272話 師の愛刀と決断と
ソラは覚る。かつての自分の愛刀であったカレトヴルッフと、翼羽が残した今の愛刀である叢雲。強い思い入れのある、両者の後継騎とも言える宝剣を、翅音は自分のために造り上げてくれていたのだと……自分がここへ帰って来ることを信じて。
感情が高ぶり、涙を堪えるように少しだけ肩を震わせるソラに、翅音は照れを隠すかのように先手を打った。
「ばっ――! おまっ、言っとくけどなあ、俺はただランスの野郎を越えたいっつう俺の野望のためにやっただけだ、別にお前のために造った訳じゃねえぞ」
「あの……おっさんがツンデレしないでくださいよ……誰にも需要ないっすよ」
「んだとてめえ!」
遠巻きに、二人のやり取りを眺めていたリアは、軽く溜め息を吐いた後、小さく微笑んだ。
直後、突然の島への来訪者と、突然のソードの出現を感じ取った団員達が続々と集まって来た。
「おい、こりゃ何の騒ぎだいったい?」
そして、フリューゲルと共に駆け付けたパルナは、リアの姿を見た瞬間に目を丸くさせながら駆け寄った。
「リアお姉ちゃん! リアお姉ちゃんなの?」
「……パルナ」
「無事だったんだねリアお姉ちゃん! メルグレイン王国に幽閉されてたんだよね? 幽閉からは解放されたの? その恰好は〈因果の鮮血〉の騎士になったってこと? ジーア=オフラハーティにかけられてた洗脳の竜殲術は平気なの?」
「ちょっ! ちょっと待ってパルナ、ちゃんと一つずつ説明するから」
矢継ぎ早に繰り出されるパルナからの質問に気圧されながら、リアは答える。
リアは、ソラに敗れ捕虜となった後、メルグレイン王国に幽閉されていたのだが、とある交換条件により釈放されるに至った。
まず差し出された向こう側が履行する条件というのが、自分にかけられた洗脳の竜殲術を解除するというもの、そしてそれを行ったのは解術師であるレファノス王国国王ルキゥールであった。
対し、向こうから提示されたこちらが履行する条件は、自分がレファノス王国に忠誠を誓い〈因果の鮮血〉の騎士として力を貸すことであった。
醒玄竜教団教皇ジーア=オフラハーティを討つことを目的とし、自身にかけられた洗脳の竜殲術を解くことの出来る解術師を渇望していたリアにとって、その話は正に渡りに船であり、例え利用するためであったとしても、敵であった自分を救い、騎士として生きる道を与えてくれたメルグレイン王国とレファノス王国には感謝してもしきれないとリアは語る。
そして現在は、〈因果の鮮血〉の騎士としてレファノス王国に忠誠を誓い、与えられた任務をこなす日々を過ごしているのだという。
「まあ、こんな風に使い走りさせられることが多いんだけどね」
リアは、溜め息交じりに天叢雲を指差しながら言った。
「この宝剣……リアお姉ちゃんが持ってきてくれたの?」
「ええ、ルキゥール陛下からの直々の命令でね」
すると、天叢雲に触れながら語り出す翅音。
「こいつはよお、俺の鍛治人生の集大成、全てを賭けて打った正真正銘、会心の業物だ。こいつでランスの野郎を越えられなきゃ俺の野望は潰える、そこら辺分かってくれるよなソラ」
「うぐっ、なんすかその凄まじいプレッシャーは」
直後翅音は、突然後頭部を掻きながら、言いずらそうな様子で口ごもりながら続けた。
「あーでもまあ、実はこの騎体……まだ未完成なんだ」
「え?」
「この騎体にはまだ、浮遊中枢となる雲の聖霊石が埋め込まれてねえ、だからこの島に帰って来る時に運んでこれなかったんだ」
まだ浮遊中枢に聖霊石が埋め込まれておらず、未完成であるという天叢雲。その説明に、耳を傾けるソラへ翅音は更に続ける。
「この天叢雲の浮遊中枢にはよ、叢雲の核である雲の聖霊石を使おうと思ってんだ」
その一言に、ソラは思わず押し黙った。
ソードの核となる聖霊石と違い、各機能の中枢機関として埋め込まれる聖霊石はそれ用に加工を施さなくてはならない。そして一度加工を施された聖霊石は、ソードの核として使用することは二度と出来なくなる。
つまり叢雲の核となる雲の聖霊石を浮遊中枢用として加工してしまえば、叢雲という宝剣は完全に失われるということを意味していた。
それに対し、明らかに複雑な感情を抱くソラに翅音が説く。天叢雲はカレトヴルッフと叢雲、二つの後継騎。
だが、光属性の天叢雲では雲属性の叢雲程の飛翔力はない……それでは叢雲の後継騎とは言えない。そこで純度の高い叢雲の核である聖霊石を、天叢雲の浮遊中枢に使用することで、叢雲に引けを取らない飛翔力を得ることが出来るのだと。
叢雲の核として使用されていた雲の聖霊石は、相当に純度が高い聖霊石であり、本来中枢機関として使用するにはあまりにも贅沢な使い道である。一騎の宝剣の性能を上げるために使用するよりも、別の強力な宝剣を一騎製造した方が戦力の底上げになるという考えが一般的であるからだ。
「まあ少し贅沢な聖霊石の使い方だが、天叢雲は〈寄集の隻翼〉の団長騎、つまりは旗騎だ。こんぐれえしてやっても罰は当たらねえとは思うがな……ましてやこれから先確実に、神剣と刃を交えことになるんだからな」
翅音の話を一通り聞いたソラ、しかし今一歩煮え切らない想いであった。
「…………」
託された訳ではない、自分が勝手に持ち出して無理矢理使用していただけだ。だがそれでも叢雲は、翼羽の愛刀……形見であるからだ。
その迷いを感じ取ったのか、それまでソラと翅音のやり取りを黙って聞いていたリアが口を開く。
「多分だけど騎体の飛翔力を見る限り、叢雲の核となっている雲の聖霊石は、私のフィランギに使用されている雲の聖霊石よりも純度が高い筈よ。そんな貴重な聖霊石を宝剣の浮遊中枢に使用させてもらえるなんて、あなたよほど凄い騎士に成長したのね……あの時よりも更に、ずっと」
「……リアさん」
するとリアは、かつて〈寄集の隻翼〉と戦った時の、イフリートと翼羽との戦いを思い浮かべながら言った。
「でもヨクハ=ホウリュウインは更に凄い騎士だった。もしあなたがその域に辿り着きたいと思っているのなら、なりふりなんて構っていられないと思うけどね」
「…………」
「って、部外者が少し出しゃばりすぎたわ」
そう呟いた直後、リアはソラ達に背を向けた。
「さ、それじゃあ仕事も終えたし、私はそろそろおいとまさせてもらうわね」
そしてそう言いながら、木に繋いでいたヒポグリフの元へと歩いていく。それを見たパルナが咄嗟に声をかける。
「えっ、もう行っちゃうのリアお姉ちゃん? 折角だからゆっくりお茶でも飲んでいけばいいのに」
「ごめんねパルナ、私にはまだ色々とやらなくちゃいけないことがあってね。今度きっとまたゆっくりと会いに来るから」
「そっか……うん、きっと約束だからねリアお姉ちゃん」
「ええ」
リアは、パルナに別れを告げると、ヒポグリフに跨りレファノスに向けて飛び立って行った。
一方ソラは、考え込むように俯いていた後、翅音へと告げる。
「……ごめん翅音さん、もう少しだけ考えさせてもらえないか? 本拠地の大掃除が終わるまでには、ちゃんと自分で答出すからさ」
「わかった……まあ、従来の宝剣と同様、通常の雲の聖霊石を浮遊中枢に使用することも勿論出来る。それでも天叢雲はそこらの宝剣なんかに負けやしねえ、だからお前さんの好きにすりゃいい」
こうして、叢雲の核を天叢雲の浮遊中枢に加工することは一旦保留したソラは、出さなくてはならない答を抱いたまま、本拠地の大掃除は初日を終了した。
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