがあり、そして信頼に足る人物です》
時に厳しく、時に優しく、侍女としての在り方を教え込んでくれたセリーヌの言葉。
《あんたが侍女としていてくれるだけで本当心強いって思ってるわよ》
素性の知れない自分を気に入ってくれ、信じて侍女としての仕事を与えてくれたルージュの言葉。
自分を認め、信じてくれる者達を裏切ること、それは胸が張り裂けるように辛く、苦しいものだった。
しかしそれでも、自分には果たさなければならない使命がある。
――私はオルタナ=ティーバ。躊躇うな、感じるな、私はいずれ在るべき場所に還るだけなのだから。
エルは、自分にそう言い聞かせ、抱きそうな迷いを払拭すると、扉を開けて部屋を出た。
廊下を歩き、真っ直ぐに格納庫へと向かうエル。すると、そんなエルの背後から彼女に声をかける人物が二人いた。
「おーいフラム! ……あれ? フラムもしかして髪を全部下ろしているの?」
「フラム、剣など携えてどうしたのです? 伝えていたとおりこれから応接室の掃除を行いますよ」
その人物は、アンとセリーヌであった。
その声を聞き、僅かに心が揺らぐエル。しかしエルは二人に背を向けたまま伝える。
「ごめんねアン、すみませんセリーヌ様……私は今から許されないことをします、だから今日で侍女を辞めなくてはなりません。ルージュ様にも、謝っていた、感謝していたとお伝えください」
直後、エルは天井へと跳躍し、そこに吊るされていたシャンデリアの鎖を羽刀で切断する。それにより、落下したシャンデリアが粉々になり、その衝撃と驚きで思わず小さく悲鳴を上げ、目を瞑るアンとセリーヌ。
「きゃあっ!」
そして二人が恐る恐る目を開けると、そこにエルの姿は無かった。
「……フラム?」
※
その後、エルは既に、格納庫の入り口の前に辿り着いていた。
城壁に沿ってそびえ立つ巨大で武骨な格納庫、その鉄扉を開放して中へと入るエル。その広大な内部には三百騎近くのソードが並び、数十人の鍛治が作業を行っている。また、王座の間ほどではないまでも複数名の騎士が常駐している。
「おっ、こんなところに何か用かお嬢さん?」
格納庫に突然現れたメイド服姿のエルを不審に思い、鍛治の一人が声をかけてきた。
「あっ、おい!」
するとエルは、そんな視線を振り切るがごとく一直線に格納庫の最奥まで駆け抜ける。そしてすぐにその場所までたどり着いた。
――王城側にある壁、既に不自然に薄い部分は調査済み、隠し通路がある場所はここだ。
エルは確信と共に居合の構えを取る。その額に剣の紋章が輝くと、竜殲術〈瞬刀〉により倍速となった無数の剣閃が壁に炸裂――亀裂が走ると共に壁が崩れ去った。
そしてそこには空間があり、更にどこかへと繋がるであろう道が存在していた。
「貴様! そこで何をしている!」
「何だ? 壁の向こうに通路があるだと?」
そこへ、騒ぎを聞きつけた騎士が三名駆け付けた。
侍女が不自然に格納庫へと現れたこと、なぜか剣を持っていること、崩壊した壁の前に立っていること、それらの状況から、エルを破壊された壁の犯人であると判断したことで騎士達は敵意を向け、剣を抜いて構えた。
――一般の騎士が知らされていない隠し通路、やはりここで間違いはないようだ。
刹那、エルから放たれた一撃が三人の騎士を吹き飛ばし、意識を刈る。
「許せ……峰撃ちだ」
エルは神速の居合、焔薙により三人の騎士を一瞬で戦闘不能にすると羽刀を鞘に納め、破壊した壁の隙間から隠し通路へと入った。
通路は広く、ソード一騎が優に通れるほどであり、地下へと通じるように下り坂となっている。
――格納庫にはまだ騎士が多く常駐している、騒ぎを聞きつけてすぐに大勢集まって来るだろう、そうなる前に!
エルは疾風の如く、通路を真っ直ぐに全力で駆け抜ける。
それから程なくして――視線の先にとある空間が見えてくる。そしてそこには一騎のソードが佇んでいるのが伺えた。
エルが辿り着いたのは王座の間直下の隠し部屋、そこにあるのは――
「炎の神剣デュランダル」
部屋の奥でたった一騎、鎧胸部を閉鎖したまま片膝を付いて鎮座しているそのソードは炎の神剣デュランダル。
赤色を基調としたカラーリングに、黒と金の紋様、やや刺々しい鎧装甲、剣の刀身を模した推進翼である推進刃が六本、レファノス群島産のソードの特徴である馬の尾にも似た羽根の兜飾りを後頭部に着けた騎体。
エルはすぐにデュランダルの掌へと飛び乗ると、鎧胸部を開放する。そして顕わになった操刃室に乗り込み、座席へと座る。
続いて懐から取り出した炎の疑似大聖霊石をゆっくりと台座に置いた。
疑似大聖霊石はソードを一度しか起動することが出来ない。役目を終えれば砕け散り、二度と使用することが出来ないからだ。
だが、本来製造した際に核となった聖霊石以外では起動出来ないソードであるが、疑似大聖霊石は属性さえ一致すれば対象を選ばずソードを起動することが出来る。……それは神剣であっても例外ではなく、更に疑似大聖霊石は純血の契を必要としない。つまり――
操刃柄を通してエルの刃力が疑似大聖霊石を通して流れると、疑似大聖霊石の置かれた台座は動力炉へと格納される。更にデュランダルの双眸が輝き、金色の騎装衣が形成された。
「よし」
起動を確認したエルが操刃鍔を踏み込むと、デュランダルは発進し、凄まじい速さで通路を駆け抜けた。
通路には既に、エルを捕えようとする騎士達が追ってきており、騎士達は正面から物凄い速さで向かってくる何かを感じ取り、全員が壁際へと急いで避難する。
「うわああああっ!」
次の瞬間、デュランダルが両壁に張り付く騎士達の間を通り過ぎると、圧し潰されるかの如きその凄まじい衝撃と風圧が騎士達の意識を奪った。
更にエルが操刃するデュランダルは格納庫の壁をぶち破り、そのまま急上昇――続けざま左腰の鞘から刃力剣を抜き放つと、奔る無数の斬撃で天井部分を斬り裂いた。
そして、格納庫の天井部分が破壊され、エルとデュランダルは露わになった空へと飛び立つのだった。
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