287話 明かされる真実
竜は死んだ後で別の生物へと転生することが出来るのだが、竜祖セリヲンアポカリュプシスから分裂して生み出された七竜王達は、竜祖との戦いで死した後、例外的に聖霊へと転生した。
死して尚この世界に留まり、この世界を守り続けるために。それが可能だったのは、元々七竜王が大いなる聖霊の加護を受けていたからこそだ。そして七竜王が転生した聖霊はそれぞれが大聖霊と呼ばれる存在へと成った。
ドレイクは光の、リンドヴルムは雷の、ニーズヘッグは水の、ヴィーヴルは炎の、ヴリトラは土の、ワイバーンは雲の、ファフニールは風の、それぞれを司っていた属性の大聖霊となったのだ。
それから――やがて大聖霊の意思が他の聖霊達へと伝わると、聖霊達は他の生物にそれぞれ宿るようになり、守護聖霊とよばれるようになった。また大聖霊達の強い意思が結晶化し、大聖霊石としてこの世界に具現を果たした。
ではなぜ、この世界に闇の大聖霊は存在せず、闇を守護聖霊に持つ生物も、闇の大聖霊石も存在していないのか。それは闇を司っていた始祖たる生物である竜祖が死した後、七竜王達のように聖霊へと転生しなかったからだ。
そして竜祖が転生対象として選んだのは人だ。つまり竜祖は竜醒の民となったのだ。
竜祖は元々闇の聖霊に加護されていた竜だった。そして持っていた竜哮はたった一つだった。それは己の魂から七つの魂を生み出し、己の分裂体として新たな生命を与える力だ。分裂体はそれぞれが個として生き、やがては成長し己と同等の力を得る。そうして力を得た分裂体と再び一つになることで絶大な力を得る、というものだ。
だから竜祖は七竜王と相打ちになった後、七竜王達の肉体を取り込み、一つとなり、完全体となって復活を遂げた。八大精霊の力を司り、七つの首と七つの竜哮を携え、竜としての到達点の力を持ってな。
だがそれでも竜祖は人に敗れた。人の待つ力、人の持つ叡智の前に……だから竜祖は竜醒の民として人へと転生したのだ。今度は人として力の到達点へと至るために。
だが、人へと転生した竜祖は大きく力を失っていた。完全体であった竜祖が死した後転生したならば、本来ならばその力を持った人として生まれてくる筈だった。しかし、そうはならなかった。かつてのようにラドウィードを守らんとする大聖霊達の意思が竜祖の転生を阻害し、竜祖は不完全なまま転生を果たした。闇の聖霊のみを守護聖霊に持ち、扱える竜哮……つまり竜殲術はたった一つだった。
己の魂から七つの魂を分裂させ、己の分裂体として新たに生命を生み出す力……七魂と名付けられたそれは、かつての竜祖が初めに持っていた竜哮と同じ能力であった。
竜祖はその力を使い、己の魂から七つの魂を分裂させ、生み出した。成長し、力を付けた七人を己に再び取り込むことで、完全体となり、人が持てる力の到達点に至る為に。
しかし、その竜殲術もまた力が大きく劣化していた。
まず、魂を分裂させた影響で完全体から遠いほどこの世界に顕現できる時間が日に限られてしまったこと、分裂させた魂を新たに生命として生み出せるのは一度に二人までしかできなくなっていたこと、完全なる個を生み出せていた竜哮の時とは違い己と同じ姿の者しか生み出せなくなっていたこと……否、同じ姿ではあるが、成長に従い髪の色素が抜け落ちてしまうなど劣化した姿となってしまうことだ。
だがそれでも竜祖は己の果たすべき野望の為、歴史の表舞台に出ることもせずに、長い長い時をかけて分裂体を育て上げながら己に取り込んでいく。死する時にあらかじめ世界に拡散しておいた己の血を取り込み、不老となってな。
同じように不老にした一人目の分裂体を他の六人の導き役として任命し、一人、また一人と力を付けた分裂体を己に取り込んで完全体に近付いていった。
そして竜祖はその分裂体達を、やがて己に成り替わるものという意味を込めて……オルタナティーバと名付けた。
ここまでの話を聞き、その場にいた全員が唖然とすることしか出来なかった。伝記や物語の中の存在でしかなかった竜祖セリヲンアポカリュプシスが人へと転生し、この現代に生きていることなど誰もが想像しえなかったからだ。
しかし、最も唖然としていたのは……否、愕然としていたのはソラであった。頭の中は真っ白で、真っ白な頭の中をグルグルと思考と感情が無秩序に渦巻き絡まり合った。
「エルが……人へと転生した竜祖セリヲンアポカリュプシスの分裂体」
「そうだ、そしてナナツメと名付けられるオルタナは、七人目の分裂体なのだ」
神鷹は更に続ける。
一人目のオルタナティーバと共に、二人目から六人目までのオルタナティーバは百五十年ほどかけて、タリエラ、メルグレイン、レファノス、ディナイン、エリギウスで、それぞれ各国の剣技を修得し、独自の竜殲術を発現させ、騎士として成熟を果たした後で本体と一つになった。
「それが……在るべき場所へ還るということなのか?」
「そうだ、そして竜祖の転生体が完全体になる最後の鍵が七人目のオルタナティーバ、つまりナナツメなのだ」
そしてナナツメ……オルタナの役割は既に滅んだ那羽地の剣技を修得することにある。騎士としての到達点へと至るため、人へと転生した竜祖がこの世界に存在する全ての剣技を自分のものにする目的で。
その為に竜祖の血を受け継いだ竜醒の民の一人である自分がオルタナを育て上げるよう命を受け、まだ幼かったオルタナを〈灼黎の眼〉に迎え入れ、弟子としたのだと神鷹は語る。
神鷹の語る話が真実である保証はどこにもない……どこにもないのだが――エルが語った非尋常ならざる出で立ち、エルのやるべきこと、オルタナ=ティーバという存在、ソラの中に浮上していた疑問、不可解な出来事、抱いていた矛盾、それらの答がそこにあった。点と点は繋がり線となる、もうそれを否定する余地はどこにもなく――
ソラはゆっくりと、無意識にそれらを受け入れることしかできなかった。
そしてソラは静かに問う。
「なんで……急にそんな話を俺にした?」
すると、神鷹は深く目を瞑り、一拍空けた後でおもむろに開眼し、ソラの目を真っ直ぐに見た後で返した。
「小僧、お前に頼みがあるからだ」
「頼み?」
「この俺がお前に頼むのは筋違いであろう、それを承知の上であえて頼む……オルタナを救ってやってほしい」
ソラに対し頭を下げる神鷹。神鷹のそんな突然の行動に、言葉を失うソラ。
「オルタナは今、最後の使命を果たそうとしている」
「最後の使命?」
神鷹は説く。竜祖が分裂体と融合するのは、分裂体が成熟を果たした時である。それは肉体的な成熟と、竜殲術と剣技の修得という騎士としての成熟である。そして、齢十八となり、塵化御巫流を極め、聖衣騎士として完成したエルは、今回の使命を最後に竜祖に融合されるのだという。
エルは二年前から、レファノス王国に潜入しながら炎の神剣デュランダル奪取の機会を伺っていた。そして、ルキゥールが王国を離れる今日、オルタナは計画を実行する、それを確実に達成するであろうと神鷹は告げる。
エルはそれ以前も、ずっと竜祖の手足となり使命を果たし続けてきた。使命を果たせば血晶を譲渡するという竜祖の言葉に踊らされて……いや、踊らされていると解っていながらもそれに従わざるをえなかった。今や世界に散った竜祖の血晶は、その全てを竜祖が所持しているからだ。
そして、最後の使命を果たして尚約束が果たされなければ、エルは竜祖と刺し違える覚悟で戦いを挑むであろうと。
「竜祖の血晶……何でそうまでしてエルは」
「小僧、お前のためだ」
突然の神鷹の言葉に、理解が追いつかず思わず固まるソラ。
「お前も気付いているのだろう? 怨気を互いに分かち合ったとはいえ、体内に内在する怨気は今もお前を蝕み続けている、だからあいつは竜祖の血晶を手に入れ、お前の中の怨気を浄化しようとしている……そのために戦い続けていたのだ」
衝撃が走った。時が止まったかのように静謐な空間だけがそこにあった。
幼少期のエルとの記憶、オルタナ=ティーバとして自分の前に立ちはだかったこと、やるべきことがあると言い自分を遠ざけたこと。それらが幾度も幾度も己の中で巡り続けた。
ずっと救いたいと思っていた、でも彼女は既に自分の道を見つけているのだと知り、それぞれの道を行くことに決めた。
だが、エルがずっと自分のために戦い続けていたのだと知った……知ってしまった。
後悔、慚愧、自分の立場、自分がやるべきこと、あらゆる雑念と感情の羅列が己を支配し、ただ流れる時が己を追い越していく。言葉を失い、茫然とすることしか出来ないソラ。
すると神鷹は、天を仰ぎながらかつての記憶を呼び覚ます。
「あいつは今も昔も、ずっと真っ直ぐな奴だった」
そして、これまでの自分の軌跡と、エルとの思い出をゆっくりと辿るのだった。
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