275話 ウィンとアーラ
こうして各々が各々のやるべき事へと取りかかる。
パルナは伝令員として伝令室で伝声を。フリューゲル、プルーム、デゼルはその補助を。
翅音は叢雲に取り付けられていた雲の聖霊石の加工を開始。カナフとエイラリィはその補助と、天叢雲の最終調整を。その完了を待ちながら、出陣に備えるソラ。
そしてシーベットとアレッタは、それぞれのソードに搭乗し出陣する。
シーベットが搭乗する宝剣、ドラグヴェンデルは緑色のカラーリングを基調とし、兜飾りはイェスディラン大陸産のソードの特徴である牛のような角を左右の側頭部に着け、小型の体躯と軽量な鎧装甲ながら、燃え盛るかのように雄々しい鎧装甲を纏っていた。
――父様の宝剣で出る初めての戦場……相手が誰だって負ける訳にはいかない。
ドラグヴェンデルの双眸に光が灯り、四本の推進刃から放出される刃力による銀色の騎装衣が形成される。
「シーベット=ニヤラ、ドラグヴェンデル、出陣する!」
直後、シーベットが操刃するドラグヴェンデルが、イルデベルク島に向けて飛び立った。
続けて、アレッタのウルフバートの双眸にも光が灯り、銀色の騎装衣が形成された。
――うぅ、醒玄竜教団が相手か……しかも戦力差が大きいみたいだし緊張するなあ。でもせっかくソラさんが私を頼りにしてくれてるんだから頑張らないと。それに……ウル団長から受け取ったこの宝剣で情けない姿は見せられないよね。
「アレッタ=ラパーチェ、ウルフバート、出陣します!」
ウルフバートもまた、イルデベルク島に向けて飛び立つのだった。
一方、格納庫にて、黙々と聖霊石加工の作業を続ける翅音。叢雲の核として使用していた雲の聖霊石が工具で綺麗に削られていき、浮遊中枢用としての形を成していく。
それを黙って見守るソラに、翅音がふと声をかける。
「んな、悲しげな視線向けんじゃねえよ」
「え……」
決断したとはいえ、愛騎である叢雲がソードしての役割を終える。それは簡単に割り切れるものではない。そんなソラの複雑な感情を翅音は背中越しに悟ったのであった。そして、続ける。
「別に叢雲は消える訳じゃねえ」
「…………」
「受け継がれているのは外見だけじゃなくてよ、叢雲の魂もちゃんと天叢雲に受け継がれる。詭弁かもしんねえけど、俺はそう思ってるぜ」
翅音が何気なく言ったその言葉が、心の靄を一気に払った気がした。ソラは深く目を瞑り、小さく笑んだ。
「ありがとう……翅音さん」
※
一方、イルデベルク島の上空での戦闘は佳境であった。
しかし、追い詰めながらも目標を捕えきれないことに歯噛みしながら、ディオンが思わず呟く。
「これだけの戦力差で未だ捕えられんとは……何という奴だ」
圧倒的な戦力差がありながら、〈玄孕の巣〉の猛攻を凌ぎ続けるウィンと、一頭の竜。しかし、それももはや限界を迎えつつあった。
「ハアッハアッハアッ!」
ウィンのフロレントは既に左側の推進刃を失い飛翔力は半減、数多の損傷を受け、更には刃力も枯渇寸前である。竜もまた全身の傷から出血し、弱々しく羽ばたきながら何とか飛翔を続けていた。
しかし、〈玄孕の巣〉のレイピア複数騎から、盾付属型聖霊騎装である氷縛式射出鞭が次々と射出され、蛇腹状の鞭がフロレントの四肢に巻き付くと、関節部を凍り付かせ動きが止められる。
「くっ!」
それを見た竜は、フロレントを捕らえる複数騎のレイピアに向けて竜の息吹を放とうと、口に刃力を収束させていく。
「っ!」
しかし次の瞬間、別の複数騎のレイピアが、今度は竜に向けて氷縛式射出鞭を射出させ、蛇腹状の鞭が竜の四肢や翼を捕え、動きを封じた。
「キュアアアアアッ!」
甲高い悲鳴を響かせる竜に、ウィンが叫ぶ。
「アーラ!」
竜に向けてアーラと叫ぶウィン。そしてウィンのフロレントと竜は遂に、完全に動きを封じられ捕えらえてしまうのだった。
すると、ウィンのフロレントに向けてディランからの伝声が入る。
『ウィン=クレイン、貴様がエリギウス帝国から連れ出した竜醒の民アラシェヒル、醒玄竜教団が回収させてもらうぞ』
ディランのフラガラッハが刃力弓の銃口をフロレントに向けた。
『生け捕りを命じられたのはアラシェヒルだけだ。もうお前に用は無い』
身動きが出来ず、周囲には無数の敵。もはやこの状況を打破する術はウィンには残されていなかった。
竜は、ウィンに向けて悲し気な視線を向け、それを見たウィンが項垂れながら心の中で呟いた。
――どうやら僕はここまでのようです……ごめんなさいアーラ。
終焉を悟ったウィンにかつての記憶が蘇り、走馬灯のように流れるのだった。
※ ※ ※
二十五年前。
僕は、エリギウス王国西天騎士師団長にして若き聖霊学師だった。
幼い頃、優れた刃力を持つ子供“玉鋼の子”であった僕は、刃狩りという政策により強制的に王国へと引き渡され、王国を担う騎士となるべく育てられた。
騎士としての才能と、聖霊学の才能、二つの才能を持っていた僕はやがて頭角を表し始め、戦場では騎士師団長として戦い“金色の死神”と恐れられ、聖霊学師としてもあらゆる研究や開発を担い、王国の目論見通り、国を担う存在となった。
だがそこには僕の心も意志も存在せず、王国の剣……或いは手足となるべく育てられてきた僕は、王国にとって都合の良い道具でしかなかった。
とある日、そんな僕に、国王であるアークトゥルス=ギオ=エリギウスから直々の命が下った。
それは、人工的に聖衣騎士を産み出す……竜魔騎兵計画と名付けられる実験の遂行だった。
人工的に聖衣騎士を産み出すために必要なものは、高い刃力と竜の因子……つまりは竜の細胞であると、僕ですらが知らなかった知識をアークトゥルスは語った。
そして、アークトゥルスが僕に命を下すと同時に、僕に渡してきたもの……それは齢五つか六つ程の、一人の幼い少女だった。
橙色の癖毛、一目で異形種であると分かるその少女は俯き、時折何かを伺うように僕の目をチラチラと見てきた。
「この少女の名はアラシェヒル……“竜醒の民”だ」
竜醒の民というその言葉に僕は耳を疑った。それも当然だ、竜醒の民は人へと転生した竜を指す。遥か昔に滅んだ竜が、今竜醒の民としてこのオルスティアに存在するなどあり得るはずがないからだ。
だが、懐疑的な視線を向ける僕に、アークトゥルスは更に説明する。
「アラシェヒルはかつてラドウィードに転生した竜醒の民だ。そしてまだ幼い頃に竜祖の血晶を取り入れ、この姿のまま不老となり、現在まで生き長らえてきた」
竜祖の血晶……竜祖セリヲンアポカリュプシスが死の間際世界に散らせたという己の血の結晶。それを取り込んだものはあらゆる病を癒し、不老をもたらすと伝承に残っている。確かに眉唾物ではあるが、竜祖の血を取り込んだという世界樹の樹齢を考えればその逸話もあながち出鱈目ではないのかもしれない。
そんなことを考えていると、アラシェヒルと名付けられた竜醒の民の少女は、僕の足元へと近付いてきて言う。
「あの……あらしぇ……あらちぇっ! ……んもうっ!」
舌足らずに名乗ろうとするアラシェヒルだったが、中々上手くいかず頬を膨らませると、フルネームを諦めたようで、愛称であろう名を名乗る。
「アーラだよ、今日からおにいちゃんがアーラといっしょにいてくれるの?」
無邪気な表情と無邪気な言動、どこにでもいる幼い子供でしかないその少女が、既に数百年生きている竜醒の民だとはにわかには信じられない。そしてそんな無邪気な少女を利用することに罪悪感を覚えながらも、僕にあるのはただ心を殺し、与えられた己の使命を果たすことだけだった。これまでも……これからも。
そうして僕は、アークトゥルスから託されたアラシェヒルと共に人工的に聖衣騎士を産み出すための研究に邁進した。共にと言っても、アラシェヒルは単に細胞を抽出するだけの器でしかなかったのだが。
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