274話 選ぶべき答
一方、場面はツァリス島、聖堂の伝令室。
パルナがウィンのフロレントに向けて相互伝声を試みるも、その声がフロレントに届くことは無かった。
「駄目こっちからの伝声が届かない……多分だけど遠方への伝声器能が損傷してる。でも、ウィンさんのフロレントからの映像が確認出来る。どうやら醒玄竜教団専属騎士団〈玄孕の巣〉の部隊に襲撃されてるみたい」
「なっ!」
中立の立場を謳っている醒玄竜教団が独自に動いていること、そしてウィンが襲撃されていること、その事実に驚愕する団員達に、パルナが続ける。
「それと……その場に上位魔獣と思わしき生物がいて、乱戦になってるみたいなの」
「上位魔獣? もしかしてその上位魔獣が、ウィンさんが襲われてることに関係してるんじゃ……」
デゼルがそう考察した直後、翅音が首を横に振りながら言う。
「いや、あれは上位魔獣じゃねえ」
「え?」
「あれは……間違いねえ、竜だ」
翅音のその一言に団員達は再び驚愕し、その場が激しくざわついた。
真偽は定かでないとはいえ、竜殲の七騎士として、かつてラドウィードで竜と戦ったシオンがよもや見間違えるはずもなく、その場の誰もが唖然とせざるを得なかった。
「竜って滅んだんじゃねえのか? 何でこのオルスティアに竜が!?」
「そりゃわからねえな」
咄嗟にフリューゲルが尋ねるが、翅音にもその答は分からなかった。
すると、すぐに提言するプルーム。
「とにかくウィンさんを助けにいかないと、〈玄孕の巣〉だけじゃなくて竜に襲い掛かられたらいくらウィンさんでもひとたまりもないよ」
しかし暫く黙っていたソラが、冷静な口調で返した。
「いや……あの竜は敵じゃない」
「え? 敵じゃないってどういう」
突如出現したであろう得体の知れない存在である竜、しかし突然のソラの確信めいた発言に団員達は首を傾げるが、それには触れずソラは続けた。
「それと、あくまで中立の立場を謳ってる醒玄竜教団を敵に回すのはまだ早い」
“まだ早い”……その言葉は、いつか醒玄竜教団が敵になるであろうことを、ソラが確信しているのを示していた。そして、心の奥底では誰もがそれを感じていた。確証は無いが、エリギウス帝国と醒玄竜教団は繋がっているのだということを。しかし、それよりも今は目の前の問題である。
「なっ! じゃあこのままウィンを見捨てるってのか!?」
醒玄竜教団を敵に回せないという発言から、ソラがウィンを救出にいくことに消極的であると取ったフリューゲルが噛み付いた。
「そうは言ってないよ」
対しソラは説く。レファノスにもメルグレインにも無断で、〈寄集の隻翼〉として勝手に醒玄竜教団と敵対することはできない。そしてエリギウス帝国陣営と戦闘したことのある騎体は、恐らく帝国側を通して醒玄竜教団側に情報が渡っている。
つまりは、エリギウス帝国陣営と戦闘経験のある騎体でウィン救出に向かえば、〈寄集の隻翼〉……ひいては同盟を結んでいる〈因果の鮮血〉陣営が醒玄竜教団と敵対することになり、表向きは中立を謳っている醒玄竜教団に、統一戦役参加の口実を与えてしまうことになる、と。
「ならどうするつもり――」
そうフリューゲルが問いかけようとすると、ソラはすかさず答えた。
「まだ〈寄集の隻翼〉としても〈因果の鮮血〉陣営としても戦闘に参加してない騎体がここに三騎ある」
それを聞き、察するその場の団員達。
「アレッタちゃんのウルフバート、シーベット先輩のドラグヴェンデル、そして俺の天叢雲だ」
「シーベット先輩のドラグヴェンデルと俺の天叢雲はまだ一度も戦闘に参加してないから当然情報が無い、幸いまだ騎体に紋章も刻まれてないし。そしてアレッタちゃんのウルフバートは〈亡国の咆哮〉の騎体としてエリギウス帝国に登録されている筈」
「つまり、今回の作戦は〈亡国の咆哮〉によるものだと思わせるってことなんですね?」
アレッタが尋ねると、ソラは静かに頷いた。そこに罪悪感が無いわけではない、解散されているとはいえ〈亡国の咆哮〉に今回の罪を被せる訳であり、当然元〈亡国の咆哮〉であるアレッタが良い気がする筈はないからだ。しかしアレッタは微笑みながら頷いた。
「はい分かりました、私は構いませんよ……それで、ソラさんの大切な人が助かるのなら」
「ありがとう……アレッタちゃん」
アレッタの快諾に謝意を示すソラ。しかしパルナがそこへ割って入った。
「ちょっと待って、〈玄孕の巣〉の戦力は隊長騎と思われる宝剣が一騎と量産剣が三十騎。たった三騎で向かうなんて無謀よ!」
「パルナの言うとおりだ、無謀と勇気はちげえんだぞ」
パルナとフリューゲルの憂慮は当然であった。半壊しているフロレントを抜かせば、戦力差は単純に十倍であるからだ。
「分かってる、この作戦はアレッタちゃんとシーベット先輩にかなりの負担を強いる、そして危険に曝す。勿論無理強いは出来ない」
醒玄竜教団を敵に回さずにウィンを救出する。ソラにとってそれは最善でありながら、正に苦渋の決断であった。
「シーベットはやるぞ……カナブンから受け取ったドラグヴェンデルを操刃したくてうずうずしてたところなんだ」
「私も、ウル団長から預かってるウルフバートを実戦で試してみたかったところだったんですよ」
二人の快諾と心遣いに、再び深い謝意を示すソラ。
「シーベット先輩、アレッタちゃん……ありがとう」
そんなやり取りを見て呆れたように嘆息するパルナとフリューゲル。
「もう、これ以上言ってもきかなそうね」
「ったくよお」
すると、翅音の方に向き直り伝えるソラ。
「ようやく決意しましたよ翅音さん、叢雲の核を天叢雲に使ってください」
自分が取るべき選択は……答は元々一つしかなかったはずだ。翼羽が生きていたとしたら間違いなくそれを選べというはずだ。しかし迷ってしまった。失い傷つくことをただ先送りしてしまった。その結果間に合わなくなればもっと大きなものを失う。ソラは土壇場でようやく選ぶべき答を選び取ったのだった。
「やっとその気になりやがったか……まあそりゃいいんだが」
しかし、翅音はそう言いながら渋い表情を浮かべて返す。
「お前さん、聖霊石の加工が一瞬で終わるとでも思ってねえよな?」
「……あ」
翅音に指摘され、ソラは思わずハッとした表情を浮かべた。
「ち、ちなみにー、加工にはどのくらいかかったりします?」
恐る恐る尋ねるソラに、翅音がはっきりと伝える。
「まあ、優秀な鍛治で三、四十分」
「…………」
決意したのも束の間、ソラはそれを聞き、今回は叢雲の核を天叢雲の浮遊中枢に転用することを諦めざるを得なかった。この本拠地からイルデベルク島へは平均的なソードの全速でおよそ三十分。今から聖霊石の加工に三、四十分待ってからでは、ウィンの救出には確実に間に合わないからだ。
しかし、翅音は続ける。
「まあでも、俺ほどになれば十分で完了するぜ」
十分、その数字にソラは一瞬の内に思考を巡らせ、あらゆる選択肢を天秤にかけた。戦力差は十倍……一旦、通常の雲の聖霊石を天叢雲の浮遊中枢に取り付けてからすぐにイルデベルク島に向かうか、十分かけて天叢雲を完全な状態にしてから三騎でイルデベルク島に向かうか、それとも……
ソラは瞬時に決断し、翅音に伝える。
「翅音さん、すぐに作業に取り掛かってもらっていいですか?」
「あいよ、任せな」
ソラの決意に快く応じる翅音と、そんな翅音に助力を申し出るカナフとエイラリィ。
「翅音さん、俺も手伝います」
「及ばずながら私も」
そしてソラがシーベットとアレッタに伝える。
「ごめん、シーベット先輩とアレッタちゃんは一足先に出陣してイルデベルク島に向かってもらっていいか? 俺も……すぐに追い付く!」
それを聞き、シーベットとアレッタは顔を見合わせた。
「別に追い付かなくてもいいぞ、おソラが来る前にシーベットが終わらせておいてやるからな」
「ふふ、ソラさんに頼られるなんて今まであまりなかったから嬉しいですよ」
そう軽口を叩き格納庫へと向かう二人の背中に、ソラは頼もしさを覚えるのだった。
――シーベット先輩、アレッタちゃん……頼んだ。
すると、ソラのこれまでの立ち振る舞いに何かを感じたのか、プルームにそっと耳打ちするフリューゲル。
「なーんか気のせいか、形だけのとか言ってたわりに、あいつ随分と団長が様になってねえか?」
「えへへ、もしかしてソラ君が立派になっちゃってフリュー少し寂しく思ってたりする?」
「は? 何だそりゃ、そんな訳ねえだろ!」
プルームの指摘をはぐらかすように、フリューゲルはプルームに背を向けながら慌てて否定するのだった。
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