281話 斬光一閃の剣
すると、先程とは別人のように真剣な表情で、ソラはディランに伝映と伝声を送った。
「ディラン所長、あんたは俺を混血種ってことで忌み嫌ってた。そして覚醒騎士になれなかった俺を騎士養成所から追放した。まあ、そのことに関しては俺は別にあんたを恨んじゃいない、むしろ今では感謝してるくらいだ」
『な、何が言いたい?』
言葉とは裏腹なソラの気迫に圧され、恐る恐る尋ねるディランに、ソラは至極冷静な口調で答えた。
「……ウィンさんは俺の命の恩人で、アーラちゃんは俺を慕ってくれる妹みたいで、二人は俺にとって大事な存在なんだ」
ソラの瞳の瞳孔が縦に割れ、竜の瞳となる。そしてソラは起伏を失った冷たい声でディランに伝える。
「あんたはその二人を傷付けた、それは越えちゃいけない一線だ……覚悟は出来てるんだろうな?」
ソラが竜域へと入ると同時、天叢雲が左手の刃力弓を左前腕の盾の内側へと収納し、羽刀型刃力剣による一刀流となる。
直後、ディランの全身を寒気が走った。竜域に入ったソラからは感情の一切が読めなくなったにも関わらず、凄まじい威圧感が迸る。
だが、まるで首元に牙をかけられているような錯覚に陥りながらも、ディランにはどこか余裕があった。まだもう一つの切札が残されていたからだ。
ディランは再度、刃力弓から超回転する光矢を連射させた。あえて無造作に、あえて必要以上に、それは驚異的な近接戦闘能力を持つソラを、あえて懐に入れるための作戦であった。
ディランの目論見通り、天叢雲は騎体を廻旋させて射撃を躱しながら一瞬で間合いを殺す。
――ぐううっ、やはり疾い、この騎体そのものも……だが!
ディランは右手に持つ刃力弓を左手にスイッチし、右手で左手の鞘から刃力剣を抜く。
同時に、天叢雲が刺突を繰り出そうと半身になった。それを見たディランが次の攻撃を先読みし、ほくそ笑んだ。
――左半身からの右片手突き。
※ ※ ※
ソラが新団長に任命された数日後。
〈寄集の隻翼〉再始動のため、団員達がツァリス島へと帰還予定であったその日。ソラはアルテーリエに呼び出されており、王都リンベルン島の王城内鍛錬室にいた。
「ソラ、お前はここぞという時、突き技を多用する傾向があると昔翼羽ちゃんから聞いた」
「翼羽団長から?」
「突き技といえばシャルフヴァーレハイト流だ。機会があればお前に手解きしてやってほしいと翼羽ちゃんから頼まれていてな、今それを果たす」
そう言いながら腰の鞘から剣を抜き、構えるアルテーリエ。
「えっ、アルテーリエ様直々にですか?」
「何だ、私が相手では不満か?」
メルグレイン王国の国王から剣の手解きを受けることに対し少し戸惑い気味のソラであったが、アルテーリエのむすっとした態度を見て必死に取り繕う。
「いやいやいや、不満なんて滅相もない……でもアルテーリエ様が剣を使ってるところってあんまり見ないもので」
次の瞬間、剣の切先がソラの眼前で静止していた。それは予備動作無しで繰り出された突き。ソラはそれに反応出来ず、もしこれが実戦だったならと生唾を飲み込んだ。
「舐めるなよ、これでも私はシャルフヴァーレハイト流剣術免許皆伝。普段は竜殲術による戦闘を主としているが使うべき時には使う」
それからソラはアルテーリエから手取り足取りシャルフヴァーレハイト流剣術の指導を受けるのだった。
シャルフヴァーレハイト流の突き技は基本的には片手突き。そして突き方は大きく分けて二つ。前手から予備動作無しで繰り出す速さ重視の突きと、半身を大きく引き後ろ手から放つ威力重視の突きだ。
そしてその極意を学びつつ、たった一日という期限の中で、ソラとアルテーリエは刺突のみを限定とした手合わせをひたすらに行った。
「はあ……しんどかった。でもおかげで突き技のバリエーションが増えたし、真髄が少し見えた気がします、ありがとうございましたアルテーリエ様」
ぼやきながらも、心からの謝意を示すソラ。対象的に、アルテーリエは項垂れながら呆然と立ち尽くしていた。
――馬鹿な、一泡吹かせたのは不意を突いた最初だけ。この私が……一本すら取れないとは。
すると、アルテーリエは口の端を上げ、一人呟く。
「さすがは翼羽ちゃんの見込んだ男だ」
※ ※ ※
「馬鹿が! 死ねえええっ」
ソラが繰り出す一手が刺突であると確信した次の瞬間、ディランは〈羅穿〉による能力で刃力剣の刀身を超回転させた。
竜殲術〈羅穿〉と、柄の部分に改良を加えたディラン専用の特殊な刃力剣を組み合わせた渾身の刺突。本来は射術騎士であるディランであるが、敵を懐に誘い込み、白刃騎士ですら近接戦で葬る刺突、それこそがディランの正真正銘の切札である。
天叢雲の刺突と、フラガラッハの刺突、剣先と剣先が激突――その刹那、ソラは刺突を繰り出す天叢雲の右腕部に瞬間的な捻りを加え、刺突に廻旋力を加えさせた。
『え?』
瞬間、天叢雲の羽刀型刃力剣が、フラガラッハの刃力剣の刀身を粉砕し、そのまま右腕部を吹き飛ばした。
更に追撃、天叢雲のはそのまま騎体を右回転させながら、無防備になった右腹部側から、フラガラッハを一刀に両断する。
『馬鹿な、この私が! あんな出来損ないに――がああああああっ!』
動力を破壊され、フラガラッハはディランの断末魔と共に空中で爆散した。
天叢雲が血振りの所作の後、羽刀型刃力剣を左腰の鞘に納刀する。それにより鳴らされた鯉口の音色が空へと静かに響いた。
「都牟羽を使うまでもなかったか……じゃあお達者でディラン所長」
※
場面はツァリス島本拠地、伝令室。
晶板越しに戦況を見守っていたパルナが生唾を飲み込みながら、驚嘆混じりに呟いた。
「す、凄い……圧倒的じゃない」
続いてフリューゲルもまた同様に。
「相手の聖衣騎士、何も出来てなかったぞ……」
するとカナフが、ディランについての捕捉をする。元エリギウス帝国の騎士であったカナフは、ディランについてある程度認知していたからだ。
「あのディラン=ラトクリフという騎士は、元ディオローン騎士養成所の所長を務めていたのだが、エリギウス王国時代には北天騎士師団長も務めていた男だ」
それを聞いた団員達にざわめきが起こる。元騎士師団長級の実力を持った聖衣騎士を、ソラが文字通り圧倒してみせたからだ。
「そりゃそうだろ」
しかし驚きを隠せない面々を他所に、翅音だけはさも当然の帰結だと言わんばかりに口の端を上げた。
「天叢雲は俺の鍛治としての誇りを賭けた会心の業物だぜ」
そう自信満々に言い放った後、後頭部を掻きながら続ける翅音。
「まあそれを差し引いたとしても……あいつはこの二年、半分しか性能を引き出せない宝剣で生き抜いてきたんだ、正に手枷足枷付けた状態でな。そいつを外したなら、そこいらの騎士じゃもう相手にならねえよ」
そう言いながら翅音は、かつてソラに諷意鳳龍院流を伝授しようとする翼羽に、ソラが零や翼羽の域に達することは出来ないと忠告したことを一人思い出していた。
――どうやらお前の言うとおり、見る目がねえのは俺の方だったな翼羽。
※
時を同じくして、場面は再び藐の空域、イルデベルク島の空。
「たあああああっ!」
アレッタのウルフバートの援護を受け、シーベットのドラグヴェンデルが最後の一騎となったレイピアを斬り裂き撃墜させた。
「ふう……何とか終わった」
『お疲れ様でしたシーベットさん、どうやらソラさんの方も終わったみたいですよ』
こうして、ソラ達は数で圧倒的に勝る〈玄孕の巣〉部隊を見事退け、ウィンとアーラの救出に成功した。
それから、フラガラッハを撃墜させディランを討ち取ったソラは、天叢雲ですぐにウィンとアーラの元に駆け寄った。
「ウィンさん、アーラちゃん、〈玄孕の巣〉は倒した、もう大丈夫だ」
「助かりましたよソラ、本当に」
ウィンがソラに謝意を示した直後、弱々しく羽ばたいていたアーラの全身が光り輝き、竜の身体が元の少女の姿へと戻る。そして力を使い果たしたアーラは意識を失っており、そのまま落下していくのだった。
「アーラ!」
それを見たウィンが叫び、フロレントの手を伸ばそうとするも、その手は届かず、更に空へと落ちていくアーラ。
次の瞬間、ソラは天叢雲を高速で推進させ、アーラを追う。
※
そこは何もない、白く広大な空間。
二人の内の一人、醒玄竜教団教皇ジーア=オフラハーティは何かを感じ取り、ハッとした表情を浮かべた後で言う。
「どうやらディラン=ラトクリフが死んだようです」
それを聞いたもう一人の人物、エルと同じ顔をした黒紫髪の少女が無表情のまま返した。
「ディラン? ああ、君が偽の記憶を埋め込み、教団の駒として使っていた男だね?」
「ええ、一線を退き豪華な部屋でふんぞり返っているだけの小物を有効活用したまでです……それで今回、彼にはアラシェヒル回収の任に就かせていたのですが」
ジーアの言葉で、黒紫髪の少女は察したように嘆息混じりに尋ねる。
「ということはアラシェヒルの回収が失敗に終わったってことだね、ペルガモン」
「そのようですね」
すると黒紫髪の少女は、僅かに表情を強張らせて呟いた。
「……その分岐点は存在しなかった」
「…………」
「これで存在しない分岐点を通るのは四度目だね。一度目はナナツメが心を持ってしまった時、二度目は雲の大聖霊石が持ち出された時、三度目はエクレシアの試作が撃破された時……いずれもあいつが関わっていた」
静かな怒りを漏らすかのように、黒紫髪の少女は小さく歯噛みした後続ける。
「今回も無かった分岐点を作り出したのはあいつだ……なぜならあいつはいつも、私が見る未来の分岐点の外にいる」
「もはや看過できないところまで来ているようですね……セリヲン」
「蟻の一穴はやがて広がり、世界を飲み込む大きな渦となる……か」
そしてセリヲンと呼ばれた黒紫髪の少女は、天を仰ぎながらそっと呟く。
「まあいいさ、〈剣と黒き竜の火〉をもう一度やり直せるなら、その渦すら利用するまでだ」
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