284話 動き出す歯車と繋がり出す線
それから数日後。
ツァリス島に一羽の鷹が舞い降りた。聖堂の窓の外に停まっていたその鷹の足には何かが括り付けられており、ソラは窓を開けて鷹の足から小さな筒を外す。
「今時、鳥を使ってものを届けるとか古風なことするなあ」
ソラがぼやきながら筒の中を確認すると、その中には丸められた文書、メルグレイン王国から出された極秘の書簡が入れられていた。
その内容を読んだソラは、急いで聖堂に団員達を呼び出した。
「血相変えてどうしたよ?」
フリューゲルが怪訝そうに尋ねると、ソラは書簡の内容を伝えた。
その内容とは、以前大聖霊獣ワウケオンを屈服させて手に入れた雷の大聖霊石を使い、メルグレイン王国に眠る雷の神剣エッケザックスで純血の契を行うとのことであった。
現在〈因果の鮮血〉陣営でエッケザックスの適合者になれる可能性のある――つまり雷の守護聖霊を持つ聖衣騎士は、レファノス王国国王であるルキゥールとフリューゲルの二人のみ。
そして明日、メルグレイン王国の王都リンベルン島にて、その二人で純血の契を順次行う予定であると。
それを聞いたフリューゲルは、信じられないといった様子で一人呆けたように佇んでいた。
「俺が……神剣の」
そんなフリューゲルを見て、エイラリィが淡々と言う。
「別に驚くことじゃありません、フリューゲルは雷を守護聖霊に持つ聖衣騎士なので元々候補に入っているのは当然だと思いますが?」
「いや、そりゃそうなんだけどよ」
どこか言い淀むようなフリューゲルに対し、核心を突くデゼル。
「もしかしてフリューは、昔メルグレイン王国に迷惑かけたから負い目を感じてるの?」
「うっ」
「あー確かにフリューゲルはアルテーリエ様から死刑判決受けたからな……ついでに俺も巻き添えで」
「ええっ、そうだったの! ソラ君とフリューって死刑囚なの?」
「ちげえよ、それはアルテーリエ様のただの冗談だ!
おいソラ、プルームはアホなんだから本気にすんだろ!」
「アホとはなんだよう」
そんないつも通りのやり取りの後、フリューゲルはふと懸念を口にした。
「うーん、だけどよお……俺は狙撃騎士だから万が一エッケザックスを使えるようになってもあんまり性能を活かせないと思うけどな。まあ国王で〈因果の鮮血〉団長のルキゥール様のが神剣に相応しいだろ、どう考えてもよ」
すると、それに対し翅音が返した。
「いや、一応エッケザックスは狙撃騎士用として造られた神剣だ」
「そうなのか?」
「ああ、だから俺はむしろ、エッケザックスにはお前が相応しいと思ってるぜ」
翅音の言葉を聞き、フリューゲルは再び何かを考えるかのように口を噤んだ。一方、そんなフリューゲルを他所に一人そわそわした様子のソラ。
「それにしても、もしフリューゲルがエッケザックスの操刃者に選ばれたらうちの騎士団に神剣が二つも……えっ、やばくない? うちの騎士団超やばくない?」
「何かノリが軽いな!」
そんなやり取りの直後、伝令室に待機していたパルナがソラを呼び出す。
「ソラ、あんたに伝声よ」
「伝声? 誰から?」
「アルテーリエ陛下からだけど」
「えっ!」
思わぬ人物からの突然の伝声に、ソラは慌てて伝令室に走り、晶板の前に立つ。
「あ、どうもアルテーリエ様」
そこに映し出されているアルテーリエを前に、少し緊張した面持ちで応対するソラ。既に報告は完了しているが、素性を隠していたとはいえ独断で醒玄竜教団所属の騎士団〈玄孕の巣〉と接触し、撃破してしまってから初めてアルテーリエと直接話すからだ。
どのような叱りを受けるか、ソラは内心ひやひやしていた。しかしアルテーリエはそのことには特に触れず端的に問う。
『書簡は届いたか?』
「あー明日フリューゲルにメルグレイン王国で純血の契をやらせるってやつですよね? はい、それはもうばっちり」
『そうか、それはよかった。フリューゲルには宜しく伝えておいてくれ』
「わかりました。あれ、でもこうして伝声するなら何でわざわざ書簡なんて送ったんです?」
『馬鹿者、純血の契というのは厳粛な儀式なのだ、伝声で簡単に伝えて終わりでは雰囲気が壊れるだろ!』
「はあ……まあ確かにそうかもしれませんね」
ソラは口ではそう言いながら「最初から伝声だけの方が手っ取り早いだろ」などと思っていた。
すると、アルテーリエは突如別の話題を切り出すのだった。
『そういえばソラ、お前に頼まれていた例の件、調べが終わったぞ』
「例の件ってまさか?」
『ああ、お前の言う通り存在したぞ、メルグレイン王国にもレファノス王国にも……オルタナ=ティーバという名の騎士が』
それを聞き、表情が一気に強張るソラ。
アルテーリエの話によると、メルグレイン王国には約百二十年前にオルタナ=ティーバという名の聖衣騎士がおり、〈並考〉という名の、完全独立的並列思考を実現させる竜殲術を持っていたという。
またレファノス王国にも約八十年前にオルタナ=ティーバという名の聖衣騎士がおり、〈操屍〉という名の、人形や死体などの人の形をしたものを自在に操る竜殲術を持っていたという。
そしてメルグレイン王国に所属していたオルタナ=ティーバにも、レファノス王国に所属していたオルタナ=ティーバにも共通していたことがある。それは白髪で顔を隠していた女性の騎士で、両者とも時折名乗っていたとある別名があったという。
前者はミッツメ、後者はヨッツメという別名である。
――やっぱり、間違いない。
アルテーリエからの報告を聞き、ソラは確信を得る。
――オルタナ=ティーバは、時代の流れの中で各国家に一人ずついる。別々の竜殲術を持ち、多分別々の剣技を使う。
ソラが一人そう思案していると、アルテーリエが捕捉する。
『それと、どちらのオルタナ=ティーバも“あるべき場所へ還る”という言葉を残し、光の中に消えたという記述が残されていた』
――そして最後は、真なる存在と一つになる……
確信と共に生まれる新たな疑問。神……在るべき場所……真なる存在。しかし一つだけ確かなことがある。
それは、いずれエルも他のオルタナ=ティーバと同じ末路を辿るということだ。
『〈灼黎の眼〉にもオルタナ=ティーバという聖衣騎士がいたな。過去の記述と容姿も一致する。ソラ、一体何なのだ……お前が調べているこのオルタナ=ティーバという騎士は?』
アルテーリエの問いに、ソラは少しだけ間を空けた後、淀みなく答えた。
「いや、なんかタリエラの民話に同じ名と容姿の騎士が出てくるらしいんですよ。オルタナ=ティーバを名乗ってる奴らは多分その民話のファンで、名前を勝手に使って容姿を真似してるんじゃないかって思って……今度〈灼黎の眼〉のオルタナ=ティーバと戦う時があったらそれ指摘して茶化してやろうかと思いまして」
『貴様、そんなことの為にわざわざ国王である私直々に依頼をしたというのか?』
目尻をぴくつかせながら、静かな怒りを表すアルテーリエを見て、ソラはたじろぎながら取り繕う。
「いやあ……すみません、つい! お叱りは明日フリューゲルがちゃんと受けますのでこれで!」
『あっ、きさま――』
ソラはそう言いながら急いで伝声と伝映を切断するのだった。
直後ソラは椅子に深く腰掛け、大きく息を吸いながら天を仰いだ。
――エル。
今自分がしたい事、今自分がやるべき事、今自分が置かれている立場、今自分が守るべきもの、そして自分が自分であることの理由。……それらが心と頭の中で、渦を巻くように巡り続けていた。
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