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291話 誰かの為に

 俺はその後、オルタナと話すべく鍛錬場へと向かう。オルタナは早朝、いつも鍛錬場で剣の鍛錬をしていたからだ。


 そしてそこには、いつもどおりに剣を振るうオルタナの姿があった。


 オルタナは俺の姿を確認すると、振っていた剣を止め俺の元へと近付いて来て立ち止まる。そこからしばしの沈黙の後、最初に口を開いたのはオルタナであった。


「今まで黙っていてすみません師匠」


「ふっ、得体の知れない奴だとは思っていたが、まさかお前が転生した竜祖の分裂体であったとはな」


 それを聞き、うつむくオルタナに俺は続ける。


「なぜお前はそこまで竜祖の血晶にこだわる? お前の真の目的とは何なのだ?」


 竜祖とオルタナとのやり取りで俺は気付いた。オルタナが竜祖に与えられた使命を果たし続ける理由、それは竜祖の血晶を得るためだ。


 しかし、未だに不可解であった。既に不老であろう竜祖と一つとなるオルタナが、なぜ竜祖の血晶をそこまで欲し、なぜその為に必死になって使命を果たそうとしていたのか。


 オルタナが抱くものとは……オルタナが果たすべき本当の使命とは……


 俺とオルタナは互いの使命を果たすためだけの間柄。だが俺はもう否定出来ずにいた。俺はオルタナのことをもっと知りたくなってしまっていたのだ。一人の人間として、一人の師として。


「私が剣を振るう理由はただ一つ……親友を救うためです」


 遂に語られたオルタナの心の内。それを聞いた俺はただ茫然と立ち尽くした。


「親友のためだと?」


 するとオルタナは、自身の表情を隠していた髪をおもむろに上げる。その顔は確かに竜祖と同じ、そしてその左頬には黒い翼のような形状をした痣が刻まれていた。


「それはまさか……怨気の黒翼か?」


 怨気の黒翼……それを刻んだ者は死を免れないという呪いともいうべき証。鳳龍院 翼渡や鳳龍院 翼羽のように黒死翼病として発病した者は胸部に、封怨術師のように人柱となって怨気を体内に封じた者は両頬に、それが刻まれる。


 だがオルタナにはなぜか片頬にだけ黒翼が刻まれていたのだ。

 

 それからオルタナは静かに語る。オルタナは自分が何者であるか知らされないまま、十の歳になるまで幽閉され、恐らく竜祖がヒトツメと言っていた別の分裂体の導きで育った。恐らくそれはオルタナに感情や意思が芽生えぬよう、ただ体のいい道具となるようにという竜祖の思惑だったのだろう。


 これまでの別の分裂体達も同じように育てられ、竜祖の願い通りの成長を遂げた後、竜祖と一つとなったのだ。


 しかし、最後の分裂体であるオルタナにはやがて自我が芽生え、自分の今の境遇に疑問を持ち、自由を求めて幽閉されていた建物から……己を導いて来たヒトツメからの逃走を果たした。


 そしてその先で、生まれて初めて友と言える存在と出会う。その人間はオルタナと同じ程の歳の少年、自分と同じように親と呼べる存在はおらず、非尋常ならざる境遇で生きて来た。


 それでも少年は、初めて会った筈の自分を守る為、オルタナに悪意を向ける多くの人間の前に立ちはだかった。……オルタナにとって生まれて初めて世界にただ一人の味方だった。


 少年は、オルタナにパンとミルクを与えた。ただ生きるためだけの食事しかしたことが無かったオルタナにとって"美味しい"という生まれて初めての感情だった。


 少年はオルタナにエルという名を与えた。ナナツメという記号のような呼び名しか持たなかったオルタナにとって生まれて初めての贈り物だった。


 二人で空を翔け、二人で旅をした。寄り添い合い、未来を語り合った。たったそれだけの存在が、たったそれだけの日々が、己がこの世界で生きていていいのだという理由をくれた、何者でもなかった自分がエルという一人の人間であるという証をくれたのだという。


 それから、封怨の御子であった少年は役目を果たさんと、怨気に満ちた島で、封怨術師の封怨術により体内に怨気を封じる時がやってくる。その時、オルタナは少年を守るべく後先も考えず飛び出した。自分の心を救ってくれた少年にただ生きていてほしかったから、ただ傍に寄り添っていたかったから。


 そして奇跡は起こる。少年とオルタナは生き延び、それぞれの頬には片翼となった黒翼が刻まれていた。


 しかし、オルタナを導いたであろうヒトツメと呼ばれる別の分裂体がオルタナの居所を突き止め、少年を手にかけようとした。オルタナはそれを止めるため、元の居場所に戻り、まだ知らぬ自分の役目を果たすことを約束する。


 少年は命を救われ、オルタナは少年と離れ離れとなった。そして知った。自分が転生した竜祖セリヲンアポカリュプシスの分裂体でであり、いずれは竜祖と一つになるためだけに生み出されたのだと。


 オルタナはヒトツメに連れられて元の屋敷へと帰り、再びヒトツメの導きに従い日々を過ごす。そこでオルタナには新たな絶望が訪れる。


 ヒトツメは言う。オルタナと少年は生き延びたとはいえ、怨気は体内に残されている。そしてそれは、少しずつ、少しずつ生命を蝕み続けるのだと。ただし竜祖と一つになるオルタナは肉体が成熟した時、血晶により怨気を浄化することが定められているとのことだ。だが少年は……


 オルタは言葉を失った。ただ自分の無知と浅はかさを恥じた。生きていてほしいという願いは己の自己満足で、自分が与えた救いはその場しのぎ。結局は少年にただ重荷と、やがて来るだろう残酷な運命を背負わせてしまったのだと自分を責めた。


 そんなオルタナにヒトツメは告げる。全てを捨て、オルタナティーバとなり、竜祖の手足となって与えられた指名を果たし続けることが出来れば、肉体の成熟と共にもう一つの竜祖の血晶を譲渡するよう竜祖へ進言すると。


 それは自我が目覚め、心を持ってしまったオルタナを完全に縛り付けるための鎖だ。


 だがオルタナはそれを解っていながら、その道を選んだ。全てを捨て、自分の心を救ってくれた少年を今度こそ救うための道を。


 そしてオルタナは少年から貰ったエルという名を捨て、オルタナティーバとなった。


 それがオルタナが語った、オルタナの全てだった。

それを聞き終えた俺は、ただ呆然とすることしかできなかった。なぜなら俺ははっきりと確信してしまったからだ。


 確かにオルタナは竜醒の民となった竜祖と同じ顔、同じ声だ。そして竜祖はオルタナが自分の一部、自分自身であるかのように語っていたが、俺には分かる、オルタナは竜祖とは全く別の人間なのだと。


 だがオルタナは竜祖の分裂体として生まれ、やがては本体に統合される。そんな宿命を背負いながらも、オルタナは誰かを憎むことも運命を恨むこともせず、ただ純粋に大切な誰かのために必死に戦い続けていたのだ。


 それに比べて俺はどうだ? 鳳龍院家の人間に復讐するために全てを賭け、それを果たしたことで空虚となり、贖いのために生き続けるだの、身を焦がし続けるだのとのたまいながら、挙げ句は死という救いを得る為に保険までかけていた。


 何と小さく、何と浅ましく、なんと情けない。


 そう慚愧する俺の脳裏に、かつて雪加がくれた言葉が突然頭を過る。


《あはは、確かに神鷹(じんおう)様は外道ですけど、八岐大蛇やまたのおろち様や夜刀神やとのかみ一族の無念を晴らすために必死になってるんすよね? それって立派に“誰かのため”なんじゃないすか?》


 ――雪加……お前はいつも、人と竜の狭間で苦しんでいたな。それでもお前は、いつも俺のために、俺の悲願のために共に剣を振ってくれていた。


 俺の命により鳳龍院家に潜入し、友と呼べる存在と刃を交え、遂にはその友に討たれた雪加。誰よりも俺を慕ってくれていた同胞、そして部下である雪加を重い運命に投げ入れてしまったことを、俺は振り返っていた。


 その時だった。


「た、大変ですタカ師団長! 報告したいことが二つ!」


 突然慌てた様子で鍛錬場に響が現れた。


「どうした騒々しい?」


「それが……アークトゥルス陛下からの書簡による勅命がタカ師団長宛に届きました」


「何だと?」


 エリギウス帝国皇帝アークトゥルス=ギオ=オルスティアによる直々の命。それはエリギウス帝国の騎士に対して絶対の効力を持つ。


 その書簡の封を破り、内容を確認する。そこにはオルタナに特務遊撃騎士という役職を与え、各騎士師団が相互不介入条約により戦闘介入や空域の自由往来が禁止されている中において、唯一それが解禁される騎士となることが記されていた。


 竜祖が言っていたとおりになった。それは、竜祖が何らかの形でアークトゥルスとも繋がっているのだという証であった。


「……それで、もう一つの報告したいこととは何だ?」


「はい、それが……格納庫に所在不明の宝剣が!」

 

 響に連れられ、俺とオルタナは本拠地城塞に併設された格納庫へと足を急がせる。


 そこには確かに、見覚えのない宝剣が佇んでいた。イェスディラン群島産であることを示す牛の角のような兜飾り(クレスト)を後頭部に着けた真紅の宝剣は、腰に羽刀型刃力剣(スサノオ)を携えていた。


「こ、これは」


 オルタナと俺はすぐに理解する。これは竜祖がオルタナのために与えた、オルタナ専用の宝剣であると。……オルタナがこれから竜祖の手足となり、使命を果たしていくための。


 オルタナはそれを見上げながら、どこか覚悟を決めたような様子で佇んでいた。





 そしてそれから数日後、オルタナは竜祖から新たな使命を与えられていた。その使命とは〈亡国の咆哮〉とは別に発足された反乱軍の制圧任務。


 竜祖の意図はわからないが、オルタナはその反乱分子を排除するため、ネイリングと名付けられた真紅の宝剣に乗り込み出陣を待つ。 


 すると、オルタナは俺に向かって叫んだ。


「師匠、私は私のことを話しました。今度は師匠が自分のことを話す番ですからね」


「ふん、気が向いたらな」


 直後、オルタナが操刃するネイリングは、雪降る曇天へと飛び立った。俺はそれを見送りながら一人決意を胸に秘めた。


 結末は同じだ、俺が行き着く先は奈落の底。何をしても贖うことなど決して出来はしない。


 だが人を憎み、人へ復讐するため人へと成った俺が、誰かの為に剣を振るう……それもまた一興か。


 いいだろう、ならば俺はお前のために剣を振るおう。竜祖のためではなく、他の誰でもない“エル”という人間のために。そして望んでいた死を迎える時がいつか来るのだとしたら、少なくともお前に道を指し示した後にだ。


 それならいいか? ……なあ雪加よ。



※      ※      ※     

291話まで読んでいただき本当にありがとうございます。もし作品を少しでも気に入ってもらえたり続きを読みたいと思ってもらえたら


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