271話 天叢雲ーーアメノムラクモ
そして場面は格納庫。ソラと翅音の担当箇所。
全てのソードを格納庫の外へと出し、二人は格納庫の中のあらゆる資材や備品などの掃除や整備を行っていた。
射出装置のレールを磨いたり、準人型汎用作業機ニードルの関節に固まった油を薬液で溶かすなどして、長年放置してしまった汚れを綺麗にし、丁寧に復旧させていく。
「ふえっくし!」
すると、作業しながら突然くしゃみをするソラに翅音が思わず言う。
「んだよきったねえな、誰かお前さんの噂話でもしてんじゃねえの?」
「いやあ、それ多分ただの迷信ですよ」
ソラはそう返すと、突然神妙な表情になり、翅音の方に向き直った。
「翅音さん、叢雲は修理出来そうですか? 前回の戦いで結構無茶しちゃったから少し心配で……ここまで飛んでくるのもやっとだったし」
ソラは、雷の大聖霊獣ワウケオンとの戦いで騎体の装甲やその内部が損傷し、更にその状態で萠刃力呼応式殲滅形態を使用したことで、叢雲本体にかなりのダメージを負わせてしまったことがずっと気がかりであった。
叢雲は師匠である翼羽の愛刀、そしてこの二年間ずっと共に戦って来た相棒とも言える存在だからだ。
「あー叢雲な」
心配そうに尋ねるソラに、翅音はすかさず答える。
「もう駄目だなありゃ」
「ええっ!」
躊躇うこともなく、さらりと事実を突きつけられ思わず素っ頓狂な声で叫ぶソラに翅音は更に伝えた。
叢雲は、翼羽の愛刀であった頃から死闘という死闘を潜り抜けて来た。そしてソラがこのツァリス島から叢雲を持ち出し〈亡国の咆哮〉の騎士として、それ以上に長く激しく戦い抜いてきたことは一目で分かったと。傷を埋め、修復し、継ぎ接ぎしながら騙し騙しここまで来たことも用意に想像できると。
更には装甲も関節もボロボロで、各装置の中枢にも無数の傷が存在するのだという。そこへきて前回のワウケオンとの戦いと、萠刃力呼応式殲滅形態の使用によりそれらは不可逆的なものへとなってしまったのだという。
「お前も薄々気付いてるんだろ? 叢雲がもう限界を迎えてるってことを」
それを聞き、ソラは静かに俯くと、ゆっくりと口を開き、後悔の言葉を呟いた。
「俺が……叢雲に無理ばっかさせたせいだ」
光の守護聖霊を持つソラと雲属性の叢雲。相性は最悪であり、性能を半分しか引き出せないその騎体を用い、前線で戦うためにソラは、騎体に負担がかかるような操刃や、肉を切らせて骨を断つを体現する無茶な操刃を続けざるを得なかった。その蓄積が叢雲に今の状態をもたらしたことは明らかであった。
「まっ、気にしたってしゃあねえ、ソードは美術品じゃねえからな。どうしたって戦い続けりゃダメージが蓄積していって、いつかは限界が来る……遅かれ早かれの違いだ」
ぶっきらぼうながら、負い目を感じるソラを気遣うような翅音の発言に、俯かせた顔を上げるソラ。
「ありがとう……翅音さん」
「別にお前に礼を言われる筋合いはねえ、事実を言ったまでだ」
ソラに感謝の意を伝えられ、翅音は少し照れ臭そうに頬を掻きながらそっぽを向いた。
するとソラは、大きく溜め息を吐き、一人不安を吐露する。
「いやあ、しかし叢雲で戦えないとなると、俺これから何を操刃して戦えばいいかな……とりあえずは〈因果の鮮血〉が使ってたあの炎の新型量産剣をアルテーリエ様から恵んでもらうしか――」
ぶつぶつと今後の見通しを立てるソラを見て、翅音は腕を組みながら天を仰いだ。
「……頼んでたもの、そろそろだと思うんだがなあ」
「頼んでたもの?」
突然の、意味深な翅音の発言に、思わず首を傾げるソラ。すると、ハッとした表情を浮かべた後、翅音はおもむろに格納庫の扉の方へと歩いていく。
「はは、噂をすれば何とやら……良いタイミングだ」
覚醒騎士である翅音は、何かを感じ取ったような様子で格納庫の扉を開け、空を見上げた。すると、空から何やら飛行物体がこちらに向かって滑空してくるのが確認出来た。
そしてその飛行物体とは、何者かが乗った一頭のヒポグリフであった。
ヒポグリフは格納庫の前に降り立つと、ヒポグリフから一人の人物が降りてくる。その人物を見たソラは驚いたように目を丸くした。
「りっ、リアさん!」
その人物とは、元醒玄竜教団員にして第八騎士師団〈幻幽の尾〉師団長アルディリア=シャルマであったのだ。
かつて、フォルセス島の怨気封印任務で出会い、パルナからは、彼女が姉のような存在であると語られたが、その後〈幻幽の尾〉師団長としてエリギウス帝国に雇われていることが発覚し、黝簾の空域防衛戦や紅玉の空域攻略戦では戦うことを余儀なくされた。
そして、一騎討ちの末ソラが撃破し、捕獲。その後は身柄をメルグレイン王国に委ねられていたのだが、まさかこのような形で再会するとは夢にも思っていなかったソラにとっては正に青天の霹靂である。
「久しぶりね、ソラ」
「どうして……リアさんがここに?」
そしてソラは尋ねながら気付く。リアが、血滴の紋章を刻んだ赤い騎士制服を纏っていることに。それはリアが現在〈因果の鮮血〉の騎士であることを示していた。
「私は今、〈因果の鮮血〉の騎士としてレファノス王国に忠誠を誓っている」
「レファノス王国に?」
メルグレイン王国で幽閉されていた筈のリアであったが、現在はレファノス王国に所属していること、そして敵であったリアが〈因果の鮮血〉……つまりは味方となっていることに驚きを隠せないソラ。それに対しリアは、むすっとした表情で翅音を指さしながら返した。
「まあその話は後でするとして、今日はそこの鍛治に頼まれてあるものを持って来たのよ」
「あるものって……」
するとリアは懐からとあるものを取り出す。それは掌に乗せられる程の大きさの、ソードの形をしたもの。一見するとそれは玩具にしか見えないが……リアがそれを足元に置いた後、彼女の額に剣の紋章が輝いた。
直後、それは次第に巨大化していき、一騎のソードとしての姿を現した。
「なっ!」
リアは説明する。翅音から頼まれたというルキゥールから直々に依頼され、王都セリアスベル島の格納庫で保管されていたこの宝剣を、物体を縮小させる竜殲術〈隠牙〉を使用して、運んで来たのだという。
「まったく、そこの鍛治は私を便利な運び屋か何かと勘違いしてるのかしら? レファノス王国で新型量産剣の開発を主導してる時から何かと私を使い走ってくれてたし」
「ははは、まあそう文句を言いなさんな。ちゃんと感謝してるし、お前さんのフィランギも修理してやったんだからよ」
「それを言われちゃ何も言えないわよ」
不満を漏らすリアと、それを宥める翅音との二人のやり取りをよそに、ソラは目の前に出現した一騎の宝剣を惚けながらただ見つめていた。
「この宝剣……」
その宝剣は、白を基調としたカラーリングに、刺々しさと曲線美を兼ね備えた比較的軽装な鎧装甲、黒と赤の紋様、金色の関節部、兜飾りは短剣の刀身を額に着けたものと、鍬形と呼ばれる金色の二本角を着けていた。
そして四本の推進刃は、左側は通常の剣の刀身、右側は羽刀の形状をしており、更に両腰に備えた刃力剣も、右腰のものは通常の刃力剣、左腰のものは羽刀型刃力剣と、やや左右非対称であり、それ故の美しさを見せる神々しい騎体である。そしてソラはすぐに気付く。
「この宝剣……カレトヴルッフと叢雲、どっちにも似てる」
そうその宝剣は、カレトヴルッフと叢雲、どちらともの特徴と面影を残す宝剣であったのだ。するとそれを聞き、翅音は口の端を上げた。
「こいつの騎体名は天叢雲。カレトヴルッフの核である光の聖霊石が、カレトヴルッフが大破した場所から奇跡的に無傷で見つかってな、それを核にさせてもらった。んでこいつは、お前さんの言うとおりカレトヴルッフと叢雲をベースにして新たに開発したお前さん専用の宝剣って訳だ」
「アメノ……ムラクモ」
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